冬のクローバー③
【*冬のクローバー③*】
今日はバレンタイン。
仲の良い子と友チョコを交換するから、チョコレートを作った。
冷蔵庫に入れたチョコが固まるのを待っていると、果歩が手作り消しゴムを作ると言ってきた。
仲良くなった春陽ちゃんに友チョコと一緒にあげるらしい。
「お姉ちゃんも作りなよ!」
「は? なんで私も?」
「春陽ちゃんにだけあげたら、春陽ちゃんのお兄ちゃんも欲しがるでしょ」
悠人君は小さい子じゃないんだから。
ん? ちょっと待ってよ。
「私が悠人君にあげるの!?」
「友達なら当然じゃない」
そんな事言ってもなぁ。
悠人君欲しがるかなぁ?
「それなら果歩が二つ作れば良いでしょ」
「果歩は春陽ちゃんので、忙しいの!」
「ヤダなぁ〜」
「ちゃあ〜んとイニシャルも入れるんだよ」
なぜかお姉さん気取りの果歩は、私が作るまでずっと目を光らせていた。
は〜、イニシャル入り……さすがに嫌がるよね。
「お姉ちゃん!!」
「わ、わかったよ、わかりました。作れば良いんでしょ!」
そんなわけで、果歩に無理矢理作らされた手作り消しゴムは果歩から春陽ちゃんへ。
そして、どうなったかな。
私はその消しゴムの行方を、思わぬ形で知る事になった。
絵の具の筆を洗おうと手洗い場に行った時、男子が何やら騒いでいる。
一人の男子が私に気づき、大声で言った。
「おい悠人、彼女が来たぞ!」
手洗い場にいた全員がこっちを振り返った。
悠人君、いつの間に彼女なんていたの?
辺りをキョロキョロしていると。
「席も隣、係りも同じ。お前らラブラブだな!」
別の男子の囃し立てるような発言に、私は首を傾げる。
「何言ってるの?」
近くにいた女子が教えてくれた。
「咲歩ちゃんが悠人君とつき合ってたなんて知らなかったよ。あの悠人君のどこが良いの?」
「え、ちょっと何それ。私と悠人君がつき合ってる?」
どうしてそうなってるのか、まったくわからない。
「咲歩ちゃん、悠人君におまじないの消しゴムあげたでしょ?」
消しゴムをあげたと言うか、果歩経由で春陽ちゃんに渡した覚えはあるけど。
「おまじないの消しゴムって?」
「咲歩ちゃんってばとぼけちゃって。あの消しゴムに、いつでも一緒にいようねって願いを込めたでしょ?」
「なんなのそれ?」
そんなおまじない初めて聞いたんだけど。
「自分のイニシャルの物を彼氏にあげると、ずっと一緒にいられるっておまじないじゃないの」
「えええっ!?」
ちょっと待って、そういえばあの時。
果歩が消しゴムを作れ作れうるさかったっけ。
それもイニシャルを入れろって。
でも、私は自分のイニシャルじゃなくて、悠人君のイニシャルを入れたはず。
「ねぇ、その消しゴムのイニシャルって本当に私のイニシャル?」
私の言葉にその子はきょとんとした。
「男子が騒いでるからそうなんじゃないの? ほらあそこ」
視線を向けると、一人の男子が消しゴムを高く上げてぶんぶん振り回している。
その男子の前で悠人君がそれを奪おうと、必死になっているのが目に映った。
「返せ!」
「やぁ〜だね。悠人と柚木はラブラブだーー!」
「ラブラブなんかじゃねぇよ!」
「ウソつくなよ。コレが証拠だろ。イニシャルS・Y。うちのクラスでS・Yは一人しかいないじゃねぇか」
私は騒ぐ男子のところまで行って、消しゴムのイニシャルを確認した。
「私のイニシャルってY・Sだよ?」
周りにいたみんなが一斉に吹き出し、悠人君が小声で怒ってきた。
「バカっ! 名前が先にくるんだよ。お前のイニシャルは咲歩 柚木でS・Yだろ!」
じゃあ、悠人君のイニシャルは悠人 三枝でY・S!
私、間違えちゃって自分のイニシャルで消しゴム作っちゃったんだ!?
もう、穴があったら入りたい。
「ひゅーひゅー、仲が良いなぁ!」
「休みの日は、手ェ繋いでデートするのか?」
「結婚はいつですか?」
「新婚旅行はどこへ?」
「三枝夫妻、子供は何人欲しいですか?」
周りの男子が、絵の具の筆をマイク代わりに私と悠人君に突きつけてくる。
「お答え下さい!」
無理、頭の中真っ白。
しばらくコレをネタに男子にからかわれる。最悪だよ。
「お前らうるせぇぞ!」
悠人君がブチ切れた。
問題の消しゴムを持っている男子からひったくる。
「オレにも選ぶ権利があるんだよ。誰がこんな間抜け好きになるか!」
間抜け……。
自分ではわかってるつもりだよ。
でも、みんなの前で言わなくても良いのに。
私、悠人君に嫌われてたのかな?
「どうだ、コレで証拠はなくなった。オレとこいつはなんの関係もない。わかったか!」
消しゴムを開いていた窓から外に投げつけると、走って教室に戻ってしまった。
「柚木がふられたぞ!」
「もう、離婚か?」
「おーーい、旦那を追いかけなくて良いのか〜?」
カップルからいつの間に旦那になってる。
これを私一人でどうやって乗り切れば良いっていうの!?
それに外に投げなくても良いのに。
自分だけ言いたい事を言って逃亡しちゃうなんて……悠人君ずるいよ。
あ、なんかむかむかしてきちゃった。
私は、囃し立てる男子をキッと睨みつけた。
「ふられました、離婚します。私はバツイチになりました! どう? これで満足した!?」
普段あまり騒がない私が怒ったせいか、クラスの男子はうっと怯んだ。
泣くと思ったら大間違いなんだから。
私は鼻息荒くふんっと言わせて、手洗い場を後にした。
果歩に言われるままイニシャルなんか入れた私が悪かったけど、まさか外に投げ捨てられるなんて誰が思う?
投げ捨てるなら学校なんかに持ってこなければ良いじゃない。
なんで学校に持って来たりなんかしたのよ?
悠人君に言いたいことはたくさんあるよ。
でも、悠人君が話を聞いてくれる気がしない。
だって、女子に何か言われるとすぐに怒って返すんだもの。
私が何か言ったって、不機嫌になって返ってくると思うから。
は〜、とため息が出ちゃった。
最近、悠人君とちょっとは仲良くなれたかな、なんて思っていたのは私だけかな。
友達が一人減っちゃったよね。
物は大事にしなくちゃ、ご先祖様に怒られちゃう。
投げ捨てられた消しゴムに罪はないんだから。
そう思って放課後探してみたけど、見つける事は出来なかった。
それから数日、普段はうるさい男子達が私と視線が合うと、なんだかヨソヨソしい。
落とした鉛筆を拾うと。
いつもなら、「お、サンキュー」が。
『す、すいません!』って、敬語だよ。
乱雑に積まれた本を整理しようとすると。
いつもの男子は「ほい、読み終わった」って、並べられた本の上に寝かせたまま突っ込むのに。
『ぼ、ぼくです。 気をつけます!』そう言って、ちゃんと元の位置に戻してくれた。
女子からはなぜか『咲歩ちゃん、すごい!』って、キラキラとした目で見られちゃって、なんだか変な気分だよ。
ケイカちゃんの話では、手洗い場で私と悠人君をからかった男子達の間で、普段怒らないヤツは怒らせたら怖いと噂が流れたらしい。
それ以来、男子達が私と悠人君をからかうことはなくなった。