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自殺少女と花見の少年

作者: 苺恋乳

下手ですごめんなさい。

でも頑張ったんです。

桜が満開に咲く時期だった。


それはそれは綺麗な桜が咲いていた。


辺り一面薄く淡いピンク色に染まる、とある神社の一角。


そこに“自殺少女”はいた。



――――――


春休みでする事も無いし、運動不足気味なので、散歩がてら一人で近所にある神社で花見でもしようと歩いていた。


家から五分程の距離にある神社には、今年も美しく凛と桜が咲いていた。


神社の鳥居をくぐり、その神社にある沢山の木々の中で一番大きい木の、桜の木の下に行く。

その桜の木は優しい太陽の光と、薄く淡いピンク色が混じってなんとも言い難い雰囲気を醸し出している。



しばらく魅とれていたが、隣でガサガサと音がしたので現実世界に引き戻された。


隣を見ると腰ほどまで伸びる綺麗な黒髪を持つ華奢な少女がいた。

きっと、年齢は僕と同じ高校生くらい。

この人もお花見しているのかな と思い邪魔をしたらいけないなとその場を離れる事にした。


だけど、そうは行かなかった。



「あの」



小さな声。だけど、鈴のように綺麗なその音はちゃんと僕の耳に届いた。


「はい?」


と言いながら振り向くと彼女はしっかりと僕の目を見てこう言った。


「今日、ここで私を見たこと誰にも言わないで」


なにか言われたらまずい事でもあるのかと、彼女をもう一度きちんと見てみる。


そして、僕の目は彼女の手元で止まった。



彼女が持っていたものはロープだった。

いかにも 自殺します と言わんばかりに結ばれたそれは、もうあと木にくくり付けて首を入れれば完成。



そうか。彼女はここで自殺をしようとしていたのか。


そりゃあ、これだけ綺麗に咲く桜の下で死ねたらさぞ綺麗だろう。

邪魔をしたらいけないな。



と、通りすぎることは流石にできなかった。


「あ、あのそれ・・・」


「これを見た事を誰にも言わないで」


そう言って彼女はテキパキとロープを木にくくり付け始めた。


「ちょ、ちょっと待って!君は今から死のうとしてるの?」


「そう。だから、誰にも言わないで。あと、できれば帰って」


どうやら縄をくくりつけ終わった彼女は感情の感じられない瞳をこちらに向ける。


一瞬、雪女でも来たかと思うほどに寒気がした。


けれど、流石に目の前で 自殺します と言われて はい、そうですか と言って帰るわけにも行かない。


とりあえず、なんとかして引き止めなければ。



「ねぇ、君はさなんで自殺するの?」



「それ、言わなきゃダメ?」



「いやぁ、こんなにも堂々と死ぬなんて言われたら気になるじゃん。 いじめ、とかされてるの?」


自殺する と言われて多分大体の人が思い当たる原因がこれだと思う。

必ずしもそうではないとしても、テレビで見る限りは大体がそうだ。


なので、彼女もそれが原因でしようとしているのかな、と思った。


ただ、言った後に あ、これは聞いちゃいけなかったかも とも思った。

もし、本当にそうだったら心の傷を抉ってしまったかもしれない。


「いじめ・・・。うん。多分そう」


彼女は、特に気にするも事もない というような感じであっさりと肯定した。


「あ、そうなんだ。なんかごめん」


「聞いたくせに謝るなんておかしいねあんた。

で、どうするの?理由、聞きたいの?」


「え、いいの?」


先程は なんで言わなきゃいけないの なんて言ってたのにどんな風の吹き回しだろうか。


「別にいいよ。どうせ死ぬんだし。でも、つまらない話」


「いいよ。聞かせて。もしかしたらなにか力になれるかもしれない」


「あんた、本当におかしい人」


ここから先は彼女に聞いた話。


彼女は学校でも家でもなにかといじめられている。

学校では先生ですら味方をしてくれないという。


家に帰っても両親から暴力を振るわれている。

両親は働く事もせず、お金がなくなれば実の娘である彼女を夜の世界に働かせに行かせたりする。


その事も学校の人たちは知っているので、それによりいじめられるという。


ただ、彼女は周りに合わせられなくて暗い自分の性格にも原因があると思う、とのことだ。



「そんなことがあったんだ・・・。ごめんね聞いちゃって」


「聞いたくせに謝るとか、ほんとにあんたおかしい」


彼女は初めてあった時より幾らか表情を和らげて


「でも、いい人」


と言った。


「私のつまんない話聞いてくれてありがとう。じゃあ、私死ぬから」


「え、ちょ、止めなよ!」


彼女は再び氷のように冷たい瞳をこちらに向ける。


「なんで?私はもうこの世界を食べ尽くしたわ」


彼女のその言い方は、美味しいものを食べ尽くした。


と言うような感情は1ミリも感じられず、もう食べ飽きた。疲れた。


と言うものしか感じられなかった。

まぁ、さっき聞いた話が本当なら美味しいものなんてなかっただろうけど。


「じゃあ、僕が新しい世界を食べさせてあげるよ」


「はぁ?あんたが?なんで」


「僕はきっと君の知らない世界を少しは食べて生きてきたから


だから少しくらいなら違うものを食べさせてあげられる」


だめかな? と聞くと、彼女は 「そんなに食べられる気しないんだけど」 とぶっきらぼうに言った。


「僕もさ、自分の世界以外のもの食べてみたいな。食べさせてよ、君の世界」


「美味しくないよ」


「構わないよ。もしかしたら美味しいかもしれない」


「ほんとにおかしい」


と、彼女は今日もう何度も聞いた言葉をもう一度言ってから、木にくくりつけてあったロープを解き始めた。


「しょうがないから、今はまだ、死なないでおく」


と言い残して、彼女はロープ片手に神社を去っていった。



彼女が見えなくなってから気付いた。



次にいつ会うか も、名前も、聞くのを忘れていた。


慌てて彼女を追いかけようとするが、彼女がどちらへ行ったかすらわからないので追いかけることもできなかった。


とりあえず、明日も同じくらいの時間にここに来てみよう。

その時に名前を聞こう。




翌日、昨日とほぼ同じくらいの時間に、昨日と同じ神社へ向かう。


相変わらず、桜は満開に咲いている。



僕は迷うこと無く昨日と同じ木下へ向かった。


するとそこには昨日の“彼女”がいた。


「おはよう。来てたんだ」


「・・・おはよ。だって昨日何も聞けなかったから」


どうやら彼女も同じ事を思っていたらしい。


「とりあえず、あんたの名前だけでも聞こうと思って」


「それ、僕も思ってたんだ。君に名前聞き忘れたなって」


「ふーん。で、あんた名前は?」


寿気也(じゅきや)寿(ことぶき)に元気の気に(なり)って書いて、寿気也」


「へー。寿気也ね」


「君の名前は?」


「あたし?桜子(さくらこ)。桜の子供」


「じゃあ、君にここはぴったりってわけだ」


「桜だから?

まぁ、確かにそうかも。だから、ここ選んだのかも」


「最期の場所に?」


「そう」


彼女は思い切り伸びをし溜息を吐いた。


「君はさ、僕が止めたこと怒ってないの?」


昨日、彼女に声をかけてしまった瞬間から思っていたことだった。


もう嫌だ。と思い、自らの手で終わらせようとしていたのに突然来た、見知らぬ男にそれを止められた。

もし、自分がそんなことをされたら普通に怒ってしまうだろう。


「確かに少しイラッとしたよ。早く帰れよって思った」


「ごめんね」


彼女は、僕の方を見て少し不機嫌そうに

「もう関わらないかと思ったら、今日またここで会っちゃったし。まさか同じ事考えてるとか思わなかった」

と言った。


「それは、僕も同感。でも、元々の関わりを持つきっかけを作ったのは君だよ」


「は?なんで」


彼女は本当に意味がわからないといった様子で首を傾げている。


「じゃあ、少しだけ聞いてよ。僕が思ったことを。」


彼女は渋々といった感じで頷く。


「もし、僕が渋谷のスクランブル交差点の真ん中で殺されたとしよう。


どれだけ人と関わりたくない人であったってその場にいたら 何事か って見に行く。


そうすれば自然と僕にみんなの目線が、意識が向く。


僕が殺した側ならきっと尚更向くと思う。


でも、僕が何もされず何もせずスクランブル交差点を通ったら、誰も僕に視線は向けないし、意識を向けることもない。


僕も本当はあの日君を無視して帰るつもりだったんだ。

他に人がいなかったから意識は自然と君に向いてしまったけど。

それでも関わることなく通り過ぎようとした。


でも、君が真ん中で事件を起こしたんだ。


君が通り過ぎようとする僕に話しかけた。

そうしたから、余計に僕は君に意識と視線を向けた。


君は僕を邪魔だって思うかもしれないけど、僕達の関わりの始まりは君なんだよ。

君が自ら自分の時間を変えようとしたわけだ。


と、まぁ、これが僕が思った事」


「ふぅん。知らぬ間、ってわけじゃないけど自分で変えたんだ。だから、話しかけたのかな。本当は死にたくなかったのかもね」


「だったら、僕は嬉しいよ。一人の人の命を救えたんだから」


「でも、その時あたしは、あたしの中では本当に消えてしまいたかった。今だってあんたがいなくなれば、あたしは今すぐにでもここからサヨナラしたい」


彼女の瞳は本気だった。昨日と同じ、ものすごく冷たい瞳。

だけど、僕はそんなものに怯えたりしない。そんな事をしてしまえば、死にたいと思っていた彼女にとても申し訳ない。


「そんなことさせないよ。僕はいなくならないよ。君の悩みが消えるまで」


「消えるといいけど」


「消してみせるさ」


「期待しないで待ってる」


彼女は、1度上を見て ふぅ と息を吐いて神社の本堂の方へ歩いていった。


今日も昨日と同じで、雲ひとつない快晴 とまではいかないが、よく晴れていた。

彼女は純白のワンピースを着ていて、太陽の光を受けてキラキラと輝いているように見えた。


ただ、それを着ている本人は曇り顔でキラキラと輝く様子すらない。


悩みを消す。そうは言ったものの、話で聞いただけであって彼女が本当に親や学校の人たちにどんな事をされているのか僕は知らない。


だから、どうやったらそれが消えるのかもわからない。

勢い任せに言ってしまったが、言ってしまったからにはどうにかしなければならない。だけどその方法が今は思い浮かばない。


「君の家はどこなの?」


「あたしの家・・・?なに、気になるの?」


「いや、虐待とかされてる割には服とかちゃんとしてるし・・・。どんな家なんだろうって」


虐待されている子などはボロボロの服を着ている、というイメージがある。きっとドラマや漫画に影響されているだけだけど。


「家はちゃんとあるよ。親も機嫌がいいときは物も買ってくれる。それに時々だけど売りに出すんだからそれなりに綺麗にしてくれる」


「なんか、僕が想像してたのと違うね」


「あたしが特殊な例なだけかもしれないから、これを基準にしたらダメだよ」


そう言うと、彼女はスタスタと神社の出口へ向かう。


「あ、バイバイ・・・?また明日・・・?」


「はぁ?何言ってんのあんた。家来るんじゃないの」


彼女は“本当にわけがわからない”と言った顔をして振り向いた。その顔をしたいのは僕の方なんだけどなぁ・・・。


「え、いいの?」


「嫌って言ってないでしょ」


いいとも言われてないんだけどなぁ。と思ったが、言ったらきっと怒られるだろうから言わずに飲み込んだ。昨日今日と二日会っただけだけど、だいぶ彼女の事が分かってきたような気がする。


大抵の場合の彼女は自己完結しているので、僕のところまでちゃんと彼女の意見が伝わって来ず、すれ違うと言うか、会話が噛み合わないことが多い。


何も知らないと、自己中心的に思えるかもしれないが、きっとあまりちゃんと人と話す事がなかったからこそ、こんな思考回路になってしまったんだろうなと思う。


でももしかしたら、人と関わっていてもこうだったのかもしれないなとも思う。




神社を出て五分程、クネクネとしたいかにも田舎という感じの細い道を歩いた先に彼女の家はあった。

見た目はほかの家とそう変わりはなく、これまた田舎という感じの古民家風の家だった。僕の家もこんな感じだ。


「へー、案外普通なんだね」


「もっとボロいと思ってた?」


「少しだけ」


「私を売りに出すくせにそこそこお金持ってるからあの二人」


でも、お金が入ってもすぐにギャンブルでお金を使ってしまうらしい。


「家入る?」


「え・・・?いいの?」


「別にいいよ」


そうして、2人で玄関に歩き出した時、扉がガラガラと音を立てて開いた。


そこから出てきたのは、腰ほどまでに伸びる長くてサラサラの髪の毛に赤色のメッシュが入っていて、ジャージを着て健康サンダルを履いた女の人だった。


「あ、桜子。あんたどこいってたの」


「散歩」


「ふーん。で、そっちの人は」


「最近知り合ったの」


女の人は僕の方に歩いてきてまじまじと顔を見る。僕はどうしていいかわからず、静かに目線を下に落とした。


そしてなにかを思い出したかのように手を軽く叩き、


「あ、そうだ。あんた今日の夜・・・」


と、言った。というか、言い終わる前に


「知ってる」


という彼女の返事が入った。


「じゃあ、帰ってくるんだよ」


「わかった」


それを聞いた女の人はジャージのポケットからスマートフォンを取り出し、なにか操作しながら歩いていった。


「今の・・・?」


「お母さん。多分コンビニにご飯買いに行った。中で待ってよう」


彼女は家の扉を開けて中へ入っていく。僕も挙動不審になりながら中へ入る。


「おじゃまします・・・」


中は普通に綺麗で、親からの虐待で辛いから死にたい と言う少女が住んでいるとは思えなかった。


「あたしの部屋に行こ」


そう言って彼女は階段を上っていった。


「う、うん」


彼女の事だから入った瞬間に 変態 とか言われるのではないかと少し心配になったがそんなことも無く普通に部屋に入れてくれた。


「本当に、虐待されたりしてるとは思えないね」


「まぁ、そこまで殴られたりモノ投げられたりしないしね。大事な商品が傷ついちゃう」


「商品・・・?もしかして、自分のこと?」


「そ。あたし。お金稼ぐための大事な商品だから」


そう言って彼女はよくある学習机のピンクの回転する椅子に腰掛けた。そして、うさぎのシーツで彩られたベッドを指差し


「まぁ、そこにでも座って」


と言った


「あ、失礼します・・・。 ねぇ、うさぎ、好きなの?」


部屋を見渡すと至るところにうさぎのグッズがある。

クッション、ぬいぐるみ、カーテン、ペン立て・・・といった具合に。


「んーまぁ、気付いたらこんなに増えてたから好きかな」


素直に 好き と言えばいいのに、一言余分な感じが彼女らしい。

それから僕達はしばらくの間他愛もない話をした。

学校の話、家の話、小さい時の話。お互いの身の上話のようなものだった。そのおかげでお互いにお互いをよく知れたと思う。


まぁ、僕はちゃんと話したつもりだけど、彼女は何度か言葉を濁していたので、あまり知れたのかどうかはよくわからない。

それに、彼女はあまり自分を見せようとしないからなおさら。


しばらくすると


「桜子〜ご飯」


と、一階から桜子のお母さんの声が聞こえた。


「下行こ、ご飯食べるよ」


「え、僕の分は無いでしょ」


確かに先ほど お母さんはコンビニにご飯を買いに行った と彼女は言っていたけど、見知らぬ男のご飯など買ってくるわけ無いと思う。


「あるよ。とにかく行くよ。機嫌悪くなったらめんどくさい」


僕はほぼ彼女に引きずられるようにして下の階へ行き、リビングに入った。


「はい、これあんたの分。あとこれはそこの君の分」


「あ、ありがとうございます・・・」


手渡されたプラスチックの容器に入っていたのは美味しそうなミートソースのかかったパスタだった。そして、温かいのできっと温めてくれたのだろう。


「ところで、君、名前は?」


「あ、僕ですか?寿気也って言います。寿に元気の気に也で」


「ふーん、寿気也くんね。これからも桜子をよろしくね。変わってて性格悪いけど」


彼女のお母さんはチラリと彼女を見てそう言った。

彼女は鮭のおにぎりを食べながら冷たく


「そうしたのは誰よ」


と言った。


それからしばらく僕達(主に僕と彼女のお母さん)は世間話のような話をして、あまり迷惑もかけられないので夕方には帰った。

それに、なにか夜に予定があるようだったし。





翌日、いつもの桜の木下へ行くと彼女がいた。


桜はもう幾らか花が散って、綺麗な緑の葉っぱがところどころで顔を出し始めている。


「おはよう」


「・・・おはよ」


「どうしたの?元気ないじゃん」


顔色も悪いし、凄くだるそうな雰囲気だ。


「別にいつも元気じゃないよ。ただ、昨日あまり寝られなかっただけ」


「それならいいけど、あまり無理しないでね」


それから僕らはブラブラと町の中を散歩しながら色々な話をした。

と言っても、相変わらず彼女はあまり多く言葉を発してはくれないので、僕が一方的に話しかけているだけだが。



その次の日もその次の日も、なんだかんだで一週間ほど僕と彼女は一緒にいた。

町の中を歩いたり、彼女の家に行ったり桜の下にずっといたり、変わらないようで変わっていく毎日を過ごした。



だけど、ある日から彼女は来なくなった。


晴れの日も雨の日も、朝に来ても昼に来ても夕方に来ても夜に来ても、彼女は桜の木の下にも、神社にもいなかった。



彼女が来なくなってから一週間が経った。


もうしばらくすれば学校が始まってしまう。

それでも、学校に行く時と帰る時には寄ると思うけど。




そして学校が始まった。



まだ彼女は来ない。



姿を見せる気配もなければ、電話も何もない。


心配になって、家に電話をしてみても誰も出ない。



引越しでもしたのかと思い、記憶を頼りに彼女の家に向かう。



一度見たことのあるここら辺じゃよくある造りの一軒家の前に着いた。

その家の玄関には前回もあった彼女の名字の表札があり、引越しをしていないことはわかった。

そして、恐る恐るインターフォンを押す。



しばらくして玄関から出てきたのはいつか見た純白のワンピースに赤色を飛び散らせ、顔も腕も足も痣だらけにした彼女だった。



そして、彼女は僕を見ると


「なんで来たの!!!」


と、彼女らしくない大きな声を出してそう言った。


「桜子ぉ〜?誰が来たの?」


いつか聞いた彼女の母親の声だ。


彼女は小さな声で僕に 「後で神社に行くから早く帰って」 といって、扉を閉めた。


「誰が来たのかって聞いてんだろ!!」


彼女の母親の怒号とともに、彼女が叩かれたのであろう、やけに綺麗な音が響いた。


「誰もいなかった。きっと誰かのイタズラ」


「嘘ついてんじゃねぇよ!明らかに誰かと喋ってただろうが!!」


それからしばらく、殴れたり叩かれたりする音と彼女の母親の怒号が聞こえてきた。


僕は怖くなって彼女に言われた通りいつもの神社に向かった。

何があって彼女があんな風な扱いを受けているのかを考えてみたけれど、人に殴られたことも殴ったこともない僕には全くわからなかった。


空が群青色で染まってきた頃に彼女はいつもの神社に来た。


ワンピースについた赤色は酸化してなのか始めより茶色っぽくなっている。

顔や腕、足に傷が増えているようにも見える。


「大丈夫・・・?」


見た目的にはだいぶ大丈夫ではないのだが、一応確認を取っておく。


「まぁ、普通」


彼女はボサボサになった髪を手ぐしで整えながらそういった。

その口調や行動から傷だらけであること以外いつもの彼女であることが分かった。


「なんで、あんなことになってたの?」


「あたしが、抜け出したから」


「どこから?」


「お店」


この前、彼女の母親の言っていた「今日の夜・・・」という言葉。

それは彼女がお金が無いからと夜の仕事に出される日だったという事だったのだ。


そして、彼女はそこから抜け出した。

でも、抜け出したあと行く宛もなくただひとりで夜の繁華街を歩いた。

その時もう既に23時を過ぎていて、パトロール中の警察官に見つかり補導され、あの状況になったという。



「抜け出したあたしが悪いんだけどさ、おっさんに中出しされそうになったらそりゃ逃げるよね」


「えっ、そういう感じのお店なの・・・?」


てっきり、キャバクラのようなところで働かされてるのかと思っていた。


「そうだよ。すごいでしょ」


「うん・・・」


もちろん、悪い意味で。


「とりあえず、しばらくは会いにこないで。あと、ここにも来れない。来れるようになったら連絡する」


そう言って彼女は家に帰っていった。

彼女の事が心配ではあったが変に動いて彼女に迷惑がかかるのも嫌なのでおとなしく連絡を待つことにする。




彼女からの連絡を待ち始めてから一週間が経とうかという時に彼女からの電話がかかってきた。


彼女は もしもし よりも先に 助けて と言った。


理由も意味もよくわからず、どうして と問うと彼女は泣きそうな声で話を始めた。


桜子はある日電車で出かけた。


別に目的地があったわけではなくただ、どこかに出かけたかったから・・・。 最初はそのつもりだった。


少し買い物をした後の帰りの電車。

時間帯的に満員電車だったからぎゅうぎゅう詰めになった。


そこで何故か桜子のなにかが、爆発した。

きっといつも親にやられていることやお店でやられていることなどだろう。


彼女は百円ショップで買ったカッターナイフを取り出して走っている最中の電車の中で振り回したのだ。


それから、自分にも傷を付けて被害者のフリができるようにして逃げた。

やるだけやって怖くなって被害者のフリをして逃げた。


被害者の中には高齢者から子供まで居たそう。

とてもたくさんの人が傷を負った。


テレビではどこのチャンネルもこのニュースで持ちきりだ。

犯人はだれだ やら 通り魔か やらたくさんの情報が流れている。



「なんで、あたし、あんなことやったんだろ・・・」


桜子の瞳には涙が溜まっている。それを流さぬよう必死にこらえているようだった。声も掠れている。


「知らないよ。自分でもわかんないんでしょ?」


「うん。あたし、死んじゃうのかな。もし、警察があたしが犯人って突き止めたら、被害者の家族の人にころされちゃうのかな」


もうこらえきれなくなったのだろう、桜子の瞳からは大粒の涙が流れ出していた。微かに体が震えている。


「わからないよ。警察が突き止められるかもわからないでしょ?それより、このまま隠し通すつもりなの?」


「だって、怖くて自首なんて出来ない。しなきゃいけないのはわかってるけど・・・」


「じゃあ、僕も行くから。僕も一緒にやったってことにしよう。そうしたら少しは怖くないでしょ?」


「なんで!?なんでそんなこと言えるの!?自分の人生無駄にするかもしれないんだよ?!」


彼女が思い切り机を叩くので、空になったペットボトルがコロコロと机から落ちた。


「そんなことわかってるよ」


僕は静かに彼女の頭を撫でる。普段の彼女ならきっと 気持ち悪い と言って僕のことを叩いたりするのだろうが、今日はそんなこともなかった。


「あんたはさ・・・初めてあった時からそうだった。あたしなんかを友達でも恋人でもましてや家族でもないのに助けようとしてくれる。どうしてなの?」


「それは、僕もわからないんだ。なんでかわからないけど君を助けたいって思うんだ。こういうのはきっと理屈じゃないんだよ」


それからしばらく彼女はひたすら泣き続けた。

僕はそれを静かに待った。ウザいとも煩いとも思わなかった。


そして、一通り泣き終えてから静かに


「あたし、警察行ってくる」


と言って立ち上がった。


「え?」


唐突過ぎて、少しおかしな声が出た。


「行ってくる」


「ま、待って!大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないよ。怖くてしかたないし、今だって気を抜いたら倒れそう。足の震え止まんない」


「僕も一緒に行くよ。途中で倒れられたら怖いしね」


「ごめん。ありがとう」



それから僕達はここらへんで一番大きい警察署へ行った。


彼女が 言う時は一人がいい と言うので、僕はロビーのようなところで待つことにした。





「どうも、犯罪者さん」


無機質な灰色の空間にパイプ椅子が置かれただけの部屋に入る。


正面の窓越しには自殺少女だった彼女がいる。


「どうも、久しぶりだね」


「囚人服っていうのそれ?似合ってるよ」


皮肉混じりにそう言うと彼女も


「それはどうも」


と意地の悪そうな顔でそう返した。


「あーあ。ここ出たらどうしよう」


「もうここ出ること考えてるの?まだ随分先じゃない?」


「煩いなー。そういう事考えてなきゃやっていけないってば」



それから、僕は外の世界のことを教えて、彼女は中の世界のことを教えてくれた。



「ところでここを出たら行く宛あるの?」


「あるわけないじゃん。またここ戻ってくるかも」


彼女は冗談交じりに言ったつもりだろうが、僕は本気で言っているのだろうなと受け取った。

だけど、あえて、冗談で返すことにした。


「そしたら、それこそ今度は死ぬかもしれないね」


「そしたら助けに来てよ」


「脱獄させろってこと?嫌だよ、僕犯罪者にはなりたくない」


「えぇ。あたしが自首する時『一緒にやったって言おうか』って言ってくれ他の誰だっけ」


「あれ?そんなことあったかな?」


僕がわざとらしくそう言うと彼女は静かに中指を立てた。


「はいはい、じゃあ僕は消えますね」


「うん、そうして」


「君がここを出る時に迎えに来るね」


「またあたしが人殺ししそうになったら、止めてね」


「止められたらね」


そう言ってから、僕が席を立って面会室を出ようとすると彼女が


「ねぇ、あと少し聞いて欲しいことがあるの」


といった。


「なに?」


僕はドアノブに掛けた手を下ろして彼女の方を見る。


「あたしさ、あの時楽しんでたと思う」


「あの時?」


「カッター振り回してた時。目の前で人が倒れていって、そこらじゅうが赤で染まってって、叫び声が響いて」


「「初めてこの世界を綺麗だと思った」」


「でしょ?」


彼女はとても驚いた顔をしたが、少し笑って


「うん」


と言った。

ありがとうございました。

アドバイス、間違い その他いろいろ ありましたら優しく教えていただけたら嬉しいです。



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