本土防衛戦の始まり篇 第10章 ソ連軍の侵攻
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
ソビエト社会主義共和国連邦サハリン州。
ソ連陸軍第16軍司令部。
司令部作戦室では、参謀たちが議論を重ねていた。
「同志諸君等も、ソ連軍最高司令部である国土回復軍最高司令部からの命令書には、目を通したな?」
作戦主任参謀のドミトリー・ポポフ・イワノフ大佐が、作戦参謀たちを見回しながら、確認をする。
「同志大佐。最高司令部の命令である以上は、従わなければなりませんが、同志総書記は何を考えているのですか?」
イワノフの右腕である作戦参謀の中佐が、煙草に火をつけながら尋ねた。
「同志中佐。貴官の言いたい事はわかる。ドイツ軍からの侵攻でモスクワまで奪取されたにもかかわらず、その戦力をモスクワ奪還に使わず、極東の島国侵攻に戦力を使う。それが不満であるのだろう?」
「恐れ入ります、同志大佐。ドイツ軍の進撃は留まる事を知らず、我が軍は防衛線を維持するのが、やっとという状況です。その状況下で、防衛線に兵力の増援を行わず、極東の島国ごときに、不可侵条約を破ってまで侵攻する価値が、あるのですか?」
中佐の言葉に、他の参謀たちも同調する様に頷いた。
「同志諸君等も、同じ不満を持っているようだな。その答えを教えてやろう。同志諸君等も知っての通り、国土回復軍最高司令部は、アメリカ政府とイギリス政府とコンタクトをとった。イギリス軍とアメリカ軍は、大日本帝国軍に敗退を続けている。今回の作戦は、アメリカ軍とイギリス軍に恩を売るために行われる作戦だ。それに、日露戦争で受けた、我々の屈辱を晴らすための戦いでもある」
日露戦争とは、朝鮮半島の利権を巡り争われた、大日本帝国とロシア帝国の戦争である。
ロシア帝国は満州と朝鮮半島を掌握する事で、利権を独占しようとした。
しかし、それに反発したのは大日本帝国である。
大日本帝国側の言い分として、朝鮮半島がロシア帝国に掌握されると、大日本帝国の安全保障上の脅威となる。
朝鮮半島がロシア帝国の領土になる事で、大日本帝国の西の海側の制海権は、事実上ロシア帝国海軍が掌握する事になる。
それを阻止するために、大日本帝国政府は、朝鮮半島の利権を巡って外交的にロシア帝国と争う事になった。
しかし、ロシア帝国側は大日本帝国側の平和的外交案(代表的な案として、朝鮮半島の独立及び日露共に独立した朝鮮半島に対して政治的、経済的な介入を行わないとした)をことごとく蹴り、逆にロシア帝国側の言い分のみが通った外交案を、大日本帝国側に押し付けた。
外交交渉は平行線をたどり、最終的に戦争という形になった。
「確かに日露戦争の雪辱を晴らすというのは、魅力的なものです。しかし、ドイツ軍と戦っている状況下で、二正面作戦を余儀なくされます。大日本帝国軍は、アメリカ軍とイギリス軍との度重なる戦闘に勝利し、勢いがついています。その勢いがついている状況下で、南進を始めますと、逆にしっぺ返しを受ける可能性もあります。ジェーコフ元帥指揮下の北海道侵攻軍が北海道の西側に上陸するとはいえ、それは、逆に彼らを怒らせるのでは無いでしょうか?」
中佐の言葉に、他の参謀たちが賛同したように頷いた。
「同志諸君等が、敵を過小評価しない事を誇りに思う。しかし、大日本帝国はイギリス軍とアメリカ軍等の連合国軍と戦っている。この上、ソ連とも戦う構えを見せる事は無い。外交的な話し合いに持って来るだろう」
ソ連陸軍極東軍管区第16軍司令官であるアルチョーム・ヴコール・バラキン・ボコヴィコフ大将は、副官の大佐と数人の随行員たちと、共に町に出ていた。
「同志司令官。今日は、どうされるのですか?」
「いつもの店に行く」
副官に聞かれて、ボコヴィコフは、歩行速度を緩める事無く、答えた。
「同志司令官は、あの店が、お気に入りですな」
「あそこの名物であるベフストロガノフ(ビーフストロガノフ)は、とても美味い」
ボコヴィコフの行きつけの食堂である店は、ソ連の郷土料理を、店の看板メニューにしている。
しかし、地元で流行りの食堂では無く、限られた地元民しか行かない食堂である。
出される料理が不味いのでは無く、可もなく不可も無い味付けの料理を出すために、あまり流行らないのである。
だが、ボコヴィコフは、とても気に入っており、毎日、公務を終えた時間帯に副官と暇な将校を連れて、店に行くのである。
ボコヴィコフが気に入っている理由は、その店で出されるベフストロガノフが、病死した妻が作ってくれた味にそっくりなのだ。
そのため、彼の部下たちからは、ボコヴィコフは、よっぽど美味しい物を食べた事が無いのではと、噂されている。
「同志司令官。こんな時に言うのは何ですが、今回の作戦について、いかがお考えですか?」
「あまり乗り気がしない、同志大佐。それに・・・同志大元帥に関して、おかしな噂を聞いた事がある」
「おかしな噂?」
副官の表情が、変わった。
「同志大元帥は、秘密結社に匿われて、彼らの口車に乗って、大粛清を行っているという話だ」
「それでしたら、誰でも知っています。噂というより、事実だと思いますが・・・」
「私が、おかしな噂と言っているのは、それでは無い」
「・・・と、言いますと?」
「その秘密結社は、未来から来たロシア人で、未来の軍隊を保有している。彼らは然るべき時が来るまで、じっと待っていて、時が来たら一斉蜂起を行うらしい・・・」
「ずいぶんと、リアルな噂ですね・・・」
「貴官は、部下たちからの話を、聞いていないか?」
「モスクワから逃げて来た兵士たちが、話しているのは聞いた事がありますが、それは単なる噂でしょう。未来から来たロシア人が軍隊を保有して、我々の世界にいるのなら、ドイツ軍に追い詰められている我が軍の惨状を、黙って見ているはずがありません。時が来るのを待っているのなら、今、動かなければ、ソ連がドイツ軍に完全に占領されてしまいます」
「そうだな・・・」
そんな事を話していると、目的の飲食店に到着した。
カランという音と共に、ボコヴィコフたちは、食堂に入った。
「いらっしゃいませ」
年配の女性が、ボコヴィコフを歓迎する。
「同志将軍。いつもの席に、ご案内しますね」
食堂の店主が出て来て、ボコヴィコフをいつもの指定席である、窓際の席に案内した。
「同志将軍。いつものメニューで、よろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
店主に、いつものメニューを注文すると、コップに入った水を一口飲んだ。
「同志司令官。少し用を思い出したので、少しの間だけ席を外します」
副官が、立ち上がった。
「そうか。わかった」
副官が、飲食店を出た。
副官が外に出ると、顔を上げて、頷いた。
その時、ボコヴィコフが入っている食堂が、爆発した。
大日本帝国海軍横須賀鎮守府横須賀軍港。
ニューワールド連合軍連合海軍艦隊総軍第1艦隊第1空母打撃群旗艦である[ジェラルド・R・フォード]級原子力航空母艦[フロンティア]は、錨を降ろしていた。
ニューワールド連合軍多国籍特殊作戦軍アメリカ海軍特殊戦コマンド・ネイビーシールズ・チーム10に所属するジーン・カールトン大尉は、[フロンティア]の食堂で、朝食をトレイに乗せていた。
朝食のメニューは、ハムと卵のサンドイッチと野菜と、ベーコンが入ったスープ、葡萄のゼリーである。
カールトンは、ドリンクコーナーで、コーヒーを淹れた。
アメリカ海軍の艦艇のドリンクコーナーは飲み放題であり、コーラ、オレンジジュース、コーヒー等の飲料が豊富に揃っている。
空いている席を探して、カールトンは席に着いた。
彼は1個目のサンドイッチに、かぶりついた。
「聞いたか、カールトン」
カールトンの向かいの席に、仲のいい整備士の大尉が着いた。
彼は、野菜とベーコンの入ったスープを、豪快に飲む。
「何だ?」
「サハリン島で、爆弾テロ騒ぎが発生したそうだ」
「それなら、聞いた。第16軍司令官が、暗殺されたそうだな」
「ああ、そうだ。次席指揮官の話は聞いた事が無いが、彼が指揮官として、大日本帝国領の南サハリン島に南進する・・・だとよ」
ニューワールド連合軍内でも、ソ連が不可侵条約を破って大日本帝国に侵攻する事は、末端の兵卒まで知っている事だ。
その裏に、連合国アメリカ政府やイギリス政府がいる事も、把握している。
1個目のサンドイッチを食べ終えたカールトンは、野菜とベーコンが入ったスープを飲んだ。
整備士と違って、スプーンで上品に飲んでいる。
「おいおい。スープってのは、豪快に飲むものだ。こういう風にな」
整備士は、豪快にスープを飲み干す。
「そんな急ぐ事は無いから、急いで食べる必要は無いだろう。食事は楽しくゆっくり食べるものだ」
スプーンをトレイに置いて、2個目のサンドイッチを食べる。
「地上戦を行う奴は違うな・・・地上では土煙が上がっている中で、不味いレーションを食う。だから、艦艇にいる時は、ゆっくりと食事を楽しむんだな・・・」
「まあな」
「カールトン大尉」
カールトンが2個目のサンドイッチを食べ終えて、ゼリーを食べている時、下級士官に呼びかけられた。
「艦長が、お呼びです」
「どうやら仕事のようだな」
カールトンは立ち上がり、残った料理をシンクに流した。
下級士官に案内されて、カールトンは、艦長室に入室した。
「大佐」
「おぉ~入ってくれ」
[フロンティア]艦長のリック・マッシュ・フォール大佐が書類の山を整理しながら、顔を上げた。
「任務ですか?」
「そうだ」
「どんな任務ですか?」
「簡単な任務だ。君の隊で、北サハリンへの偵察任務だ」
「偵察任務ですか・・・」
カールトンが、ソファーに座る。
「これが作戦書だ」
フォールに渡された作戦書にカールトンは、すばやく目を通した。
戦争状態では無いため、極秘の偵察任務である。
武器の使用はソ連軍から攻撃を受けた場合のみに認められる上、基本的には武器の使用は認められない原則だ。
偵察エリアは、国境線付近であり、ソ連軍の動向を確認する事だ。
ソ連陸軍極東軍管区第16軍第113独立砲兵旅団第113重砲兵大隊陣地。
配備されている重砲は、203ミリ榴弾砲B-4である。
冬戦争、独ソ戦等で使用された。
長射程と高威力を活かし建造物の破壊等を主任務とした重砲だ。
152ミリカノン砲Br-2及び280ミリ臼砲と共通のもので、車輪では無く履帯式になっているが、動力は内蔵しておらず、自走する事は出来ない。
一般的な榴弾砲では、車輪式になるだが、同砲が履帯式になっているのは、18トンにも及ぶ重量を支える為のものであった。
移動の際は専用の砲牽引車による牽引を行うが、長距離移動をさせる際には砲身と砲架を分解し、専用の砲車にて輸送される。
このため、分解と結合作業は、平均して2時間以上かかる。
「同志諸君!榴弾を装填せよ!」
指揮官の号令で、砲兵たちが203ミリ榴弾を装填する。
「本当に戦争を始めるんだな・・・」
「当たり前だろう!ここまで、やって、やりませんでしたってのは無いだろう!」
兵卒たちが口々に囁く。
国境線には、4個狙撃師団と2個独立戦車旅団が待機しており、第113独立砲兵旅団による重砲及び軽砲による砲撃を開始してから、南進が開始される。
大国境線に配置されている日本帝国軍は、存在せず、軽武装の国境警察隊のみが配置されている。
大日本帝国陸海軍は、陸軍の1個歩兵師団と1個独立旅団のみであり、南サハリンの北部に戦車部隊を主体とした重歩兵部隊が配置され、南部には歩兵部隊を主体とした軽歩兵部隊が配置されている。
海上からは、警備艦と魚雷艇に護衛された輸送船団が南サハリン南部地方に接近し、2個狙撃旅団と1個独立戦車大隊が上陸する手筈になっている。
上陸部隊として沿岸部を押さえるために、海軍歩兵の第365独立海兵大隊等の3個大隊以上が戦車部隊と共に上陸する。
南サハリンの南部地区を電撃的侵攻により占領し、北海道からの増援部隊を送らせない手筈である。
情報では、大日本帝国軍はアメリカ軍とイギリス軍との戦争で、主力となる正規兵部隊のほとんどを南方に送っているため、大日本帝国領南サハリンを守っているのは、最低限の戦力しかない。
さらに、ソ連軍からの侵攻があれば、北海道から増援部隊を送る態勢をとっている。
しかし、ウラジオストクを拠点に極東軍管区から編成された侵攻軍が、北海道西部地方に上陸する。
つまり、南サハリンにソ連軍が攻勢を開始しても、増援部隊を北海道から送る事はできないのだ。
第16軍は、4週間程度で南サハリンを占領できると考えている。
「アゴーニ(撃て)!!」
砲兵部隊の指揮官から発射命令を受け、砲手たちは一斉に発射レバーを引いた。
「「「ビィストレル(発射)!!」」」
配置されている203ミリ榴弾砲B-4の砲口が、一斉に吼えた。
「ついに戦争が始まったな・・・」
兵卒の1人が、つぶやく。
「日露戦争での雪辱を晴らす時が来たぞ!ドンドン撃て!ソビエト連邦の栄光を上げる時が来たぞ!」
政治将校の少佐が、拡声器で部下たちに檄を飛ばす。
「そんな事より、ドイツ軍との戦争に勝つ事が大事だろう・・・何で、大日本帝国軍と戦争を始めるかな・・・」
兵卒たちは、上官に聞こえないレベルの声で、ぶつぶつと文句を、つぶやく。
その間も、203ミリ榴弾砲B-4の砲撃が、続けられる。
本土防衛戦の始まり篇 第10章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




