甘い誘惑
糖度はそれなりのつもり。
彼女を見た瞬間に、俺は【あの姿は反則だろ・・・】と思った。
花の大祭と呼ばれる一年で一番国中が賑わう祭りの今日。
もちろん王都であるここは国中で一番の人出と賑わいを見せ、仮装した姿で祭りを楽しむ。
そんな祭りの日、俺の通う王立学園の生徒達も挙って仮装を楽しんで街へと繰り出していたわけだが・・・
まず俺が通う王立学園の説明だが、騎士科・魔導士科・教養科・学術科・総合科からなる王立の学校だ。
通うことができるのは、受験に合格した10歳から18歳までの国民全て。
成績優秀で卒業した場合は王宮に入ることも許されることがある。
学費は成績順位によって全額免除から一部免除までされることがある。
平民にとっては、がんばれば自己負担なく国の中枢にまで登りつめることができる場所なのだ。
まぁ実際問題、かなり学習内容と実技が厳しいものだから、よほど頑張らないといけないわけだが・・・
その学園で俺こと、ランデル・アルバインは騎士学科の最終学年になる。
今年の卒業試験に合格すれば、騎士団見習いに晴れてなれるわけだ。
でもって俺が街で見つけた彼女――ミルシア・バージは魔導士科の同じく最終学年になる。
普段は魔導士科専用の黒いローブを羽織り、長い黒髪と金に見えるキツメの瞳が相まって魔女としか言えない姿の彼女が、今日に限って仮装なのだろう真っ白なミニスカートのワンピースにフワフワの白い手袋、さらに極め付けがフワフワな真っ白の長い耳までついている始末。
同じく魔導士科のリンディ・グラスとの会話の途中で俺には絶対に向けることのない笑顔付きと来たものだから・・・俺は思わず冒頭のように思ったわけだ。
そんな俺にどうやらリンディが気付いたらしく、彼女に何かを言ったようで、彼女の視線がこちらを向いてから軽く目を見張ったように思えた。
「ランデル一人なの?ヨークたちは?」
「この後待ち合わせだよ。そっちは二人で来てんのか?」
なるべく彼女を凝視しないようにしつつ、俺はリンディと会話をする。
その間、彼女は一言も言葉を発しないわけだが・・・俺やっぱ嫌われてんのか。
「こっちもこの後待ち合わせよ。よかったら合流しない?
どうせあんたら彼女とかいないんでしょー?」
「そっくりそのまま返してやるよ。彼氏なしがよく言う。
まぁあいつらもお前らいた方が喜ぶだろうし、いいんじゃないか。」
「じゃあ決まりね。待ち合わせ場所、噴水広場なんだけどそっちは?」
「こっちも一緒。」
そうして俺たちは男女8人で祭りを楽しむべく、合流した。
――はずなんだが・・・なぜこうなった?
「あいつらどこいった??」
気付くと俺と彼女以外他のメンバーが誰もいないという状況、完全にはぐれた。
祭りの真っただ中で街は少しでも目を離すと迷子量産地帯だ。
下手に探し回っても見つからない状況なわけで、仕方ないので俺は彼女に声を掛けた。
「えっと・・・どうしようか?探し回ってもどうせ見つからないし、疲れるだけだし・・・俺とでよければ、二人で見て回るか?
俺と二人が嫌なら・・・」
「・・・じゃない・・・」
「ん?」
ずっと俯いてこっちを見ない彼女に、やっぱ嫌われてんのかなと思っていた俺の耳に微かに聞こえた彼女の声。
そして彼女の方を向くと、俯いていた顔を上げて上目遣いに俺を見上げてくる。
その姿がもうなんというか・・・
堪らなく可愛いのなんの・・・
俺の理性に挑戦しているとしか言えない状況だった。
「ランデルと二人でも、別に嫌じゃない・・・です。」
少し顔を赤らめて、上目遣いに言う彼女を思わず抱きしめてしまいそうになる自分の腕を理性で抑え込み、俺は彼女に手を差し出した。
「じゃあ、はぐれないように手をつないで行こうか。」
「えっと・・・はい。」
俺の手にフワフワの手袋越しに華奢な彼女の手の感触が伝わる。
思わずギュッと握ってしまったが、彼女はそれを握り返してくれた。
「どっか行きたいとこは?」
「えっと・・・リンディたちと行くつもりだったお店が、大通りの右手に・・・白い猫の看板が目印のお店です。」
「あぁ・・・なんとなくわかった。いつも女性客で溢れてるとこだね。」
「はい。・・・あの、迷惑なら別に今日じゃなくてもいいので・・・」
微妙に俺の眉が顰められたのに気付いたのだろう、彼女は後日でも構わないというが、せっかく彼女と二人で祭りを楽しめるのだから、それを逃す手はない。
普段は近づいてもくれない彼女と、二度とないかもしれない二人の時間なのだ、女性客だらけの店だろうとなんだろうと、楽しもうじゃないか。
「でも、祭りの時にしか売り出してない品もあるだろうし、せっかくだから行けばいいさ。」
「えっと・・・ありがとうございます。」
はにかんだように微笑む彼女に、俺の心臓も理性も限界が近い。
頼むから上目遣いはやめてくれと言いたいが、いかんせん俺と彼女の身長差だと上目遣いにならざるを得ないのだろうが・・・いろいろヤバイ。
ついでに言うと、たぶん傍目から見た絵面もいろいろヤバイんだろうなとも思う。
俺は割と身長が高めで、騎士を目指しているだけにそれなりに鍛えた体をしている。
彼女は逆に小柄な方で、普段はローブで隠れている体は華奢だがそれなりに出ているとこは出ている。
そんでもって、今日のお互いの仮装が問題だ。
俺は犬の耳にフサフサの大きめの尻尾で、犬というよりも俺の体格からすると狼に見られる。
彼女は真っ白なミニスカートのワンピースに、フワフワの手袋とフワフワの長い耳で、どこからどう見ても真っ白なウサギだ。
この身長差でこの狼とウサギの仮装、猛獣と獲物にしか見えないだろう。
そんなことを考えて歩いていたら店の前に着いたようで、彼女に入るのは気が引けるだろうから待っていてくれと頼まれた。
どうやら彼女にはお目当ての品がすでにあったようで、それほど待たされることなくキレイに包装された包みを抱えて出てきた。
「お待たせしました。」
大事そうに包みを抱えて、彼女は俺に話しかける。
「えっと・・・ランデルは行きたいトコはないのですか?」
「あぁ・・・今日のお目当ては、フルフル鳥の串焼きと魔防具だけど、別にそれこそ今日じゃなくてもいいからなぁ。
ミルシアは他にはないのか?」
「私もあとは、いつでも食べれる物とか買える物ばかりなので・・・特には。」
「じゃあさ・・・」
「はい?」
俺の言葉に小首を傾げて待つ姿に、俺の理性がまた吹っ飛び掛ける。
頼むからやめてくれ・・・。
「そろそろ昼だし、店が混みだす前に飯にでもいかないか?」
「食事も一緒に・・・ですか?
いいんですか?」
「なにが?」
「いえ・・・あの・・・祭りを見て回って、食事まで一緒にするのが私なんかでいいのかな・・・と思いまして。」
俯いてしまってどんどん声が小さくなる彼女の言葉を、俺の耳は正確に拾う。
「むしろ逆に、俺なんかと二人で祭りに出歩いてミルシアこそいいのかと思うけど。
好きな奴に誤解されたりしないか?大丈夫か?」
「えっと・・・なんで好きな人がいると思うのですか?」
「だってさっき買ってたモノってあれだろ?
花の大祭名物の・・・縁結びのショコラじゃねぇの?
あの店、ショコラで女性客に人気の店だよな?」
「何で知ってるんですか?」
ほぼ女性客しか来ない店のことを俺が知っていることに彼女は驚いたようだ。
包装している包み紙が独特な模様で、いつも我が家の女共(母に姉に妹達)があの店の新作がどうのとうるさいのだ。
おかげで入ったこともない店のおススメ商品まで知っている始末である。
「まぁいろいろと・・・周りにうるさい女達がいるもんで・・・」
「やっぱりいっぱい貰うんですね・・・」
「は?・・・いや、貰ったことねぇし。
あいつら見せびらかすだけで、俺に欠片もよこしたことねぇし。」
「嘘です!あんなにモテるのに、貰ったことないなんて!?
いつもいっぱい渡されてるじゃないですか!?」
「えっ?・・・あぁ、あれ仲介させられてるだけだけど?」
彼女の言う、いつも貰っているショコラの山は俺を通して騎士科の面子に渡されている。
俺は仲介役として、一番話しかけやすいらしい。
「だから俺は貰ったことねぇよ?」
「だってだって・・・いつもいっぱい女の子たちが・・・」
「いやだから・・・全部、俺を通じて騎士科の奴を呼び出してたり、直接渡せなくて渡し役やらされてただけだって・・・俺デカ過ぎて一見怖そうに見えるらしいし、話すと話しやすいからって女の子たちは友達付き合いはしてくれるけど、彼氏にはしたくないらしいからな。
友達としては好きだけど、男としてはチョット違うって感じらしいぞ?
まぁデカくて一見怖い男は連れ歩きたくないよなぁ。」
「そんなことないです!
ランデルはすごく優しいし、カッコいいです!
私は好きな人と一緒に歩けてこんなに嬉しいのに・・・あっ・・・いやぁぁぁぁ!?!?」
自分で言ったことが恥ずかしくて顔を真っ赤にして逃げ出そうとした彼女の腕を、俺は咄嗟に掴んでいた。
それを周りにいた祭り客達は、何事かと目を向ける。
それはそうだろう、片方はデカい狼男もどきで、もう片方は小柄なウサギ娘なのだ。
それもウサギ娘は涙目で叫びながら逃げようとした姿勢で、狼男に腕を掴まれているのだから、傍目に見たら犯罪者扱いされてもおかしくない。
しかしこのときの俺はそれどころじゃなかった。
「ちょっと待った・・・今なんて言った?」
「いやぁぁぁぁ・・・忘れてください。」
「おいおい、兄ちゃん嫌がってるじゃないか離してやれよ。」
「うるさい、今それどころじゃない!」
見物人と化した周りの祭り客の中から、男がそう声を掛けるが俺はそれどころじゃないので睨みつける。
俺の見た目と邪魔された機嫌の悪さもあって、かなり目つきが悪くなっていたことだろう。
「俺の聞き間違いじゃなかったら、俺のすごく嬉しい言葉が聞こえた気がするんだけど・・・もっかい言ってくれないかな?」
はやる気持ちを抑えつつなるべく優しく問いかける。
腕を掴まれてさすがに逃げられないと思ったのか、彼女は涙目で俺を見上げてきた。
「ラ・・・ランデルは・・・優しくてカッコいいです。」
「その後は?」
さらに俺は促す。零れそうな涙の浮かんだ目で見上げられるとか、ゾクゾクするね。
そんな趣味なかったはずだけど、なぜか彼女をいじめたくなった。
「私は・・・」
「私は?」
「私は・・・・・・好きな人と一緒に歩けて・・・嬉しかったですと・・・いやっ!もうっ!・・・ランデルのバカァァァァ!?!?」
周りの目が恥ずかしすぎて顔をあげられなくなったらしい彼女は、俺の胸をポカポカと叩いているが、俺にすると痛くも痒くもない。
そして周りにいた見物人たちは【なんだただの痴話げんかか】とまた祭りを楽しみだした。
「こんな・・・こんな・・・恥ずかしい思い・・・ヒドイ・・・」
「ごめんごめん・・・嬉しくてつい。
まさか好きな子に嫌われてると思ってたら、実は両想いだったとは思わなかったからね。」
「え?・・・え??・・・」
俺の言葉に思わずと言った風に彼女は驚いて俺を見上げ、目を見開いていた。
「俺もミルシアのことが好きだよ。」
「うそ・・・だって・・・」
「他の男の為にショコラ買ってるのかと思ったら、相手を殺したくなるくらいにはミルシアのことが好きだよ?」
「こ・・・これは・・・ランデルに渡そうと思って・・・貰ってくれますか?」
おずおずと差し出す包みを、俺はおそらく満面の笑みで受け取ったと思う。
そして人込みから少し離れた、休憩所によくされている街はずれの東屋でショコラを食べることにした。
「どうですか?
ランデルは甘すぎるのは苦手だと思って、ビター系でまとめたんですが・・・」
どうやら彼女は俺の好みまで把握してくれているらしい、それが嬉しくて仕方なかった。
そして俺の理性もかなり限界だったとだけ言わせて欲しい。
「味見してみる?」
「え?・・・ぅん・・・はぁ・・・」
ついつい俺は、彼女に口移しでショコラを食べさせて、そのまま彼女の口腔内を堪能してしまった。
反省はしているが、後悔はしていない。
感想としてはショコラも美味かったが、それ以上に彼女の唇は極上の甘味だったとだけ教えよう。
「ごちそうさま。」
「もう・・・ランデルのバカァァァ・・・」
そしてまた、俺は彼女にバカと言われて胸を叩かれた。
なんかいろいろすいません。
反省はしているが後悔はしていない!
いっそもっと彼女をイジメたかった!
そしてきっと彼女は近い将来美味しくいただかれてしまうのです。