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昭和事変篇 第4章 香寿美山人質籠城事件 4

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

「負傷者を救急車に乗せろ!」


 5機の隊員たちが負傷した同僚に手を貸し、救急車に乗せている。


 救急車はこの時代の救急車ではなく、現代から派遣された救急車だ。もちろん、搭乗する

救急隊員も水神団に所属する消防吏員だ。


「しっかりしてください!聞こえますか?」


「どこか痛いところはありますか?」


 救急隊員たちが負傷した警察官、人質だった人々に声をかける。


「道を空けろ!重傷者が通るぞ!」


 2人の救急隊員がストレッチャーを走らせながら、救急車に急ぐ。


「お母さん!しっかりして!」


「お母さん!目を開けてよ!」


 少女と幼い少年が血まみれの女性に話しかける。


 女性を救急車に乗せると、救急隊員と共に2人の子供が救急車に乗った。


 その救急車はサイレンを鳴らしながら、急発進した。


 しかし、もうどうにもならない状態であるというのは誰の目にも明らかであった。


 当然ながら、周囲は救急車がすぐに出発できるよう警察官たちが野次馬たちをどけて、道を空けていた。


 救急車は最寄りの病院ではなく、近くに設置されている野外病院に搬送される。なぜ、野外病院かと言うと、そこの方がこの当時の病院より医療技術がしっかりしているからだ。


 野外病院の救急救命医たちは自衛隊、警察、消防、海保と同じように現代から送られて来た医師たちだ。もちろん、看護師、准看護士等も同行している。


 万が一野外病院で治療が困難な場合は応急処置をした上で、ドクターヘリに乗せ、横須賀軍港に錨に降ろしている海上自衛隊の病院船に搬送される。


 重傷者の応急処置ということで、救急救命医が何人かが、事件現場に派遣されている。





「・・・・・・」


 北川は救急車が停車し、5機の隊員と救急隊員(救急救命医も含む)たちが負傷者たちの応急処置をする姿を見て、言葉を失った。


 香寿美神社で行われた銃撃戦等はドローンから撮影された映像を見ていたから、現場の状況は知っている。


 警察官と大日本救国同盟の銃撃戦は人質になっていた市民たちも巻き込んだ。いくら防弾シールドで防御していても、完全に防ぐことはできない。


 その負傷者の半分は警察官が射撃を開始する前に出た者たちだ。


「刑事部長!」


 機動隊の制服である出動服に身を包んだ男が怒りに満ちた表情で北川の前に立った。


「どうして、すぐに銃器使用の許可を出さなかった!?」


 機動隊員は北川の胸倉を掴み叫んだ。


「やめろ!」


 周りにいた陽炎団の警察官が機動隊員を押さえる。


「どうしてだ!?」


 機動隊員は怒鳴る。


「俺は大事な部下の命と市民の命を守っているんだ。あんたのような無能がいてはやっていられないんだよ!」


 機動隊員は警察官たちに押さえられながら、叫ぶ。


「すまない」


 北川は小さくつぶやいた。


「それで済むと思っているのか!?」


「よせ、これ以上は処罰の対象だぞ」


 機動隊員を押さえていた警察官が警告する。


「ちっ!」


 機動隊員は舌打ちしながら、引き下がった。


「責任はとってもらうぞ!」


 機動隊員は去り際にそう吐き捨てた。


 北川の心にその言葉が刺さる。


「刑事部長。お気になさらず」


 警部が慰める。


「この失態の責任はすべて私にある」


 北川は肩を落とし、その場を立ち去った。


 5機等の隊員たちはチラチラと北川を見るが、その目は冷たかった。


「何を見ている!自分の仕事をしろ!」


 警部が怒鳴る。


 しかし、警部も彼らの気持ちは痛いほどわかる。彼もまた、できることなら、北川を撃ち殺したい、と思っている。





 北川は報告のために内務省警視庁本庁に覆面パトカーで向かった。


 内務省警視庁本庁に到着した北川は早足で本庄の執務室に入った。


「失礼します」


 北川が15度の敬礼をした。


「ご苦労だった。北川部長」


 本庄は立ち上がり、彼を労った。


 執務室には本庄以外に竜島、湯村の姿もあった。


「申し訳ありません」


 北川は頭を下げた。


「俺は優秀な部下を持ったものだ。あのような状況下でも銃器の使用を許可しないのは並大抵の者ではできない」


 本庄の言葉に北川はさらに頭を下げた。


「誠に申し訳ありません」


 北川の謝罪に本庄は目を閉じた。


「君を責めている訳ではない。君が銃器の使用について抵抗感を持っているのは知っている。刑事としての信念もな」


 本庄がそう言うと北川は頭を上げた。


 その時、執務室のドアからノック音がした。


「入れ」


 本庄がそう言うと執務室のドアが開いた。


「失礼します」


 入室した幹部警察官は陽炎団警務部長の(みね)(もや)真一(しんいち)警視長だった。


「報告します。香寿美山で発生しました人質籠城事件での死傷者のことですが、野外病院に搬送されました、女性1名の死亡が確認されました」


 峯靄の言葉が北川の心に突き刺さる。


「さらに搬送された重傷の5機の隊員とその他の隊員の死亡が確認されました。死者3名です。負傷者は重軽傷者11名。以上です」


 峯靄がファイルを閉じた。


「そうか」


 本庄は天を仰いだ。


「菊水総隊初となる犠牲者が自衛官ではなく、警察官だったとはな」


「これは当初から想定されていたことです。自衛隊はアメリカとの戦争に備えて旧軍と準備していますが、我々は何の準備もなく旧警察と共同で主戦論派と戦わなければなりません。それに我々は軍隊ではありません警察です。こうなるのはわかっていたことです」


 本庄の言葉に竜島が答える。


「団長、副団長。私を解任してください」


 北川が言った。


「このような結果を招いたのは自分の責任です。銃器使用を許可していればこのような事態にはなりませんでした」


 北川の言葉に本庄は彼の顔をじっと見た。


「その必要はない」


「は?」


 本庄の回答に北川は目を丸くした。


「元の時代であれば世論から叩かれ、君を解任しなければならないだろう。しかし、ここでは君の代わりはいない。それにこの事件は誰がやっても同じ結果だろう。この件を教訓に次の事件が発生したら、死傷者、負傷者0を目指してくれ」


 本庄の言葉に北川は頭を下げた。


「わかりました。微力を尽くします」


 北川の言葉に本庄はうなずいた。


「しかし、今回の事件がきっかけで、全警察官が銃器使用に抵抗を持つ者はいなくなるでしょう。現代では銃器使用を躊躇う警察官たちがほとんどですから、この時代では現代のような考えは通用しないことが身に染みてわかったでしょう」


 これまで黙っていた湯村が口を開いた。


「確かにな」


 本庄は小声でつぶやいた。


「しかし、全警察官に徹底してくれ、銃器使用については私が全責任を負うが、我々が警察官であることを忘れないように、伝えてくれ」


「「「はっ!」」」


 部長たちが叫ぶ。


「峯靄部長。逮捕した犯人は何人だ?」


 本庄が峯靄に視線を向ける。


「逮捕者は負傷者を合わせて10名以上です」


「うむ。十分だ」





 北川からの報告を受けた後、本庄は公用車で野外病院を訪れていた。


 本庄は野外病院の責任者の元へ訪れると、50代ぐらいの屈強な体格をした医師がパイプ椅子から立ち上がった。


「ご苦労様でした。大変な事件でしたね」


 医師が本庄の手を取り、言った。


「私は何もしていない。ただ、見ていただけだ」


 本庄とこの医師が初めて会ったのは元の時代で、この時代に派遣される前だ。


「重軽傷者の様子は?部下から聞いているが、私の耳で直接聞いてみたくてな」


「そうですか、わかりました。説明しましょう」


 医師はそう言って本庄にパイプ椅子を勧めた。


 本庄が腰掛けると、医師も腰掛けた。


 医師は助手にお茶を持ってくるように指示し、機動隊員たちのカルテを取った。


「負傷者11名中、危険な状態の方が1名、4名が重傷ではありますが、命の危険ではないでしょう。軽傷者は明後日には全員退院できるでしょう」


「そうか、さすがは日本一の救急救命医だ。現代の医学がどれくらい進んでいるか、よくわかる」


 本庄の言葉に医師は頭を掻く。


「この時代の外科能力では重傷者の半分は治療できなかったでしょう。それにここに派遣されている医師たちは救急救命医療の現場で多くの経験を積んだ医師や看護師たちです。現代の医療技術を最大限に駆使できます」


「ありがとう。部下たちがお世話になる」


 本庄は医師に頭を下げた。


「本庄さん。貴方の目的は本当に機動隊員たちの様子を見に来たのですか?」


 医師の言葉に本庄は頭を上げた。


「いえ、私も医師としての経験が長い者ですから、何となく、それだけではないと思ったのです。それに先ほど北川さんがやって来ましてね」


 医師の言葉に本庄は出されたお茶を飲んだ。


「彼も今回の事件でかなり気を病んでいたからな」


「そうでしょうね。かなり肩を落としていましたから」


 医師はカルテを机の上に置いた。


「それで、どうします?搬送された人質だった方々の顔を見ますか?」


 医師の言葉に本庄はうなずいた。


「では、行きましょう」


 医師は立ち上がった。


 本庄も立ち上がり、医師と共にテントを出た。


 人質となった市民たちが収容されているテントに入ると、精神科医等の医師たちが市民たちのカウンセリングをしている。


「本庄さん。容疑者たちが丁重に扱ってくれたため、人質になっていた者たちの精神状態は良好です。怪我も軽傷ですから、これなら、明日にでも退院できるでしょう」


 本庄は人質となった市民たちの顔を見る。


 市民たちの顔には笑顔が見える。


 素人である彼の目にも大丈夫だと、わかる。


「先生。死亡した女性は?」


 本庄が尋ねると、医師は暗い顔をした。


「残念ながら、ここに搬送された時にはすでに死んでいました。もともと爆死ですから、救急車に乗った時には息をしていませんでした」


「ご遺体は?」


「殉職した機動隊員たち共に遺体霊安用のテントに収容しています」


「そこに案内してくれ」


「わかりました」


 医師はうなずき、テントを出た。


 遺体を収容しているテントに入ると死体袋が目に入った。


 本庄は静かに手を合わせた。


「私は忘れません。我々がここに来て、最初の犠牲者たちを」


「お母さんに近寄らないで!!」


 背後から鋭い声が投げつけられた。


 振り返ると10歳位の少女が、睨んでいた。報告にあった、犠牲者の娘だろう。少女の着物には犠牲者の血であろう赤黒い染みが所々付いていた。


「あんたたちもあいつらと同じよ!!人殺し!!どうしてお母さんを助けてくれなかったの!!お母さんを返して!!返してよぉ!!」


「止しなさい、千代子!」


「・・・・・・」


 祖母らしい年輩の女性に、取り縋って少女は号泣した。


 本庄は無言で一礼すると、遺体霊安用のテントを出た。背中には、少女の慟哭と先ほど投げつけられた、「人殺し」の言葉が鋭く突き刺さっていた。





 香寿美山人質籠城事件が解決してから、3日後。


 森は本庄に呼ばれ、内務省警視庁本庁の通路を進んでいた。


 国家治安維持局の仮庁舎で、主戦論派、反政府勢力の資料を整理していた森は副局長である川口(かわぐち)警視正に本庄の元へ出頭するよう言われた。


 理由を聞いても、行けばわかる、と言われた。


 森は本庄の執務室のドアの前に立った。


 彼は2回ノックした。


「入れ」


 執務室から声がした。


「失礼します」


 森が執務室に入室した。


「君が新谷君か?」


 本庄が問うた。


「国家治安維持局の新谷巡査部長です」


 森は15度の敬礼をした。


「どのようなご用ですか?」


 森が不動姿勢になり、本庄に尋ねた。


「うむ。私としては不愉快なのだが、自衛隊が警察が何をしているのか観察したいそうだ。それで若手の自衛隊幹部が派遣される」


 本庄の言葉に森は首を傾げた。


「なぜ、自分が選ばれたか、わからないようだな。そうだろう」


 本庄はうなずき、説明した。


「自衛隊から派遣される幹部の側について我々の役目を説明してやってくれ。これは君にしかできない」


「?」


 森の疑問がさらに深くなった。


 それなら、広報の警察官で十分なのではないか、と思ったからだ。


「新谷君は防衛大学校出身だな。派遣される幹部自衛官は君と同じ年だ。菊水総隊の人事部と警務部に書類を持って来てもらったが、君たち2人は偶然だが防衛大学校の同期ではないか。この任務にうってつけだと思うのだが」


 本庄の説明にようやく森は納得した。


「団長。1つ質問してよろしいですか?」


 森が尋ねた。


「なんだ?」


「派遣される幹部自衛官は誰ですか?いくら防衛大学校の同期でも同期生は400人以上いるのです。私も全員と面識がある訳ではありません」


「それは承知している。だが、顔を知らなくても、同期生なら何かと話しやすいだろう」


 本庄が言い終えると、執務室のドアからノック音がした。


「入れ」


 本庄が許可すると、執務室に黒色の帝国海軍の制服を着た若い男が入って来た。


「菊水総隊司令官付特務作戦チームの石垣(いしがき)達也(たつや)2等海尉です」


 石垣と名乗った幹部自衛官は本庄に10度の敬礼をした。


「話は聞いている。彼が君と同行する。聞きたいことはすべて彼に聞くことだ」


「はい」


 石垣が短く返答した。


「新谷巡査部長です」


 森は石垣に15度の敬礼をする。


「よろしくお願いします」


 石垣が森に向き、10度の敬礼をした。


「石垣君。我々のことを観察することで、いくつか注意事項がある。我々の機密に関することはいっさい話さない。そして、我々が行うすべての行動に口を挟まないこと」


 本庄が冷たい視線で言った。


「はい、承知しています」


 石垣は承諾した。


「結構。新谷君、彼のことは頼むぞ」


「はい」


 森が一礼する。


「では、下がっていい」


 本庄が言うと、森と石垣は敬礼し、退室した。


 執務室を出ると森は石垣の顔を見た。


(そう言えば、俺が防大の時にいたような・・・)


 森は石垣の顔を思い出そうとするが、まったく思い出せない。それどころか、森が防衛大学校の時は陸上自衛隊で、彼は海上自衛官だ。顔を合わすこともないだろう。


「何か私の顔についていますか?」


 石垣が視線に気付き、尋ねる。


「いえ、何でもありません」


 森は手を振った。


「少しの間、よろしくお願いします」


 石垣が頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 森が頭を下げた。

 昭和事変篇 第4章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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