ペットと俺。真夜中に行われるヒーローショー
目の前で子供達がぎゃん泣き中、なう。
ごめん。本当にごめん。俺が悪かったから泣き止んでくれ。
「ぱぱー。ひっく」
「びえぇぇぇぇん。パパ、パパ。パパぁ」
目が溶けるほどに泣き叫んでいる子供達を前に、俺はスマホの電源をおとすと静かに部屋を出た。
糸のように細い月が支配する真夜中。星々のかすかな光は地上には届かず、子供達の睡眠のために部屋の灯りは落としていた。
そんな暗闇の中でスマホをいじっていた俺はバカだった。
薄ぼんやりと浮かび上がったであろう顔。
まるで肝試しのように、正面下から照らし出されたであろう顔。
真夜中にふと目が覚めて、そんなのを見てしまった子供達は──そりゃぁ、泣くわなぁ。
最初に気がついたのはヘレだった。「ぴぁっ」と変な声をあげたヘレはヨクトにすがりついて。俺と目が合ったヨクトは「ぷぎゃぁ」と叫んで、ナユタにくっつく途中でメアを踏みつけた。ナユタとメアがあくびをしながら体を起こしたところで、俺をみて固まった。
そして。四人で阿鼻叫喚の大合唱となったのだった。
扉をはさんでもまだ叫んでいる声が聞こえてくる。
どうしよう、これ。真剣にどうしたらいいんだろうか。
えっと……マッチポンプくさいけど、許してな。夜中に騒ぐのは近所迷惑だし。子供の成長にも悪いし。
と、いうわけで。
「大丈夫か! 助けに来たぞ!」
「ぱ、パパー」
「ぱぱー」
これでどうだとばかりに頼もしい声で現れた俺を見て、子供達が目を輝かせる。ヒーローに助けを求める純粋な目に、胸の痛みを感じるが気のせいだろう。
子供達の涙も引っ込んだようで、良かった。
部屋の灯りをつけてベットに近づく俺に、子供達は我先にと近づいてきた。
「ぱぱ。おばけ。おばけいた」
「そうか、おばけがいたのか。怖かったね」
HAHAHA。おばけですか。ずいぶんとイケメンなおばけでしたね。
「ぱぱ。おばけ、やっつけて」
「まかせろ。外にいたからね、俺の一撃でバーンだ」
「すげぇ」
パパの手にかかれば、おばけなんて一撃なんだよ。まかせなさい。
なんだか、ヨクトから尊敬のまなざしが向けられている気がするけど、気のせいじゃないんだろうな。
怪人は俺、正義の味方も俺の自演ヒーローショーだったが、喜んでもらえて何よりだ。
すがり付いてくる子供達をあやしながら、心の中で謝っておいた。
子供達はすでにうつらうつらしているので、すぐ寝てしまうだろう。
起こしてゴメンな。約束する、暗い部屋ではスマホはしない。
そういえば、なんで暗い中でスマホをいじってたかなんだけど。
なんでかゲームアプリが動いてるんだよね。相変わらず電波はきてないっぽいのに。電池も充電中のカミナリマークのまま変化なし。よくわからんことになっている。
せっかくプレイできるのだから、と時間を忘れてゲームに没頭した挙句があの始末。
特に、ズー狩り──サバンナの中で動物達を集めて動物園を作るゲーム──をしていたからなおさら、変な顔になってたんだろうな。せっかく白ライオンをゲットできたのに残念な結果になってしまった。
こっそりとアプリを起動させると、手に入れたライオンの設定画面を開いて名前をつける。
白毛だからな、もちろん「シロ」だ。
画面の上から頭を撫でると、シロはくすぐったそうに頭を振る。その後、ぶっとい足と分厚い舌で顔を洗いはじめた。
顔を動かすごとに、もさもさのタテガミが揺れてかわいい。
ハムスターの次に飼うのは猫でもいいな、と近くのペットショップを思いながら、俺はアプリを終了させた。
目を閉じると、静かな部屋に子供達の寝言だけが響いている。
まったく眠くならないのを不思議に思いながら、それでも目を閉じて時間がつぶれるのを待った。
なぜか全然時間を潰すのが苦じゃなくなっている。何も考えずぼんやりしていると、数時間とかあっという間にすぎてしまうのだ。
この時も、ぼんやりしていたら朝になっていたらしい。
腹の上に走る衝撃に目を見開くと、ニヤリと笑ったヨクトが俺の腹の上に飛び乗っていた。
「ぐえ。重いから、どきなさい。おばけパンチするぞ」
「おばけ、イヤー」
「ぱぱ。ねこちゃん」
おばけ、の言葉に飛びのくヨクトの横で、ヘレが小さな白い塊を抱えていた。
愛らしいくりっとした目に、健康的な長いヒゲ。ぷくりと肉厚な丸い耳。ちょろんと出たピンクの舌が、鼻の下を舐めて口の中に戻っていった。
「生きて動いてる……」
「ぱぱ。にゃんにゃん」
「にゃん? いや、これはネコじゃなくて。ライオンじゃないのか」
「みゃぉん」
みぃ、と鳴くライオンの赤ちゃんを前に、俺はなんだこれと頭を抱えることになった。
なんでライオンの赤ちゃんがいるのか。
なんで猫みたいに鳴いているのか。
昨日に続いて二日連続である。夢ってすごいと、理屈の通らない現状に俺はおののいたのだった。