育児する俺。怒るけど嫌わないでくれ
「おばけ、くすぐりアターック!」
「いやーっ」
「いけ、猫パンチっ」
「にゃぁん」
「きゃーっ」
ばたばたと子供達が逃げまどう。
俺をシロのベストタッグには、さすがに子供達も責めあぐねているようだった。
固定砲台のように一ヶ所に陣取っては近付いてきた子を捕まえる俺。そんな俺の所に幼児達を追いたててくれるシロは、すばらしい狩人だった。
あ、シロというのは、例のライオンの赤ちゃんのこと。白いからね、シロ以外につける名前はない。
赤ちゃんライオンのシロと幼児達の追いかけっこは、良い勝負になっている。
こうしてみると、やっぱりライオンは猫科でした。仕草がむちゃくちゃ猫なの。落ち着きのない幼児達に飛びかかった時など、頭を低くして尻尾を振ってタイミングを計っていた。
サイレントハンター。獲物を狙ってます──という動きだ。
今は赤ちゃんだからいいけど、大きくなった時のことを考えると、どこかで躾をしなくちゃいけないよな。
でも、ライオンってどうやって躾るんだろうか?
サーカスの人はムチをくるくる回してたような気がするけど。
それにしても、俺も子供達もシロも、誰も空腹を訴えていないのが不思議である。
あ、でも。朝イチはちょっとお腹がすいてたかも。外に出たらいきなり忘れたけどね。
それくらいささやかな空腹感だった。きっと気のせい。間違いなく気のせい。
俺は左手でヘレを、右手でヨクトを撫でている。
この二人は昨日も今日も喧嘩してる──ついさっきもヨクトがヘレに手をあげていたから、仲直りしなさい、との意味をこめてのナデナデだ。
「パパ。わるいのヘレ」
「ヨクト、ペンペンするの。わるいこ」
ふむ。二人の容疑者の意見が食い違っているようですな。
一人一人聞いてみるとしよう。
では、容疑者Yさんからどうぞ。
「ヘレわるい。ヘレ、ナユタのキライいう」
なるほど。ヘレがナユタの悪口を言ったから手が出たと。
容疑者Hさん。反論をどうぞ。
「ナユタきらい。こわい。キライ。いや」
「なーっ」
「コラコラ。やめなさい」
ヘレの言葉に、ヨクトが手を握る。小さな握り拳を包むように、俺はヨクトを押さえ込んだ。
「ヨクト、ヘレいじめる」
「うな──っ」
ヨクトはばたばたと手足を動かして、俺の腕から逃れようとあがく。さすがに幼児の力では俺の拘束を解くことはできなくて、ヨクトはぶーっと膨れっ面になって、ヘレをにらんだ。
なるほど。ヨクトがこんなに怒ってるのは、双子のナユタのためなのだろう。兄弟仲が良くて良いこと──ではあるが、ちょっと手が早すぎるな。もうちょっと冷静になろうぜ。
そして、元凶であるヘレの言葉を考える。
なぜだか分からないが、まだ数日の付き合いだというのに、ヘレはナユタが嫌いなんだと言う。
しかも怖いから嫌だと。昨日、一緒にころがっていたのは誰だと聞きたいところではある。
しかし──怖い?
怖いかなぁ?
俺はヨクトとナユタをセットでハムスターだと意識していたから、ナユタ個人の印象は強くない。
ヨクトの後ろをまねしてついていってるだけ。しかも髪の色違いという──だめだ。やっぱり印象にない。
今度ゆっくり見てみるとしよう。
それにしても、幼児四人しかいないのに、たった二日で人間関係ができてしまうんだということに驚く。
幼児なんだから、本能のままに動いてればいいのに。それとも、本能にまかせた結果が「怖い」なのだろうか。
「さて──」
じっとヘレの頭を見る。ヨクトに睨みつけられたままのヘレは、涙目になって俯いてしまっていて、俺からは髪の毛しか見えない。
「なあ、ヘレ。俺の事は嫌いか?」
「……ぱぱ、すき」
「そうか」
俺の質問にヘレが顔を上げる。
ヨクトを抑えているから、ヘレを抱きしめてやれないのが残念なくらい、目の周りが赤くなっていた。
「でもね。ヘレ。俺は君がすきじゃないよ?」
「ぴぇ?」
ぴた、とヨクトが動きを止める。ヘレも俺の言葉に固まって──
「びええぇぇぇぇ」
「おお。よしよし」
ヨクトが大人しくなったのを幸いに、押さえつけていた左手を放した。それでもヨクトは動かない。
ただじっと俺を見ている。
「いや! いや! いや! すきじゃないと、いや!」
びーびー泣くヘレの声が聞こえたのだろう、ナユタとメア、シロも興味津々に近づいてきた。
ヨクトは軽く体にまわっていた右腕から抜け出ると、ナユタの横に陣取った。戸惑ったようにナユタの服を握っている。
そのヨクトの小さな手をとって、ナユタは自分の手とつないだ。安心させるような、なだめるような動きだった。
「ぱぱは、ヘレ、すきなの!」
「ああ、うん。そうだね。すきだよ」
空いた両手でヘレを抱きしめる。ひっくひっくと、ヘレは体全体で不満を訴えて泣いていた。
「ヘレは、悲しかったかい? 俺にすきじゃない、と言われてどう思ったかな?」
「ヤ。ヤ、だったの」
「そうだね。泣いちゃったね──でも、同じことを、ヘレはナユタにしたんだよ」
「ひっく……う……」
いきなり話を振られたナユタは驚いた目をしていた。
きょろきょろと周りを見回して、僕? というように首をかしげている。
「ナユタも、ヘレにきらいと言われて悲しかったよ。だからヨクトが怒っちゃったんだね」
「そう。ヘレはナユタのいじめる」
ヨクトはナユタを守ろうとした。それだけなんだろうけれど、すぐに手が出るのはいただけない。しかも相手は女の子だ。女の子を殴るなんて、後でしっかりとを説教しなくては。
けれど、まずはヘレだ。
「ヘレ──きらいって言って、ごめんなさい」
「ご、め?」
「そうだよ。悪い事を言ったから、ごめんなさいをしたんだ」
子供の躾には、大人が手本を見せてやらないとな。
「ヘレは? ヘレは、ナユタにごめんなさい、できるかな?」
俺の言葉を不思議そうに繰り返していたヘレが固まる。
どうしようか、と動揺が伝わってきた。だが、ヘレを抑えた手は放さない。間近で、じっとヘレの目を覗き込んだ。
「ごめんなさい、できるかな?」
「……うん」
小さな声だった。かすれるような声だったけれど、それでもヘレは頷いてくれた。
よし。と一息入れると、ちょうどナユタの正面を向くようにヘレをくるりと回転させた。
さあ、がんばれ。
「ご、ご、ご、ごめ、ごめんちゃ」
「うん」
蚊の鳴くような声の謝罪だったが、ナユタはそれに返事をして頷いた。めずらしく声を上げながらも、やっぱり不思議そうだったけれど、とりあえずヘレはこれで良しとしよう。
あんまりド直球な否定、は今後の人間関係に影響を及ぼすだろうからな。
日本人なら、回りくどく、さりげなく拒否るべきなのだ。
「ぱぱ……」
「ん? よくやったぞ。えらかったな」
ヘレがくい、と袖を引いてくる。
良くできましたの頭ナデをしていた俺は、もう一度ヘレの体を回して正面から向かい合った。
「ヘレ、がんばった。ぱぱ、ヘレすき?」
「お。俺もヘレをすきだぞ」
うんうん。俺の娘、超かわいい。
素直だしな。ごめんなさいができるのは良い子の証だ。
「ヘレ、がんばった。ぱぱ、ヘレとけっこん」
ん?