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【*冬のクローバー*】  作者: サフト
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冬のクローバー②

【*冬のクローバー②*】



「「「あっ!!」」」


 ゴロン、バシャ。ポタポタポタ……。


 倒れた花瓶から水がこぼれ、すーっとロッカーの上を濡らし床にまで流れていく。

「雑巾持ってくる!」

「わたしはバケツを取りに行くね!」

 私達は急いで雑巾とバケツを取りに行った。

「ロッカーの上は拭いたよ。ケイカちゃんの方は?」

 濡れた廊下を拭いていたケイカちゃんに声をかけると、ケイカちゃんが言いにくそうな顔を私に向けてきた。


「床は拭いたんだけど、ランドセルにまで水がかかっちゃってコレ」


 ケイカちゃんから渡されたのは、水に濡れびちゃびちゃになった私のしおりだった。

 花瓶の水がちょうど私のロッカーを濡らし、ランドセルの上に置いてあったしおりにまで被害が及んだ。



 被害を受けた四つ葉のクローバーを押し花にしたしおりは、去年引っ越した幼なじみからもらった物だ。

『大事にしてね』

 別れ際にそう言ってくれたしおりは、いつも本にはさんで持ち歩いていた。


 そうする事で、幼なじみがすぐ近くにいるように感じられたから。

 悲しい気持ちより、約束破ってどうしよう、この事を知ったら嫌われちゃうかも。

 それしか頭になかった。

 乾かしてもきっと元には戻らないよね。


「咲歩ちゃんこのしおり大事にしてたんだよ。悠人君、謝りなよ!」

「う、うるせぇな! わざとじゃないだろ!」


 幼なじみの顔が浮かんで、濡れたしおりをじっと見つめていると、悠人君が横からしおりをひったくるように持っていっちゃった。


「乾かしたら使えるだろ!」


 悠人君は私の手から奪ったしおりを、持っていた雑巾で……。

 あっ! 拭いちゃった。


 私が呆気にとられている横で、ケイカちゃんが目を吊り上げた。

「ちょっと、悠人君。それ雑巾!」

「うるせぇな、水が吸い取れればなんだって良いだろ!」

「雑巾で拭くなんて、何考えてるのよ!?」

「ごちゃごちゃうるせぇな。 ほら、返してやるよ!」


 悠人君は私にしおりを押し付けるようにして、教室を出て行っちゃった。

 しおりはくしゃくしゃでヨレヨレ。今にも破れそうだ。

 汚れた雑巾で拭いたせいか所々灰色の染みが出来てる。


「もう! 悠人君って本っ当に最低だね!!」


 鼻息荒く、教室を出て行った悠人君に向かってケイカちゃんが大声をだした。


「咲歩ちゃんもしっかり言わなきゃダメだよ。言いづらいなら委員長に相談する?」

「タツキ君?」

 どうしてそこで学級委員長のタツキ君の名前が出てくるのかわからない。

 ケイカちゃんは人差し指を立て教えてくれた。


「タツキ君は女子の駆け込み寺なの」

「駆け込み寺?」

 ケイカちゃん、ますますわからないよ。

「もうっ、悠人君の被害を一番被ってる咲歩ちゃんが知らないなんてダメじゃない。戸村先生って、生徒の自主性がどうのって言って、基本自分達で解決しなさいって感じでしょ?」

「確かに小さなトラブルはノータッチだよね」

「そこで委員長のタツキ君がいるわけよ。タツキ君は女子に優しいし話を聞いてくれたり、女子が近づきにくい男子にはさり気なく注意してくれるのよ。だから、女子の駆け込み寺なの」


 それは知らなかったよ。

 問題児男子と女子の橋渡し、だなんて学級委員も大変だね。

「咲歩ちゃんもタツキ君に相談してみたらどう?」

「う〜ん、今ケイカちゃんが代わりに怒ってくれたからそれで良いよ」

「あれで反省してれば良いんだけどね」

「どうかなぁ?」



 ******



 私は朝から一年生の教室棟に来ていた。

 妹の果歩が名札を間違えて持って行っちゃったからだ。

 おっちょこちょいだよね。

 まあ、一年生だから仕方ないか。

 妹のクラスに名札を交換しに教室に向かう途中。私はそこで意外な人物を見つけちゃった。

 妹のクラスに入って行く悠人君。


「えっ? どうして、悠人君が一年生のクラスにいるの?」


「お姉ちゃん、何ぼーっとしてるの?」

「うわっ、急に声かけないでよ。びっくりしたじゃん」

 果歩が私の視線の先に気づき意味ありげな視線をよこす。

「ふ〜ん、春陽ちゃんのお兄ちゃんが気になるの?」

 春陽ちゃんのお兄ちゃん?

「あの二人、兄妹なの? 」

「そうだよ。春陽ちゃんのお兄ちゃん。いっつも朝は春陽ちゃんと一緒に教室に来てるよ」

「そうなんだ」


 悠人君って妹思いだったんだね。

 でも、クラスにいる時とギャップがあり過ぎる。

「朝だけじゃないよ、昼休みも放課後も、春陽ちゃん学校来る日はいつも教室に来るよ。優しいお兄ちゃんだよねーー」

 ジトッてそんな目で見て、私が優しくないって事?

 失礼しちゃうわね。


「果歩、名札」

 私もジト目で果歩の名札を渡す。

 果歩はきょとんとした顔になった。

「あれ? これ果歩の名札。なんでお姉ちゃんが持ってるの?」

「果歩が間違えて持って行っちゃったんだよ。交換しよ」

「わかった、今持って来るね」


 妹のクラスを覗くと、教室の奥の方に悠人君と妹の春陽ちゃんを見つけた。


 悠人君が春陽ちゃんの持ち物のチェックをしている。

 そのまめまめしさをクラスの仕事に向けてくれたら、トラブルにならないのに。


「体育着と絵の具はこっちの同じロッカーだぞ。赤白帽は机の横だ。今日は清潔検査があるからな、ハテナは持ってるだろ?」

「うん、持って来た。お兄ちゃんもう行っちゃうの? もう少し春陽の教室にいてよ」

「あと五分だけだぞ。五分たったら兄ちゃん自分の教室行くからな」

 不安そうにしている春陽ちゃんの頭を優しく撫でる悠人君。

 普段とのギャップがあり過ぎる。

 周りの子がちょっと羨ましそうに見ているところがなんだか微笑ましい。


 春陽ちゃんが本を開くと二人でそれを見始めた。

 あのうさちゃんグッズは春陽ちゃんの好みかな?

 悠人君って面倒見が良いお兄ちゃんだったんだね。

 きっと妹が心配で朝は遅れて教室に入って来て、昼休みも妹の教室に様子を見に行っていたんだ。

 妹のお世話でクラスの仕事ができなかったのかぁ……。


 脇腹を誰かに突っつかれ、私は思わず飛び退いた。

「ひゃあっ!」

「お姉ちゃん、名札」

「果歩っ! 名札で脇腹突っつかないでよ」

 私が睨むと果歩はしてやったり顔でニタリ。

「隙あり過ぎ」

 私は果歩に気になった事を聞く事にした。


「ねえ、果歩。春陽ちゃんが学校に来る日はって、春陽ちゃん毎日学校に来ないの?」

「来ないよ。春陽ちゃんよく熱が出て学校休むから」

「そっか、それで春陽ちゃんが学校に来る日は、悠人君が教室に様子を見来てるんだね」

 一人頷いていると、果歩がニタニタ笑いをしている。

「そうだよ。やっぱり気になる? 春陽ちゃんのお兄ちゃん情報欲しいなら、果歩が春陽ちゃんに聞いてあげるよ?」

 果歩は探偵と称した恋のキューピッド役が好きだったりする。

 誰々ちゃんと誰それ君を仲良くさせたとか、誰々君と誰それちゃんのケンカを止めたとか、まあ色々お節介な世話焼きさんだ。

「また探偵ごっこ? そんなの依頼しないからね」

「そんな事言ってるようじゃ、お姉ちゃんの春はまだまだ先だね〜」

「…………」

 誰かこのおしゃべりな妹の口に鍵をかけてくれないかな。



 ******



 今日は四時間授業で帰りも早い。

 私は家の前で妹の一輪車の練習に付き合わされていた。

 寒いから家の中に入りたいのに。下に弟妹がいると上の子はつき合わされるからかなわない。

「おーーい、春陽ちゃーーん! 待ってたよーー!」

 フェンスに掴まりながら、大声で叫ぶ果歩に私はギョッとした。

 田んぼの向こう側から悠人君が歩いてくるのが見えたからだ。

 あ、妹の春陽ちゃんも一緒だ。


 今、待ってたって言ったよね?

「ちょっと果歩、春陽ちゃんと遊ぶ約束してたの?」

「今、思い出した」

 そんな大事な事を、友達の顔を見たら思い出すなんて……。

「あんたね〜。でも、家がよくわかったね」

「果歩、教えたもん」

 学校で家の住所を教えたのね。

 たった今まで約束した事を忘れてた人が、胸をはって言える事じゃないけど。

 変なところで抜け目がないんだから。



「よお、妹が世話になる。春陽」

 悠人君の後ろに隠れるようにしていた春陽ちゃんが、恥ずかしそうに私を見上げてきた。

「三枝 春陽です。 えっと、お兄ちゃんが、お世話になってます」

 か、可愛いっ。

 この前一年棟の教室ではチラッとしか見てないけど、目の前にいる春陽ちゃんは恥ずかしそうにもじもじしてちょっと赤いほっぺたで、ぎゅっとしたくなる。

 もしかしなくても、うちの妹より可愛い!

 妹よ、春陽ちゃんのこの大人しさと恥じらいを見習いなさい。


「こちらこそ、妹の果歩がご迷惑をおかけしてます」

「お姉ちゃん、果歩は春陽ちゃんに迷惑かけてないもん! 春陽ちゃん、あっちで遊ぼ!」

 果歩はほっぺたをフグのように膨らませて一輪車から降りると、春陽ちゃんの手を引いて裏庭に行った。


「お前妹がいたんだな」

「えっと、そっちこそ」

 見てました、とは言えないな。

「お前の妹と同じクラスだ。もしかして、見てたのか?」

 う、悠人君って意外に鋭い。

「名札を届けに果歩のクラスに行った時、一緒にいるところをチラッとね」

 悠人君が片手で顔を隠し、下を向いた。

「あ〜、最悪だ。弱みを握られるとは。春陽をネタに今度は何を要求するつもりだ? 計ドか漢ドか? 給食のデザートか?」

「心外だなぁ。そんな事しないよ。宿題やってもらっても先生に字でバレるよ。それと、私は食い意地はってないし!」

「じゃあ、なんだ?」


 そこまで言うなら……。

「悠人君の事情を知っちゃったから。学校での係りの仕事はなるべく出来る時に手伝ってくれたら良いよ。その代わり家で出来る仕事をやってくれると助かる」

「家で出来る仕事?」

「ちょっと待ってて」


 私は家の中に入って画用紙を持って戻った。

「はい、これ」

 悠人君が画用紙を開くと、花と本係りからのお知らせがまだ未完成のまま現れた。

「前に先生が書くようにって言ってた、係りからのお知らせ。あと半分書いてくれたら助かるんだけどな?」

 断られるかな?

 期待を込めて悠人君の反応を待った。


「わかった。お前には色々迷惑かけてるからな」

 うわぁ、引き受けてくれた!

 悠人君って話せばわかる人なのかも。

「引き受けるからには真面目にやるつもりだ。ただ、条件がある」

「条件?」

「春陽の事は誰にも言うなよ」

 すごく真剣な顔。

 今まで女子から問題児発言されてたから、からかわれるのがイヤなのかな?

 実は悠人君周りの反応が気になるタイプとか。


「話せばみんなわかってくれると思うよ?」

「いや、あいつらに弱みは見せたくない。特にギャーギャー口うるさい女子どもは苦手なんだよ」

 変なところで意地っ張りだね。

 でも、まあ。これでまた一歩前進。

「わかった。誰にも言わないよ」

 悠人君に可愛い妹がいて、あの悠人君がすっごく可愛がってる事は黙っていてあげよう。

 私は悠人君に小指を突き出した。

「なんだよ?」

 怪訝な顔をする悠人君に私は首を傾げる。


「指切り、しないの?」

「するか、そんなもの!」

 そんなに真っ赤になって怒らなくても良いのにね。

 小指を引っ込めた私に悠人君がぼそりと呟いた。

「お前はその……違うと思う」

「なんの話?」

 顔を覗き込むと、視線を露骨にそらされちゃった。

「とにかく、指切りはしないからな!」

 男子ってよくわからないや。

 係りからのお知らせ作りはやってもらえそうだからまあ、良いか。



 裏庭の方から楽しそうな笑い声が聞こえる。

「後は私が見てるから、悠人君は帰っても良いよ」

 女子の遊びに男子は入りづらいよね。

「いや……その……」

 挙動不審で、なんだか珍しく歯切れの悪い悠人君だ。

「どうかした? 二人と一緒に遊ぶ?」

「ち、違う……」

 首をブンブン横に振ると目を吊り上げて睨まれちゃった。

 もしかしたら、私と遊びたいとか……家にはサッカーボールもラジコンもないんだけど。

 う〜……ん、お菓子でもあげる?

 そんな事を考えていたら。


 悠人君がズボンのポケットから何かを取り出して私に渡してきた。

「これ……」

 そっぽを向いて悠人君が手の平を開けると、プラ板で作ったしおりが出てきた。

「あっ、クローバーだ」

「特に意味はないからな! あるとしたら口止料だからな」

「そんな事しなくても、春陽ちゃんの事は誰にも言わないよ」


 もらって良いのか、どうなのかな。

「私にくれるの?」


 悠人君は田んぼを睨みながらコクリと頷いた。

 このクローバー葉っぱが、一……ニ……三、四つ。

 悠人君がちらちら私を見ながらぼそりと呟いた。


「本物じゃなくて悪かったな」


 白詰草は冬には咲かない。だからプラ板で作ってくれたのかな?


「もしかして、しおりを濡らしちゃった事を気にして作ってくれたの?」

 悠人君は私の様子を伺うように、チラチラ視線をよこす。

「その……しおり、どうなった?」

「ドライヤーで乾かしたらクシャクシャになっちゃった」

「そうだよな……ゴメン」

 あ、落ち込ませちゃった。

 悠人君は居心地悪そうにうつむいた。

 あれは事故といえば事故。

 悠人君がそんなに悩んでいてくれてたなんて。

 私は心の中で、四つ葉のクローバーを必死に探してくれた幼なじみに、ゴメンと謝った。

「紙は濡れるとクシャクシャになっちゃうけど、でもコレは濡れてもクシャクシャにならないね。ありがとう!」

 顔を上げて私を見る悠人君に私は笑った。

 悠人君は瞬きを数回した後、顔を赤く染めてまたそっぽを向いちゃった。







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