本土防衛戦の始まり篇 第1章 不審船
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
統合省保安局海上保安本部航空隊に所属するファルコン2000は、日本海の洋上を監視していた。
「戦争は、はるか遠くの南シナ海と太平洋だと言うのに、何で日本海の洋上監視が、行われるのですか?」
ファルコン2000に搭乗する洋上監視員の2等海上保安士が、洋上監視モニターを見ながら、心に浮かぶ疑問を言葉にする。
「知らん。お偉いさんが考えている事は、わからん。海自さんのP―3CやP―1も、日本海の警戒を行っている。どうやら、何かあるようだ・・・」
「何か、あるって・・・日本海に現れる仮想敵国と言えば、ソ連ぐらいしかありませんよ。中国国民党と共産党とは、休戦協定が結ばれて、戦争は一応終わったんですから、史実では、ソ連侵攻は、昭和20年の段階です。今は、ドイツとの戦争で、手一杯のはずで、とても北海道等の北方領土に侵攻する余裕は、無いと思いますが・・・」
「そんな事を、ここで議論していても、何の意味も無いだろう。お偉いさんには、何か思惑があるという事だ」
それまで黙って話を聞いていた同僚が面倒臭そうな顔で、話に割って入ってきた。
ピ!ピ!ピ!
「ん?」
洋上監視モニターに表示している、洋上監視レーダーに反応があった。
「感あり!」
「どうした?海保の巡視船艇か、それとも海警の警備艦艇か?」
「敵味方識別信号に、反応ありません」
反応が無いという事は、海上保安本部の巡視船艇でも、海上自衛隊の艦艇でも無い。
大日本帝国海軍の軍艦艇や、海上警備隊の警備艦艇には、敵味方識別装置は取り付けられていない。
もちろん、新造艦や前線に派遣されている軍艦艇や警備艦艇には、敵味方識別装置が搭載されているが、鎮守府警備戦隊の駆逐艦や海上警備隊の警備艦には、装備する時間も予算も無かったというのが事実ではあるが。
「機長に報告する」
総括官が洋上監視モニターを見下ろしながら言った。
彼はコックピットに移動して、機長と副操縦士に報告した。
すぐに機長が、現れた。
機長は、洋上監視モニターを凝視した。
「漁船にしては、速いな・・・」
「はい、速力20ノット以上で、対馬方向に向かっています」
洋上監視員が、報告する。
「報告にあった。ソ連の工作船の可能性が高いな・・・至急、近くの巡視船艇に、状況を伝えろ!」
「はい!」
元の時代であれば、管轄の管区に連絡して、管区経由で、海上保安庁の巡視船艇に連絡が行く事になっているが、この時代では統合省と日本共和議会によって、法改正や手順等が見直され、そのような手間が省かれた。
「現場海域に、急行する」
機長は、そう言って、コックピットに戻った。
ファルコン2000は、大きく旋回し、現場海域に機首を向けた。
巡航速度900キロ程度も出るこの機は、軍用偵察機として運用している国は少ないが、2010年半代に洋上監視機として導入され、海上自衛隊のP―3CやP―1哨戒機と並んで、日本の洋上を監視する監視機だ。
「まもなく現場海域です!高度を下げてください」
洋上監視員が双眼鏡を持って、ヘッドセットに告げた。
「わかった。だが、工作船の場合、武装されている可能性があるため、あまり低高度を低く飛べば攻撃される可能性もある。そんなに高度は下げられない!」
機長の声が、ヘッドセットに響く。
「十分です」
洋上監視員は、双眼鏡を覗いた。
不審船の船影を、確認した。
「やけにアンテナが多いな・・・」
船影を確認して、最初の一言がそれであった。
日本海洋上。
統合省保安局海上保安本部[れいめい]型巡視船[れいめい]は、日本海洋上の海上警備を行っていた。
「船長!」
通信士が、報告に上がった。
「洋上監視を行っていたファルコン2000が、対馬に向かっている不審船を発見!至急、対応するようにとの事です!」
通信士から通信文を受け取った船長は、通信文に目を通した。
「どう思う?」
1等航海士に通信文を渡して、意見を求めた。
「海上保安本部を経由して保安局警察総監部警備本部公安部の報告では、ソ連軍による大日本帝国侵攻の可能性がある・・・というのは、本当のようですね。工作船や潜水艦等を使って、工作員を大日本帝国に、上陸させています。恐らく、この不審船もソ連の工作員を乗せているのか、工作員の回収を行うのではないでしょうか?」
「やれやれ、防衛局が恐れている事が、現実になったな・・・」
統合省防衛局統合幕僚本部と統合防衛総監部では、南太平洋及び太平洋、南シナ海での守勢を攻勢に変えるために、大日本帝国本土や占領地に、大規模な攻勢を仕掛ける可能性があると結論付けていた。
「それで、不審船に最初に接敵する巡視船は?」
「はい、高速高機能大型巡視船の[あそ]です!」
航海士が報告する。
『防弾装備着用!防弾装備着用!』
船内放送を受けて、[あそ]型巡視船[あそ]の乗組員たちは、慌ただしく動いた。
防弾装備を着用し、武器庫が開放され、64式7.62ミリ小銃が出された。
実弾が、装填された。
警告を目的とした曳光弾が充填された弾倉を、64式7.62ミリ小銃に装填し、防弾装備を着用した乗組員が、甲板に出た。
「能登半島沖不審船事件を、彷彿させるな・・・」
防弾帽を被った船長が、つぶやく。
1999年に発生した、不審船による日本への領海侵犯事件である。
海上自衛隊及び海上保安庁が、逃走する不審船への追跡、警告射撃を実施した有名な事件である。
「あの事件を経験した乗組員の数も、少なくなっています」
「我々は、数少ない古株だ」
海上保安庁は、1953年に発生したラズエズノイ号事件で、不審船に対して船体危害射撃を経験しているが、海上自衛隊は、初の海上警備行動が発令された事件である。
法的な問題が数多く発生し、不審船の領海侵犯に対して、十分な対応が出来なかった事件として、多くの国民に感心が持たれた。
「船長!不審船を目視しました!」
船橋要員が、報告する。
船長と航海士が、双眼鏡を覗く。
「武装がある可能性がある!完全に停船するまでは、過剰な接近をするな!」
船長は、能登半島沖不審船事件や九州南西海域工作船事件の教訓を元に、部下たちに警告をした。
「停船命令を出せ!」
船長の指示で、船橋要員の1人がマイクを持った。
「停船せよ!停船せよ!」
警告を担当する船橋要員の1人が英語、ロシア語、日本語という順で、警告を行った。
「不審船が増速!領海外に出ようとする進路です!」
「逃がすな!ここで逃がせば、こいつらは、また来るぞ!」
船長は海上保安官として30年以上の経験から、そう直感した。
「停船せよ!停船せよ!」
その間も船橋要員は、不審船に対して警告を実施する。
「警告効果ありません!」
腹心の部下である航海士が、報告する。
「警告射撃を、実施する」
船長は口頭等による警告効果が無い事を確認して、警告射撃を行う事を決めた。
[あそ]型巡視船の船首に搭載されている70口径40ミリ単装機関砲は、九州南西海域工作船事件の教訓を得て装備された物だ。
同事件では、工作船は巡視船に対して、RPG―7対戦車擲弾発射器を発射した。
それだけでは無く、自沈した工作船を引き上げたところ、82ミリ無反動砲や携行式対空ミサイル等の長射程の強力な兵器を装備していた。
これらの兵器に対処するための、アウトレンジが求められた。
そのため、遠距離から威嚇射撃又は船体危害射撃が行えるように、長射程の武装が求められた。
そこで選ばれたのが、ボフォースMk3の70口径40ミリ機関砲である。
当然、遠距離目標を射撃出来る大口径の機関砲であるため、レーダー等と連動している。
もともと[あそ]型巡視船は、能登半島沖不審船事件や九州南西海域工作船事件の教訓で、建造された高速高機能大型巡視船である。
防弾性能も向上され、某国の工作船に対処出来る速力を有する。
某国の工作船は最高速力30ノット以上で、海上を航走する事が出来る。
その工作船を追跡、捕捉出来るように設計されているのだ。
[あそ]型巡視船[あそ]が、不審船のいる海域に到着出来たのも、この高速航行能力があるからだ。
「40ミリ機関砲起動!」
機関砲操作員が叫び、機関砲を操作する。
レーダーと連動しているため、すぐに機関砲の砲口が、不審船に向く。
警告射撃であるため、いきなり船体への危害射撃は行わない(最も、FCSであるため、不審船の乗組員に危害を加えず、船体等に機関砲弾を撃ち込む事が出来る)。
砲口を上げ、不審船の上空に向けて、機関砲を発射する準備が完了した。
「射撃準備完了!」
機関砲操作員が、報告する。
「船長。射撃準備完了です。後は、船長のご命令で、射撃が開始されます」
「うむ」
航海士の報告に、船長は頷く。
「撃てぇぇぇ!」
船長の号令で、機関砲操作員が発射ボタンを押した。
70口径40ミリ機関砲の砲口が火を噴く。
曳光弾であるため、弾丸の軌道は確認できる。
不審船も機関砲弾を確認できない訳が無い。
10秒間ぐらい射撃を行った後、船長は射撃命令を解除した。
「撃ち方止め!」
機関砲操作員が、発射ボタンを離す。
機関砲の砲口から火を噴かなくなった。
「不審船!なおも逃走!」
不審船は、停戦する気配を見せない。
「警告射撃続行!次は海上に向けて撃ち込む!」
「船長!上空より、海自のSH-60K[シーホーク]が飛来!」
「ようやく海自さんの登場か・・・」
船長は双眼鏡で、SH-60Kを確認した。
ドアガンが、装備されている。
SH-60Kは、不審船に接近すると、海上に向けて、ドアガンである74式車載機関銃を発射した。
「照準よし!発射準備完了!」
機関砲操作員が、報告する。
「撃てぇぇぇ!」
船長の命令で、40ミリ機関砲が発射される。
今度は海上に向けて撃ったため、不審船の船橋からでも確認出来るはずだ。
「ん?」
船橋要員が、不審船の異変に気づいた。
「不審船が、停船しました!」
「射撃止め!」
船長が、射撃命令を中止する。
彼も双眼鏡で、不審船を確認する。
「これより、不審船に対して、立入検査を行う!」
船長の指示を受けて、操舵員が[あそ]の増速し、船首を不審船に向けた。
「一番危険な時間が、始まった」
巡視船が不審船を止めて、立入検査をするのが、もっとも危険な時間である。
[あそ]が不審船から1000メートルという距離に差し掛かった時、不審船の船尾で慌ただしい動きが確認された。
「まずい!」
船長は、直感で危険を察知した。
「取舵一杯!不審船から距離をとれ!」
船長の指示で、[あそ]は大きく傾き、急旋回する。
船長の直感は、当たっていた。
不審船の船尾から隠されていた機関砲が露わになり、砲口がこちらに向いた。
機関砲が火を噴き、弾丸が[あそ]の左舷をかすった。
菊水総隊統合防衛総監部海上総監部第3沿海護衛隊に所属する[もがみ]型多機能護衛艦[いすず]のCICでは、不審船が船尾から機関砲を露わにした事が確認された。
「艦長。[あそ]が危険です!」
副長の言葉に、艦長は頷いた。
「うむ。正当防衛射撃を実施する!」
「主砲発射準備!」
砲雷長の言葉に、主砲操作員がデータを入力する。
[もがみ]型多機能護衛艦には、従来の護衛艦と同様に、艦首に62口径5インチ砲が搭載されている。
[もがみ]型多機能護衛艦は、多様な任務への対応能力の向上と艦体のコンパンクト化の両立が求められて建造された、3900トン型の護衛艦である。
護衛隊群に所属しない護衛隊に所属させるために配備された同型艦は、従来の護衛艦のような対空戦闘能力は最低限に抑えられているが、対水上戦闘能力、対潜戦闘能力は従来の護衛艦と同じように装備されている。
「主砲発射準備よし!」
「撃てぇぇぇ!」
艦長の号令で、5インチ単装速射砲を操作する主砲操作員が、発射ボタンを押す。
5インチ砲が、旋回した。
コンピューター制御された主砲が砲口を上げ、砲口が吼える。
発射された砲弾は、そのまま不審船に向かった。
不審船の中部甲板に直撃し、砲弾が炸裂した。
不審船が、くの字に折れ、そのまま轟沈した。
「不審船の爆沈を確認!」
船橋要員が、報告する。
「海自さんが、やってくれたのか?」
船長が、つぶやく。
「そのようです」
船長は、海上を確認する。
「船長。数人の船員が、海に投げ出されたようです!」
「よし、彼らを救助する」
船長は、すばやく判断した。
[あそ]は、不審船の沈没海域に接近し、複合艇を降ろした。
複合艇には武装した海上保安官を2名配置した状態で、要救助者の救助を行う。
「顔立ちから、ロシア人のようですね」
航海士が、双眼鏡で救助されている不審船の船員を、確認しながら言った。
「詳しい事はわからないが、顔立ちや見た目から確かに、ロシア人のようだ・・・」
救助された不審船の乗組員は5人であり、[あそ]に収容された後、巡視船[れいめい]に移された。
巡視船[れいめい]で、簡単な事情聴取を行った後、協定に従い大日本帝国海上警備隊に引き渡した。
「何か、わかったか?」
巡視船[れいめい]の船長が、1等航海士に聞いた。
「事情聴取の結果、言語はロシア語でした。所持品検査をしたところ、ソ連の通貨を、いくらか所持していました。しかし、何故、領海侵犯をしたのか、何が目的なのかについては、何も話しません」
「そうだろうな・・・」
船長は、腕を組んだ。
そもそも彼らは、下っ端の船員である。
与えられた任務に付いては、何も聞かされていない可能性がある。
不審船の船長を含む幹部たちは、護衛艦[いすず]が、海に沈めてしまった。
本土防衛戦の始まり篇 第1章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




