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異世界流スローライフにスパイスを  作者: 神埼あやか
魔族と幻獣の二重唱
9/40

異世界の物理と俺。…実は文系だったんだよ

『本はなかったわ』


 翌朝、使えないトカゲが壁にへばりついていた。


「とかげさんー」

「いもりさんー」

「やもちさんー」

「にゃうん」


 揺れる尻尾を幼児達が追っている。人間がトカゲにねこじゃらされてどうするんだか。

 トカゲの尻尾にじゃらされる幼児達の動きは、まだまだ拙い。


『いやぁ、エエのがあった気がしたんだが。よくよく見ると、人が書いた本でな。娯楽には良いんだろうが、勉強には不向きでなぁ。

 んじゃ、ちゃんと伝えたから──』

「まった!」


 俺の言葉に、トカゲはくるりと首をもたげた。


『なんじゃ?』

「その、人間の世界の常識ってのも、教えてくれないか?」


 トカゲからの返事はない。なにか考えているようだった。


『しかしな。真面目に勉強する前に、娯楽に走ったのではいかん。勉強しなくなってしまうだろう』

「俺は小学生か!」


 なんだ、その勉強しなくなるから漫画は買いません、的な発言は。

 俺はメリハリ付ける性格なの!

 大丈夫だから。


『本当かのぅ。不安じゃのぅ』


 うっさい。




 トカゲが語ってくれたのは、人の世界の"神話"。人が作った、人のためのお約束を集めた話だった。


『かくして、豊穣と月の女神は現世へと帰りきた。しかし、その心の半分は不変なる太陽の神のもとにある。そのため、女神の姿は恋に揺さぶられ、人の世には試練の季節である"冬"が存在するのだ──と言われておる』


 トカゲが話してくれたのは、ある神様の話だった。月が豊穣で、太陽が不変──なんだか、ピンとこないけれど、まあそんな事もあるのだろう。

 美しい月の女神達が、"恋心"ゆえに太陽の神のところへ押しかけ女房をしてしまったそうだ。

 けれど、月の光は太陽と一緒ではかき消されてしまう。 

 夜の闇から守ってくれていた月の女神達に「帰ってきてー」と、人間達は必死で祈りをささげた。結果、一人の月の女神が地上を振り返り、愛しい太陽の神との別れを決めた。そして、心を欠けさせたまま人の生活を見守り続けているそうだ。

 ただ、心が欠けているから不安定にもなる。そんな揺れる心の印が月の満ち欠けであり、季節であると。


 今なら"へーボタン"押してもいいぜ。


「月の女神が複数なのには意味があるのか?」

「おつきさま、たくさん」

「きらきらー」

「ぱぱ、みえないの?」

「ぷにゃぅん」


 幼児とシロが空を見上げる。

 よく晴れた青空には雲ひとつない。こういうのを晴天というのだろう。


『……見えんのか? 魔族のくせに、なんでだ』

「いや、こっちが知りたい」


 空を見上げて、目を細めても何も見えない。

 鳥も飛んでいないし、もちろん飛行機だっていない。


『魔力があるんじゃ、月だって見えるはずなんじゃがなぁ……ともかく、今の人族には"夜の月"しか見えんのだ。ワシらには、今も空に輝く月が見えるというのに』

「今の、ということは昔は見えてたんだな。見えない人が増えていって、最終的に月は一つしか残らなかったということか?」

「ひーふーみーよー」

「よっつあるの」


 ヘレがあれ──と指差す方向を見ても、何も見えないんだよ。なんでだよ。

 一人、仲間はずれにされた状況に涙が出そうになる。


『他にも、大地の神と冥府の神が勢力争いをしていて、冥府の神が優勢の間が"冬"なのだとか言われておるな』

「へぇー。ま、よくありそうな神話だな」

『で。なぜ冬がくるのか? 知っておろうな?』

「地軸が傾いてるんだろ?」


 地球と同じなら、な。

 地球はくるくると自転を繰り返しながら、太陽の周りを一年かけて回っている。その軌道は真円ではなく、自転の軸はまっすぐではない。

 北極は太陽に向かって垂直にあるのではなく、何度かズレている。そのズレが季節を作るのだ。


 ホワイトボードに書きながら説明をすると、ふむふむと幼児達まで頷いていた。


『正解じゃ。……そなたは常識はないが、知識はあるようだな』


 褒められたのだろうか?


『この絵でいうところの、ここ。ここにそなたらは住んでおる』


 トカゲが指し示したのは、棒が貫通したように見える地球の、その棒がささった一番上──つまり、北極点だった。


「は?」


 いやいやいやいや。北極点って冗談きついわ。

 アレ一年中氷の世界じゃないの。北海道より寒いんですよ? シロクマいるよ?


 あわてて周囲を見るが、草原である。氷など、影も形もない。


「どういうことだ? 北極?」

『フム。"磁気"はぞんじておるかの? 南極から北極にむかう流れの事じゃな。では、これは北極についたらどこへゆく?』

「は? え、それは……えーっと。地面にもぐる、とか?」


 地球の磁気がどうなってるかなんて考えた事もなかった。

 どんな教科書にだって、南極から北極にむかって矢印が出ている。じゃあ北極はどうなってるのか、なんて──地球はでっかい磁石です?


『そうじゃ。地表を流れた磁気は、北極から地裏(ちり)の世界へ入る。そして地裏を抜けて、地表の南極から外へでるのじゃ』

「なにそのトンデモ科学……」


 また出たチリ。もうやだ。


『その地裏へ抜ける穴が、ほれ。あれじゃ』


 幼児達はホワイトボードに落書きを始めている。

 もうやめて。早口言葉にしかならないナゾ式を作るのは止めてください。


 にゅん、とほっぺたすりすりしてくるシロだけが俺の癒しだ。


「あな、ですかー」

『穴じゃ。本来物理的に見えるものではないのだが、そなたの固定概念ゆえかの』


 トカゲが示す先には、確かに小さな穴が──って、あれは昨日トカゲが潜り込んでいた、"巣穴"ではないか。


「あれが電波のゴールですか」

『ウム。大切にするように』


 厳粛にトカゲは宣言した。

 大切に、大切にねぇ。……今度ブルーベリーでも植えてやる。

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