しゃべるトカゲと俺。トカゲはお客じゃありません?
早口言葉初級編を開始する。
「なまむぎなまごめなまたまご!」
「にゃまにゃあめぬぁぎょ」
「なまむー、なまめー、ご」
「にゃ、にゃお、にゃご」
「となりのきゃくはよくきゃくくうかきだ」
「とにゃ……にゃ……」
「とーよーきゃー」
「にゃん!」
シロの「にゃん」が目の前に火を付ける。
ペチ、と俺はシロの頭に手を置いた。
「シロ。"にゃん"はだめだって──」
ぺちぺち、と俺の足をヘレが叩いてきた。
「ぱぱ、メ!」
言われて見た先には、俺の一言が生みだした火がゆらゆらと揺れていた。
"にゃん"という言葉が"火"を作るを分かってから、"にゃん"は禁句になった。言ったら一ぺちの刑と決めていたのだが、まさか俺が油断するとはな思わなかった。
「おお、ごめんごめん」
「なあなあ。"きゃき"のなに? "かき"のなに?」
ヨクトは四人の中で一番発声をがんばっている。
ただちょっと惜しいんだよな。
「ヨクト。それは"かきはなに"だ。言ってごらん」
「かきのなに……のー、はー? きゃきの、はなに?」
「きゃ、なに?」
「かきは、だよ」
悪戦苦闘している子供達を置いて、床に置かれたままのホワイトボードに向かう。
すみっこの空白部分に、紫色のマーカーを走らせて、絵を描いた。
地面に植えられたタネから出た芽と、育った木と、花と果実。果実は地面に落ちて腐り、新しい芽が出る。
「見てごらん。これがお花の一生だよ。こうやってお花は咲くんだよ」
ここは草原だから、草花には事欠かない。
その辺に生えているよくわからない、ナズナっぽい花と、綿毛になったタンポポを抜いて四人に見せた。
「かわいいお花だよね。このお花が作った赤ちゃんが"タネ"だ。タネを守ってくれるのが"実"なんだよ」
「んー?」
「タネは、タマゴの?」
「タマゴ……? そうだね、赤ちゃんのタマゴかな?」
そういえば、この子たちはタマゴから生まれたんだっけ。忘れそうになるけど──っていうか、忘れてたけど。
「花によっては、食べられる"実"もあるんだよ。"柿"はその一つだね」
「うま?」
「おいしー?」
「うーん。どうだろうね。そもそも、ここにあるのかな?」
夜にでも、買えるかどうか見てみよう。
食べなくてもいいとはいえ、思い出したら食べたくなってきた。
果物……よりも、カレーとか、ピザとか、ポテトチップスとか。俺は固焼きの塩味がベストだと思うんだよ。
「じゃ、きゃく、は?」
「きゃく」
客、か。そういえば、客ってなんなのか、考えたことないな。まあ、家族以外、ということで。
「そうだね。家族以外で遊びに来た人のことかな?」
「ぱぱ、はきゃく?」
「しらないひと?」
「知らない人も、知ってる人もだよ」
じゃぁね、とヨクトが家の壁を見た。つられて俺とシロもそちらに視線を向ける。
「あれ、きゃく?」
「え──?」
"あれ"とヨクトが指すのは、一匹のトカゲ? だ。随分大きなトカゲで、動周りはシロと同じくらいある。
いや、家にくっついているならヤモリなのか?
「トカゲかヤモリだね。客じゃないよ」
『だれがトカゲじゃ! 無礼者めー!』
トカゲが炎を吐いて抗議してきた。
いいかげん不思議な現象にも慣れてきたぞ。うん。
たとえ目の前に尻尾をふりふりするトカゲがいても。そのトカゲがしゃべったとしても、だ。
『まったく。ようやく魔力が安定してきたと思って、あいさつにきたというのに、とんだ常識知らずがおったものだな』
「はあ、すみません」
トカゲに説教され中、なう。
トカゲじゃないというのなら、壁から離れてみてはいかがでしょうか。
『ワシはショートテイル=アルモンド三世という。そなたの名はなんという』
「俺は大神。オオガミ アキラです。えっと、よろしく」
『ウム』
ショートテイル? 直訳すると短い尻尾、なのか?
シロの尻尾の四倍はありそうな、立派な尻尾だと思うのだけれど、これでもまだ小さいのだろうか。
つやっつやの光沢のある尻尾が優雅にうねっている。
『さて、オオガミとやら。そなたがここに呼ばれた理由は存じておろうな』
「知りませんけど……」
『ウムウム。人間どもの魔法への依存は増すばかりである。
それを思うと、先ほどの"火の魔法"はなかなか良い判断じゃった。なんともない一言で魔法が発動すると知れば、魔法への恐怖が芽生えるかもしれん』
「はぁ……にゃん、ですか」
うを。また目の前に火が。
ごめんなさい、すぐ消します。
『やはり、そなたは魔族じゃな。魔力を上手くつかいよるわ』
「はあ。魔族ですか。そうですか。……だから、お腹すかないのか?」
『なにを言うかと思えば。そなたら魔族のエサは"魔力"であろうが。いうなれば、今まさに食事中である。
人と話している時に食事をするなど、本来は無礼な行為なのだぞ』
いやぁ、そう言われても困ります──って、魔族! 誰が? 俺が?
『まったく、人間どもときたら、魔力の使い方がなっとらんのだ。わかるか?
無駄に大量の魔力をつかいおって。半分以上を不活性魔力にしてしまう。空気中の魔力がチクチクと痛い痛い。
他種族の事も考え、もっと効率的に魔力を使ってもらわんと困るのだ。まったく、数だけは増えおってからに』
ふう、とトカゲは尻尾と頭を振る。
「あの……魔力とか、人間、とか。よく知らないんですけど。教えてくれませんか?」
『うん? なんじゃ? 知らん? それはいかんな。さっさと言わんか』
ちくしょう。マイペースなトカゲめ。さっさと言ったっての。
このトカゲにシロをけしかけてやろうか、と邪悪な考えが頭をよぎる。
「にゃぉん」
『この大地が丸いのは存じておろうな』
シロのやる気を感じたのだろうか、トカゲが早口になった。
「知ってる」
『この大地のずっと上の方に、太陽という光の球がある。この太陽からは、多くの力が降り注いでおり、ワシら生き物の生活をささえてくれている』
「うん」
そこは知ってる。地球が太陽の周りをまわってるんだよな。
『何種類ものエネルギーが、大地へのエネルギーとして降り注いでおる。その内の一つが"魔力"なのじゃ』
それは知らない。
「ストップ。魔力って何?」
『へんな事を聞くの。言うたように"魔力"は"太陽が発するエネルギー"の一つじゃ』
「光エネルギーみたいなもん?」
『まあ宇宙放射線の一種じゃな』
知らない単語だな。宇宙放射線? 宇宙にある放射線みたいなものか? 体に悪そうだな。
『エネルギーは地表で使用された後、北極点から地裏へ送られるのだ』
「"チリ"ってなに。国の名前?」
『裏の世界の事じゃよ。ワシら幻獣の住む世界の事じゃ』
はあ。とトカゲは大きなため息をついた。
『まったく、おまえさんは何も知らんのだな。これでは、先行きが不安すぎるぞ』
「……って言われてもな。誰も教えてくれなかったしなぁ」
気が付いたら草原に一人ぽっち。いや、一人とタマゴ一個っぽっちだったもんなぁ。
『不安すぎる……仕方ない。この世界の事が書かれた本をもってきてやろう。子供向けしかないが、おまえさんらには十分じゃろ』
「おお、サンキュー」
『ではの。しばしの別れじゃ』
くるり、とトカゲが背を向けて走りだす。
どこにいくのかと追っかけてみると、家の近くにぽっかりとあいた穴に飛び込んでいった。
……やっぱトカゲじゃん。
「なんだったんだろうな、アレ?」
「にゃおうん」
シロを撫でながら、ふと気が付く。
幼児達が静かだったのはどうしたのか──と姿を探すと、幼児達は寝てました。
ころんと横になってぐっすり。そうだね、寝てたら話もできませんね。
ショートテイルさんには失礼かもしれないけれど、トカゲに齧られてなくて良かった。うん、マジで良かった。