閑話 腐れ縁の始まり
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
「めぇぇぇぇん!!」
「やぁぁぁぁ!!」
道場に、元気な子供たちの声が響く。
本庄宅に併設された剣道場では、本庄流剣術に入門している人々が稽古に勤しんでいる。
一般の社会人や、警察官、元警察官、学生たちと年齢や立場は様々である。
現在の道場主は、本庄の父であるが、警察官としての職務があるため、主に指導に当たっているのは、師範や師範代の資格を持った大人たちである。
本庄も、師範の1人ではあるが、父と同じ様に今までは、休日くらいしか稽古に顔を出せなかったが、休職扱いで実家に戻ってからは、ほぼ毎日、門下生の指導に当たっている。
今日は、小中学生の門下生の稽古の日であるため、道場内では子供たちの声が響いているのだ。
そんな中、子供たちの掛け声や、道場に響く竹刀の打ち合う音に興味を引かれたのか、桐生が道場の戸の影から稽古風景を覗いているのが見えた。
「どうした?」
それに気が付いた本庄が、声を掛ける。
今日は、午前中の授業は本庄と威が担当していたため、午後の授業は伶が教えているはずだが・・・
午後の時間割は、後、1時間は残っているはずだ。
「伶の奴・・・」
また、いつもの怠け癖が出たのかと思った。
ここ最近は、桐生に勉強を、真面目に教えていたのだが・・・
「待たれよ、慈殿」
一言注意しに行こうとする本庄を、桐生が慌てて止めた。
「私が無理を、申したのじゃ。伶殿は悪しくない。残りは後にて続けるでござる」
「・・・・・・」
おそらく、本庄流剣術を興したのが、桐生にとって浅からぬ縁のある本庄隼人介であるという事を知らされて、気になったのだろう。
「・・・わかった。見学という事にしよう」
どうしても、桐生には甘くなってしまう本庄だった・・・
せっかくだから、型稽古でも見てもらおうと思った本庄は、子供たちに指導し
ていた1人の師範に声を掛ける。
本庄が声を掛けたのは、警視庁捜査1課に勤める現役の警察官だ。
おそらく、今日は非番なので、久し振りに道場に顔を出したのだろう。
本庄の突然の申し出を、彼は快く引き受けた。
桐生と門下生、他の師範と師範代が見守る中、本庄と警察官は、まずは日本剣道型を披露する。
日本剣道型とは、剣道における型稽古の事であり、剣道における礼法を習得するための稽古である。
太刀七本と小太刀三本の計十本で構成されたそれは、剣道教育の基本として、竹刀稽古と共に体得が必須とされている。
本庄も警察官も有段者であり、その所作は極めて洗練されている。
道場にいる全員が、固唾を飲んで見守っている。
その後、本庄と警察官は、警視流木太刀型を披露する。
1877年(明治10年)に起きた西南戦争の際、警視隊抜刀隊の活躍により、剣術の有用性が再認識された事が発端となり、様々な剣術の流派出身者が、現在の都道府県警察学校の前身である巡査教習所に剣術指導の教官として迎え入れられた。
ただ、流派ごとで指導方法も異なるという状況であったため、その指導方法を統一して制定されたのが、警視流である。
ただ、和服ではなく洋装が警察官の制服であったため、各剣術流派の伝える所作とは異なる。
その剣術流派から技を採用して構成されたのが、警視流木太刀型であり、十本で構成されている。
剣道型とは違った型に、門下生たちは小さな感嘆の声を漏らしながら見入っていた。
「・・・あれは、柳生新陰流の・・・?但馬守様が、上様の前にて披露された型に似ておるが・・・?」
その中の、1つの型に、桐生は小さなつぶやきを漏らした。
「お姉さん、変な事を言うね。但馬守って、柳生宗矩の事だよね?何で、江戸時代の人の事を知った風に言うのかな?」
迂闊に漏らしたつぶやきを、聞きとがめられたらしい。
桐生の隣で座っていた黒縁眼鏡を掛けた、小生意気そうな顔立ちの少年が、ジトーとした目で桐生を見ている。
「不覚・・・」
自分の出自は極秘事項であるというのは、桐生も十分承知している。
つい、油断をしてしまっていたようだ。
「先日見た、映画とかいう活動写真の中にて、柳生新陰流が出ておりきじゃったにて、そう思っただけじゃ」
「活動写真なんて言葉、普通は使わないよね。お姉さん、時代劇に出てくるような言葉遣いをしているけれど、どうして?」
「そ・・・それは、私が亜米利加出身にて、日の本語の勉学に日の本の時代劇なるものを観ておりきからじゃ」
なかなか鋭い所を突いてくる少年に、桐生は少し引き気味に、本庄が場を誤魔化すのに時々使っている言葉で、答えた。
「へぇ~・・・そうなんだ。でも、今の日本じゃ全然使えないよ。日本語の勉強をするなら、ニュース番組を見た方がいいよ」
「さ・・・左様か・・・」
はきはきとした口調の少年に、少しタジタジになる。
「童、名は何と申す?」
「童って、僕の事?人に名前を聞く前に、自分が名前を言う方が先じゃない?」
「それは、失礼したでござる。私は、桐生明美じゃ」
「ふ~ん。僕は、氷室匡人だよ」
「匡人か・・・良き名じゃ。匡人、折りいとは願いたもうぞ、私に、現代の日の本語を教えてもらえぬか?」
「ええぇ~・・・面倒だなぁ~・・・まあ、いいけど・・・」
「ありがたき幸せ」
少年・・・氷室も、桐生も、この偶然の出会いが、この後続く事になる腐れ縁の始まりとなるとは、この時は想像もしていなかった。
特別編 閑話をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿は9月2日を予定しています。




