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特別編 番の梅 前編 第2章 最悪の出会い方

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 ひと騒動の後、自衛隊病院内の応接室に本庄たちが通されたのは、翌日の昼過ぎだった。





「・・・頭が痛い~・・・気分が悪い~・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 3人が3人とも、青い顔でソファーに腰掛けているのは、昨日の騒動のせいで、今日の午前中まで、自衛隊病院のベッドで、寝込んでいたからだった。


「あぁ~・・・酷い目に遭った・・・」


 伶は、ブツブツと文句を垂れているが、それだけの元気があるなら・・・まあ、大丈夫だろう。


「・・・・・・」


 本庄は、文句を口にする気力も無い。





 3人が災難に遭ったのは、桐生明美という少女に、思わぬ形で出会った直後だった。


「・・・!!・・・!!」


 少女に気付いた米兵が、何やら早口で叫び・・・いきなり、肩に掛けていた小銃を構えて銃口を少女に向ける。


「何をする気だ!?」


 意図を察した本庄は、咄嗟に少女を庇うために、前に出ようとした。


 しかし、レンジャー徽章を付けた自衛官2人によって、背後から拘束され、後ろに引き摺られる。


「離せ!何をする!?」


「危険ですので離れて下さい!!後部座席のドアを閉めて!!」


 自衛官に耳元で怒鳴られて、本庄の頭は、グワングワンとなる。


 後半の言葉は、後部座席から半分身体を乗り出している、伶に向けて発したようだが・・・


「ひょえっ!!?」


 さすがに楽観的な性格の伶も、危険を察知したのだろう。


 後部座席に戻ってドアを閉めようと、動き出そうとした時だった。


 伶より速く、少女が動く。


「・・・なっ!!?」


「!!?」


 信じられない事だが、小柄で痩せた体格の少女の何処に、そんな力があるのか?


 少女は、伶の襟首を片手で掴むと、そのまま自分の所まで、片腕で一気に引き上げた。


「えぇぇぇぇぇ!!?」


 伶が、悲鳴混じりの驚きの声を上げる。


「いかん!!撃つな!!」


 本庄を取り押さえている自衛官が叫んだが、遅かった。


「・・・ガッ!!?」


 米兵の構えた小銃から発射されたものが、少女が盾代わりにした伶の身体に食い込み、伶の身体が痙攣する。


 米兵の持っているものが、デイザーガンである事は、わかったが・・・いくら暴徒鎮圧等で使用される非殺傷武器とはいえ、それを真面に喰らったら、ただでは済まない。


 そもそも、そんな物を使用する意図が、わからない。


 少女に対して使用しようとした事だけは、理解出来たが・・・


「伶!!」


 自分の盾代わりにして、白目を剝いて意識を失った伶を、ルーフに横たえて、少女はデイザーガンを構えた兵士に向かって跳躍する。


 その1人に、少女は組み付いた。


 そのまま、兵士の身体を自分の手足を使って、締め上げる。


 メキッメキッ!とも、グキッグキッ!とも聞こえる不気味な音が響く。


「グワァアァァァ!!!」


 少女に拘束された米兵が、悲鳴を上げる。


 それは、獲物に巻き付いた蛇が全身の力を使って、獲物を絞め殺すようにも見える。


「ノオォォォ!!!」


 別の1人が叫びながら、デイザーガンを持ち替えて、少女に振り下ろそうとする。


 すかさず組み付いた兵士から離れた少女が、デイザーガンを逆手に持った兵士の懐に瞬時に移動し、肘の部分を掌底で打つ。


 ゴキッ!!という鈍い音と共に、兵士の肘が、あらぬ方向へ曲がる。


「・・・!!!」


 少女は、声にならない悲鳴を上げて、上半身をのけ反らせた兵士の腕と胸倉を掴んで、そのまま地面に、頭から叩き付けるように投げ飛ばした。


「・・・背負い投げ・・・?」


 ただし、それは柔道の背負い投げでは無く、戦国時代の戦場で使われたと言われている、完全に相手を無力化・・・殺傷を目的とした、古武術の・・・である。


 事実、地面に叩きつけられた兵士は、その衝撃で絶命したのか、失神しただけなのか、ピクリとも動かない。


「・・・嘘だろう・・・?」


 兵士の身長は、180センチは超えている様に思う。


 体重も、多分80キロ以上だろう。


 どう考えても、身長150センチあるかないか、体重も40キロも無いと思われる少女が、簡単に投げ飛ばせるような相手では無い。


 もう、目の前で起こっている事が信じられない事ばかりではあったが、何とか平静を保って、状況を理解しようと本庄は務めていたが、それも限界に近い。


 自分を拘束していた自衛官も、同じだったらしい。


 目の前で起こった光景に、愕然としたのか・・・本庄を取り押さえていた力が、緩んでいる。


「!!?」


「あっ!!」


 その隙を突いて、本庄は拘束から抜け出す。


「慈!?」


 倒れた伶を、看護官と一緒に介抱していた威が、叫ぶ。


「・・・もう、止めるんだ!」


 本庄は、努めて冷静な低い声で、少女に告げた。


「・・・・・・」


 この時点で、普通に説得が出来るとは、本庄も思っていない。


 本庄の見たところ、少女は精神障害や意識障害等での、錯乱状態で暴れている様では無いようだ。


 ここにいる者たちを、自分の行動を阻害する敵対的存在として、明確に認識した上で動いているように思える。


「少し、話を聞かせて欲しい。場合によっては、力になれるかもしれない」


「・・・・・・」


 極力、相手を落ち着かせるように、本庄は、ゆっくりとした口調で話しかけ、少女にゆっくりと慎重に近付く。


「・・・・・・」


 本庄を、探るような目で見詰めていた少女が、口を開き何かを告げようとした。


「バウ!バウ!」


「バウ!バウ!」


 バディである兵士の指示を受けのだろう、2頭の軍用犬が、少女に飛び掛かろうとした。


「危ない!」


 無意識のうちに、本庄は少女を庇おうとした。


「・・・・・・」


 少女は、指を口元に当てると、指笛を吹くような仕草をした。


「!!?」


 指笛の音は聞こえなかったが、軍用犬は、それに応えるように、お座りをする。


「そんな、馬鹿な!!?」


 警察犬も同様だが、軍用犬は、指示をする人間以外には従わないように訓練を受けているはずである。


 それが、少女の指笛(?)の指示に従うように、動きを止めた。


「去れ」


 少女が短く命令すると、軍用犬はクルリと回れ右をして、去っていく。


「伏せろ!」


 唖然として、少女と走り去っていく軍用犬を交互に見ていた本庄の耳に、叫び声が届く。


 2人の自衛官が、筒状のものの先を、こちらに向けている。


 暴徒鎮圧用のネットランチャーである事に気が付いた本庄は、咄嗟に小柄な少女の腕を引っ張って、抱き寄せた。


 バシュ!バシュ!という音と共に、全身が締め付けられるような衝撃を感じ、本庄の身体は、バランスを失う。


「・・・!!」


 倒れると直感した本庄は、身動き出来ない状態でも、少女を庇うように体勢を取った。


 地面に、背中から叩き付けられ、一瞬、呼吸が止まる。


「アウワッ!!?」


 悲鳴と共に、同じ様にネットランチャーのネットに絡めとられた威が、本庄の上に倒れ込んで来た。


 おそらく、本庄たちを庇おうと行動を起こした結果なのだろうが、本庄にとっては、さらに受ける衝撃が追加されただけだった。


「グッ!!」


 呻き声を上げ、急速に薄れている意識の中で、駆け寄ってきた医官らしい自衛官の右手に、注射器が握られているのが見えた・・・





 そして・・・


 3人並んで、ベッドの上で目を覚ました訳だった。





 本庄と威は、ネットランチャーのネットに絡められた衝撃で、全身に擦過傷を負い、顔や首筋、手には幾つもの絆創膏が貼られて、悲惨な外見になっている。


 さらに、筋肉痛も追加されている。


 伶の方は、特に怪我は負っていないが、感電のショックが抜けきっていないのか、顔色が悪く、頭痛や眩暈、吐き気等を訴えていた。





「待たせて、申し訳ない」


 応接室に、昨日会った國仙を伴って入室して来たのが、現政権の防衛庁長官である事は、一目でわかった。


「災難だったようだね。あっ・・・挨拶はいい。楽にしてくれたまえ」


 立ち上がろうとして、痛みに顔を顰める本庄たちに、防衛庁長官は声を掛け、自分もテーブルを挟んで、向かい側のソファーに腰を下ろす。


「君たちも、本調子では無いだろうから、話は手短に済ませよう。君たちの上司から、予め話は聞いているだろうが、君たちには、名目上は家庭教師という立場で、『彼女』の身辺警護を頼みたい」


 その話は、捜査2課管理官から、既に聞かされている。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 聞きたいのは、もっと別の事だ。


 本庄たちの無言の問いかけに、暑くもないのに防衛庁長官は、背広のポケットから取り出したハンカチで汗を拭いている。


「なお、彼女の警護には、君たちだけでは無く、警視庁の警備部警備課と警護課からも、人員を割いてもらうよう手配している。その点は、心配しなくていい」


 書類に書かれた事を棒読みするように、防衛庁長官は告げた。


「彼女の養父となる予定の、御影グループの御影会長は、現在、アメリカで様々な手続きを行っている。それらが完了するまでの間、よろしく頼む」


 本庄は、ため息を付いた。


「頼む」と、言っているが、既に決定されている事だ。


 それを拒否する事も出来ないのは、わかり切っている。


 それならそれとして、もっと詳しく事情を説明して欲しいものだ。


 大企業グループの会長令嬢とはいえ、所詮は民間人の1人でしかない少女を、そこまで厳重に警護する必要性があるのか?


 まるで政治家並みか、それ以上の警護体制である。


 防衛庁長官の態度や口振りから、何か、公に出来ない重要な事があるのが推測できるが、最低限度でも伝えてもらわなくては、困るというものだ。


 全身が苦痛に苛まれている状態では、慇懃な態度で説明を求めるなど不可能である。


 本庄は何とか防衛長官に顔を向けているが、伶に至っては、相当気分が悪いのか、テーブルに肘を付いて、両手で顔を覆っている。


「・・・・・・」


 防衛庁長官は、暫く考え込んでいたようだったが、1つ頷くと、國仙に振り返った。


「國仙2佐。例のビデオテープは、すぐにでも用意出来るかね?責任は、私が取る。彼らには、事実を隠蔽したまま、この件を任せるのは不可能のようだ。我々が、伝えられる範囲の情報は、開示せねばなるまい」


「・・・在日米軍の司令部にも、許可を取らなければなりませんが、それが出来れば、すぐにでも用意いたします」


「わかった。私が直接、在日米軍司令官に許可を取る」


「了解しました」


 2人の会話は、耳に入っていたが、何故ここで在日米軍の名が出てくるのかが、理解出来ない。


「君たちに、不自由をかけるが、もう1日待ってもらいたい。詳しい事情を説明しよう。ただし、決して他言しないという誓約書に、事前にサインをしてもらう事になる」


 先ほどまでの、落ち着かない様子と異なり、防衛庁長官の雰囲気が、ガラリと変わった。


「・・・長官の、口頭での説明では、無いのですか・・・?」


 体調の悪さを露呈するような、弱々しい口調で、伶が問いを投げかける。


「私が、口頭で説明したとしても、君たちは決して信じない。それくらい、不可解な事だ。百聞は一見に如かずでは無いが、それなりの根拠を示す必要があると、判断した」


「・・・・・・」


 何とも、大袈裟な・・・と、言いたくなるが、防衛庁長官の言葉には、複雑な事情がありそうだ。


「わかりました」


 座っているのも辛い状況で説明を受けても、真面な判断は出来そうにない。


 本庄は、疲れを感じながら、そう告げた。





 そして、再び3人は並んでベッドに横になる羽目になった。


「・・・父さんと、連絡が取れないかなぁ~・・・父さんなら、何か知っていそうなんだけれど・・・」


 大分、回復してきたのか、いつもの軽い口調で、伶がつぶやいている。


「・・・・・・」


 痛み止めを処方してもらったため、大分、身体が楽になってきたが、それでも、鈍い倦怠感がある本庄は、無言だった。


「多分、叔父さんに連絡は無理だろうね。誓約書の話まで飛び出てくるくらいだ。とてもじゃないが、連絡なんかさせてもらえないだろう。第一、公衆電話が何処にあるかも、わからないんだ。迂闊にウロウロしていたら、すぐに病室に連れ戻されて、終わりだ。こうなったら、腹を括ってビデオテープとやらを、見せてもらって説明してもらうしかないさ」


 半ば、諦めモードの威が、それに答えている。


「あぁ~・・・こんな事、引き受けるんじゃ無かった・・・アブナイ臭いが、プンプンするんだけど・・・」


 伶が、ぼやいている。


「・・・・・・」


 本庄は、無言で昨日の事を思い出していた。


『・・・は・・・やと・・・どの?』


 少女は、自分を見て・・・そう、つぶやいた。


 まるで、以前から自分を知っているような口振りであり、表情を浮かべていた。


 もちろん、本庄は少女と会った事は無い。


 完全に、初対面だ。


 なのに、何故か会った事がある・・・記憶というより、そんな感覚だ。


「・・・・・・」


「・・・兄さん?」


「・・・ん・・・何だ?」


「兄さんは、どう思っているの?今からでも、この話、断れないかな?」


「・・・お前は、俺たちと違って拒否する事も可能だ。そうしたければ、そうしても構わないと思う」


 ある意味、あの件の罰ゲームとも思える。


 表立って処罰出来ない代わりの・・・


 それならそれに直接関係の無い伶が、無理に首を突っ込んで来る必要は無い。


「兄さん、冷た~い!」


「いや・・・お前は、本来関係無いからだ・・・無理に関わる必要は無いと思う」


「何で、兄さんは、いつも俺を除け者にするかなぁ~・・・」


「だから、違う!」


「ここで、兄弟喧嘩は、やめてくれ・・・」


 いつもと違い、疲れた声で、威が言い争いになりかけた、本庄と伶を止める。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 気不味い空気が流れる。


「・・・とにかく、考えた所で答が出る訳では無い。疲れた・・・」


 どちらにしても、明日になればわかる事だ。


 自分に言い聞かせて、本庄は目を閉じた。

 特別編 第2章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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