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特別編 番の梅 後編 第10章 襲撃 5 地下駐車場の戦闘 桐生対ソ連特殊部隊 後編

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 仮拠点の執務机の前で、仮設のモニター画面を見詰める蛭子の側に、歩み寄って来る靴音が聞こえた。


「来たのかね」


 視界の片隅に、やたらと横幅が目立つ、白いスーツ姿の男が映った。


「首尾の方は?」


 白いスーツの男・・・ジェンキンズは、簡潔に問うた。


「危険物処理は、完了している。重要人物の身柄は拘束し、後はロシア政府に引き渡せば終了だ。残り滓に付いては、どうとでもして良しと言われている。ただ、アメリカ側に引き渡すのは死体だけにしてくれと、コッソリ言われたが・・・」

 

「・・・粗大ゴミを、押し付けられても困るのだが・・・」


「安心してくれ。処分の方は、こちらでする」


 何とも物騒な会話をしながら、ジェンキンズもモニターの映像に視線を走らせる。


「姫君の救出には、成功したようだね。しかし、想定外の事が起こったようだが。プラン2は、大幅な見直しが必要なようだが?」


「保護対象者を保護の後、テロリストを殲滅する・・・プラン2に付いては、最初から破綻するのは織り込み済みだ。ここからは、予備プランXに移行する。桐生朱里丞とは如何なる人物か。手頃な獲物が用意出来た事だし、高みの見物といこうじゃないか」


「高みの見物ね・・・随分と楽観的だが、相手は旧ソ連軍内でも精鋭の特殊部隊だ。それなりの腕は立つようだが、たかだか14歳の小娘如きが、どうこう出来る相手とは思えないのだが?」


「そこは、細工は流々、後は仕上げを御覧じろ・・・だ。後方の支援体制は完全に潰した。支援無しでは如何に精鋭とはいえ、本来の力を発揮するのは難しいだろう。それに、たかだか20人程度。あくまでも、過去の文献頼りとはいえ、島原の乱で幕府連合軍の(つわもの)を数100人、たった1人で斬り殺した朱里丞に敵う訳が無い」


「・・・ミスター・ミカゲの所持していた文献とやらの話だろう?さすがに、アレは盛り過ぎだろう?それに、あの娘は幕府側の人間。何故、キリシタン側の味方に付いた?」


「別に、味方に付いた訳では無い。朱里丞の任務は、島原の乱勃発の主因を探る事。様々な情報から、島原藩主と唐津藩主の領民に対する暴政が切っ掛けとなったと、突き止めた。だから、幕軍総大将であった松平信綱に、一揆勢が、切支丹信徒だけでは無く、両藩主に反感を持つ領民、元の藩主であった有馬、小西両氏の元家臣の一党、全国各地から流れついた牢人等で編成されている。それに、切支丹信徒と言えど、無理やり参加させられた者もいるとね。その報告を受けて、信綱は、1638年(寛永15年)4月12日(旧暦2月28日)の総攻撃開始の日時までに、投降した者は助命すると告げた。その約束を受けて、朱里丞は原城に立て籠っている一揆勢に対して、投降を勧告していたのだ。だが、総攻撃の前日に、幕府連合軍に参加した一部の大名の軍が抜け駆け的に攻撃を開始し、その他の諸大名が率いる軍も続々と攻撃を開始した事により、投降する民衆を逃すために、それらの軍の兵を押し留めていただけだ」


「・・・ふむ」


 説明が長い・・・そんな、表情でジェンキンズは相槌を打った。





 突然、本庄たちの目前から桐生の姿が消えた。


「!!?」


「「「!!?」」」


「「「!!?」」」


 本庄も驚いたが、それはリドリーたちも同じである。


 そして・・・


 それは、姿を見せないテロリスト(仮称)も、同じであった。


 彼らからすれば、今回の任務は、内容的に色々と不満や疑問があるとはいえ、命令された以上は、それを遂行するまでである。


 実際、そのために長期間ターゲットの監視を続けていた。


 ターゲットが日本の警察関係者の家庭で保護されている以上、そう簡単に手は出せない。


 万が一、そこで死者でも出そうものなら、日本の警察が総力を挙げて追跡して来るだろう。


 この国の警察は、祖国の警察と違い、堕落していない。


 祖国の警察なら、金品等の賄賂で丸め込むのが可能だが、国内の治安を守る事に高いプライドを持っている、この国の警察を相手取るなら、数十年の時間は必要だろう。


 とにかく、日本の協力者からの情報で、ターゲットが外出する予定を掴む事が出来た。


 そのチャンスにかけるしかないのだが・・・


 自分たちを密入国させるために、協力してくれた日本人たちには、まったく信頼が置けない。


 何故なら、彼らには愛国心というものが、欠片も無いからだ。


 共産主義にとって、最も重要なのは揺るぎない愛国心である。


 たとえ、祖国が自由主義に毒されていようとも、祖国を愛しているからこそ、変革のために力を注ぐ。


 それが、共産主義である。


 そんな自分たちから見れば、日本の(自称)共産主義者は、共産主義者の皮を被った紛い物だ。


 口だけは達者だが、命を懸けて主義を貫こうとする気概も無い、怠惰な人間たちである。


 少なくとも、自由主義に毒されている普通の日本人の方が、遥かに信頼できる。


 彼らには責任感があり、何より勤勉であるからだ。


 とにかく、今回の任務には、最初から悪い予感しかしなかったが、ここにきてそれは的中する事になる。


 「あの小娘は、何なのだ?」


  情報では、日系アメリカ人で養女として、日本の大企業の会長に迎え入れられる事になっているとなっていたが、予想を覆される事ばかりだ。


 真面な戦闘訓練等受けていないであろう民間人であるはずなのに、あの小娘はこちらの気配に敏かった。


 小娘の警護に就いていた警察官でさえ、こちらの気配を察知出来ず、定時連絡の後、地下駐車場で巡回警邏と待機をしていた際に、麻酔針を打ち込んで眠らせる事が出来た。


 同じ様に、地下駐車場の詰所に常駐している警備員も、作戦の邪魔になる前に眠らせた。


 とにかく、日本の警察を刺激しないという事が最優先であるため、無駄に死者を出す訳にはいかないため、ここまで手間をかけてでも死者を出さない事が重要なのだ。


 そして、警備員詰所内に設置されているパソコンを操作し、地下駐車場の防犯カメラに細工を施す。


 ここまでは、上手くいった。


 後は、ターゲットが来るのを待つだけだ。


 ターゲットの行動は、怪しまれないために、日本人の協力者がさり気なく尾行し、行動を逐一報告してくれていた。


 ターゲットに、ピッタリとくっ付いている2人の警察官が邪魔なのだが、こちらは偶然にもターゲットから警察官から離れるという隙が出来た。


 そして、幸運にもターゲットが単独で行動する。


 絶好の好機・・・の、はずだった。





 おそらくは、アメリカ軍の特殊部隊と思しき連中が乱入してきた事で、事態はややこしくなった。


「ここは、撤退すべきか・・・」


 すべて目論見が外れた今となっては、当初の計画を遂行するのは不可能である。


 十分な装備を整えているだろう彼らと戦闘状態になるのは、必要最低限の装備しか整えていない、こちらの状態では危険としか言えない。


 それに、あの小娘に付いての情報を、もっと収集する必要がある。


 自分たちが、これまで収集した情報と、余りにもかけ離れているからだ。


 これ以上は、分が悪い。


 不本意だが、一時撤退をして仕切り直すしかなさそうだ。


 旧ソ連特殊部隊の隊長は、撤退の指示をハンドサインで示した。


「!!?」


 その手が、撤退のハンドサインを示したまま、アスファルトが敷かれた床に転がっている。


「何だ、これは?」


 いつの間にか、自分の手首の下辺りから手が無くなっている。


 この事実を目の当たりにしても、何が起こったのか理解するのに数秒かかった。


 隊長は、手の無くなった腕と、床に落ちている手を交互に眺めた。


 その首筋に、白い光が走ったような気がした。


「えっ?」


 床と天井が、逆になった。


 先ほどまで、アメリカ兵と一緒にいたはずの小娘の姿が、逆さまになって瞳に映る。


(首を斬られた?)


 自分を無表情で見詰める少女と目が合った瞬間、彼の意識は途切れた。


「「「たっ・・・隊長っ!!!?」」」


 突然、現れた少女が手に持った軍用ナイフを振るうと、隊長の首が斬り飛ばされた。


「フッ!」


 小さく息を吐いた瞬間、少女の姿が消える。


「「「!!?」」」


 突然、1人の隊員の目前に少女が現れ、その手元から白い光が伸びた。


 ドサッ!!


 血しぶきと共に、首が無くなった身体が、アスファルトの上に倒れ込んだ。


「「「!!!」」」


 次の瞬間には、少女の姿は消えている。


「散開しろ!!」


 誰かの叫びに、全員が柱の影に散開して身を隠す。


 柱を背中にして、2人一組で軍用ナイフと拳銃を構えて死角を無くす。


『どうする、キリル』


 インカムから、同僚の声が聞こえてくる。


「隊長が、やられた。ここは撤退しかない」


 キリルと呼ばれた男は、そう答えた。


『何なのだ、あの小娘は?』


「今は、それを考える時ではない。とにかく、ここから脱出する事だけ考えろ。俺が援護する。互いに援護しあいながら、順次撤退してくれ。ソゾン、お前が先に立って撤退の指揮をしろ」


『了か・・・』


 途中で、声が切れた。


「ソゾン!!?」


 その次の瞬間、キリルの目前にゴロゴロと転がってくるモノが見えた。


 目出し帽を被っているため顔を判別出来ないが、それは・・・


「ソゾン!!!」


 キリルとバディを組んでいた隊員が、悲鳴のような声を上げる。


 その声色から、女性であると窺える。


「レイラ、俺が援護する。お前はすぐに撤退しろ」


「馬鹿な事を!仲間を見捨てて逃げる等、出来るか!!」


「落ち着け。俺たちも順次、退却する」


 だが、レイラと呼ばれた女性は、目出し帽を被っているため表情は窺えないが、その目を見れば不服である事は、一目瞭然だ。


「レイラ・・・」


 それでも、キリルは説得を続けようとした。


「残念じゃが、既に引き際は逸しておるの」


 恐ろしい程静かで冷たい声が、それを遮った。


「「!!?」」


 まったく気配を感じさせずに、2人の目前には少女・・・桐生が立ちはだかっている。


 と・・・言っても、桐生の身長は2人より低いため、見上げると言った方が正しい。


「お主らには、引く機会は幾らでもあったぞ。私がお主らの存在に気付いて、火災報知器の釦を押して、火急を知らせた時。彼者たちの先遣が踏み込んで来た時。私が、お主らの投擲した光と音の出る煙玉のような物で倒れた民を助けておった時。そして、彼者たちの本隊が踏み込んできた時・・・とな」


「・・・・・・」


 もちろん桐生はロシア語ではなく、日本語で話しているのであり、キリルたちが日本語に精通している訳ではない。


 だが、言葉は理解出来なくても、この少女が告げている言葉の意味は理解出来た。


 自分たちに対する死刑宣告。


 それである。


「『彼を知り己を知らば百戦して危うからず』お主らは、己は知っておったかもしれぬが、彼を知らな過ぎたの」


 桐生の両手に握られた軍用ナイフには、血糊が付いている。


 それを、ヒュッと振るい血糊を飛ばす。


「キリル!!」


 パン!


 桐生の背後の柱の影から飛び出してきた1人が、桐生に向けて拳銃の引き金を引いた。


 キン!


 桐生は、左手に持った軍用ナイフで、自分に向かって飛んできた銃弾を弾いた。


 本来は、人間の首を刎ねる等という事には使う事が無い、軍用ナイフである。


 その用途を完全に無視した使い方をしたせいで、刃毀れも酷かったため、銃弾を弾いた衝撃で、刃がパリンと砕けた。


 しかし、それに構う事無く、桐生は刃の折れた軍用ナイフを捨て、右手に持っていた軍用ナイフを、銃撃してきた相手に投げつけた。


「ガッ!!?」


 桐生の投げた軍用ナイフは、拳銃を構えていた相手の喉の部分に突き刺さり、その勢いのままに、後ろの柱に男を縫い付ける。


「ガッ・・・ガッ・・・ガァッ!」


 即死出来なかったためか、男は口から血を吐きながら藻掻いている。


 だが、僅かながら桐生に隙が出来た。


「このっ!!化け物!!」


 キリルは、その僅かな隙を付いて、桐生にタックルを仕掛けた。


「!!?」


 桐生は、キリルに背を向けたまま跳躍し、低い姿勢になっているキリルに、肩車されるような形で飛び乗った。


 そのまま、顎に手を掛けると、自分の身体ごと後方に倒れ込む。


 ゴキリッ!ともボキリッ!とも聞こえる、骨が折れる音が響く。


 バク転をして着地を決めた桐生の目前には、首が、あらぬ方向へ折れ曲がったキリルが倒れていた。


「イヤァァァァァァ!!!?」


 レイラの悲鳴が、響く。





 本庄は、ただ茫然としていた。


 桐生に、凄まじい闘気というか、殺気をぶつけられた所為もあるが、余りの急展開に、思考が追い付いていかないというのもある。


「・・・・・・」


「ミスター・ホンジョウ!!」


 先に、金縛り状態から脱したリドリーが、本庄の肩を掴んで揺さぶる。


「さっきの大言壮語は、どうした!?このままじゃ、嬢ちゃんは戻って来られなくなるぞ!!!」


「!!?」


 先ほどまでは、桐生をプリンセスという大仰な呼称で呼び、桐生に対して慇懃無礼というより、どこか見下したような所があったリドリーだが、態度が明らかに変わっている。


「・・・桐生さんが、戻って来られなくなる・・・」


 本庄は、つぶやいた。


「ああ、そうだ。アンタが知っている嬢ちゃんじゃ、無くなってしまうぞ!!」


 桐生は、三代将軍家光の時代の人間。


 文治政治に移行した四代将軍の(いえ)(つな)より前の、戦国時代の名残が強く残る武断政治の時代を生きていた人間である。


 強さこそが正義・・・という訳では無いだろうが、桐生にとっては、どんな理由があれ日の本の民。


 日本人を傷付けた彼らが、許す事は出来なかったのだろう。


 桐生の怒りは至極当然だが、これは明らかに過剰どころか、完全な虐殺である。


 リドリーの言う、桐生が戻って来られなくなる・・・これは、桐生が桐生明美ではなく、桐生朱里丞明美に戻ってしまうという事だ。


 本庄の脳裏に、これまで桐生と過ごした日々が・・・桐生の様々な表情が、浮かぶ。


 美味しい物を食べた時の嬉しそうな顔・・・知らなかった事を知った時の驚いた顔・・・興味深いものに、目をキラキラさせている顔。


 そして、何より無邪気に笑う眩しい笑顔。


 それらが、すべて失われてしまう。


「そんな事はさせない!」


 あの愛おしい笑顔を、失わせはしない!


 本庄は、床を蹴って一歩を踏み出した。

 特別編 第10章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

 次回の投稿は12月9日を予定しています。

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