失敗する俺。ぶさいく言ったの誰だ
小さな手を握る。
高校生の俺の手でヨクトの小さな手を握り締めると、ヨクトは居心地悪そうに体を揺らした。
「ヨクト」
「…………」
顔を背けているからヨクトの表情はわからない。
中腰になって、ヨクトと視線を合わせて、俺はヨクトがこちらを見るのを待った。
ヨクトが顔を向けた先にはナユタが。反対側にはメアとシロがいる。
俺の後ろにはヘレがいて、みんなでヨクトを見守っていた。
「……わるいの、ヘレ」
沈黙に耐えられなかったのは、ヨクトだった。自分は悪くないと、ヘレが悪いと主張を繰り返す。
「うん。ヘレはナユタに悪いことを言ったね。でも、だからって叩いていいのかな?」
「……」
また無言になる。
仕方ないので、手に軽く力をこめる。ぎゅっと握り締められた手に、おずおずとヨクトはこっちに顔を向けた。
「ヘレを止めるには、どうすればよかったかな? 叩いて止めても、嫌われるだけだよ」
「ヘレ、わるい。オレいいこ」
「叩くのは悪い子だよ」
俺の言葉に、ヨクトは首をかしげる。じっと俺の目を見てきたので、そらさないように見返した。
「叩かなくても、お願いすればよかったんだ。ナユタをいじめないで、ってね」
「…………」
ヨクトの視線は外れない。
横から腕をつかんできたのは、ヘレだろうか。そちらに引っ張られる感触だけがある。
五秒、十秒──まだヨクトは目をそらさない。
お互いに黙ったまま1分近くたって、すっと視線をそらされた。
「おねがい、ダメ」
「どうして?」
「ヘレ、わるいこ。おねがいのきかない」
「どうして? ヨクトはヘレにお願いしてみたかな? ナユタをいじめないで、って言ったのかな?」
「……」
また、だんまり。
なんだ。我慢比べなら負けないぞ。幼児の体感時間と、大人の体験時間を比べても無駄だ。
大人の一分が、幼児にとっては五分も十分にも感じられるはずだからな。
今度は一分たっても無言だった。ねばるな。
どうやらかなり分が悪いと分かっているようだ。どうにか時間を稼いで、引き分けに持ち込もうとしているのだろう。
普通ならば正しい攻略法かもしれない。
だが、しょせんは幼児の想像力だと言わざるをえない。
こちらは時間は嫌になるほどある。
おなかもすかない。トイレもいかない。
これで、どうやってごまかそうというのかね。夢の世界に逃げても、起きたら続きだぞ。
躾中の俺は、昨日のおばけなんかよりも、もっともっと怖いのだと思い知るがいい。
絶対に逃がさないという意思をこめて、ヨクトの手をつつく。
ヨクトが返事をしない限り、ずっとこのままのつもりだった。
だがヨクトよりもナユタが先に動いた。
なんと、ナユタは俺の腕にくっついているヘレに向かって謝ったのだ。
「ヘレ。ごめんなさい」
「ぴゃ?」
「え。な、な……」
まさかの謝罪に、ヘレもヨクトも驚いていた。
かくいう俺もかなりびびった。いや、ナユタも無関係じゃない。被害者であり、ヨクトが手を出した原因──ヨクトはナユタを守ろうとしたわけだ──とは思っていたけど、まさか自主的に謝るとは思わなかった。なに、この責任取る系のカッコイイ幼児。
「なんで。ナユタ、わるくない」
俺に手をつかまれたままでヨクトがあわあわしている。そりゃぁね。
ナユタは悪くないんだし。ヨクトがナユタをかばおうとした結果の暴力なわけだし。
なあヨクトよ。守ろうとした相手にかばわれるって、どんな気持ちよ。
じたばたしていたヨクトが、硬直したように動きを止めた。
突然のことにびっくりしたけれど、なぜかヨクトはこちらを見ず、ナユタを凝視していた。
「……ぶ、ぶさいく?……」
「ああ、そうだな。自分が謝れなくて、ナユタに謝らせたヨクトはブサイクさんだなー」
棒読みでナユタの言葉に乗っかる。
誰にブサイクと言われたのか知らないが、ヨクトは涙目でぷるぷるしている。……ちょっとキュンときた。サド系の趣味はないはずだったんだけどな。
「ヘレ!」
「ぴゃぃ」
「ごめん」
「うぃ!」
どうやら謝罪と仲直りは終わった──と思っていいのだろうか?
ヨクトの手を放すと、良くやったと頭をなでようとして──逃げられた。
手が自由になるや否や、ヨクトはナユタにダッシュしていたのだ。ぴーぴー泣きながら、ナユタに正面から抱きついている。
なんという反射神経。
行き場の無い手をどうしようかとさまよわせて、目の前のヘレの頭に乗せた。
「ヘレは許してやるんだな。良い子だな」
「えへー。ヘレ、いいこ」
うんうん。
世の父親が一度はいわれたいセリフナンバーワン「パパのお嫁さん」を言ってくれて、いい子で仲直りしてくれて、本当にウチの娘は良い子だ。
でれっとした顔でヘレを撫でる俺と、にこにこ顔で撫でられるヘレ。
泣きながらナユタに抱きつくヨクトと、大人しく抱きつかれているナユタ。
四人から離れたところで、早々に飽きたであろうメアがシロにくっついて昼寝の体勢になっていた。
この中で一番のマイペースなのは、いつでもどこでも寝られるメアだと突きつけられた日だった。
で、ちっちゃい声でブサイク言ったの誰だ?