勅令と俺。鎖付きの首輪なんて、子供の玩具にしかなりません
隊長の指示のもと、骸骨兵士が部屋の片付けをしている。散らばった荷物をまとめたり、砕けて動かなくなった骨をかき回して、青いガラス玉を探している。
隊長と部下達の間に言葉はなく、どうやらテレパシーのようなもので指示をだしているようだった。
俺達も手近なリュックサックをひっくり返して、青いガラス玉を探していた。
俺たちが散らかした荷物を片付けるのも、兵士達の仕事だ。片付けできなくてごめん。
それにしても、リュックの中からは出てくる出てくる。青いガラス玉の他にも、武器の類いが山のように出てくるのだ。小さなナイフから、包丁まで様々だ。
ぶっとい鎖のついた首輪を見つけたときは、見なけりゃ良かったと後悔すらした。
何のための首輪なのか。しかも、逃げられないように鎖までつけている。
もっとも、おかげさまで悪かったかなー、と思う気持ちは無くなった。相手は本気で泥棒と強盗をするつもりだったようだし。生き物に無体を働く、血も涙もない相手だとわかったからだ。
「ひどい奴らだな」
「んー? なあ、これどうなってるんだ?」
ヨクトが鎖をしげしげと見つめている。ひっぱったり、曲げたり。いくつもの金属の輪がくっついているのが面白いようだ。
「なんでくっついてんの? どこでくっついてんの?」
どうやら、つながった輪に切れ目がないのが面白いらしい。
「金属は、高温になると液体になるんだ。そのときにくっつけると、固体に戻ったときもくっついたままになるんだ」
「こうおん? 温度になると、えきたい? んーぬ」
じっ、とヨクトが鎖を見る。
「温度をあげる。あげる。あげる──」
ヨクトの手の中の銀色の鎖から、微かな高い音がしている。チリリ、と金属が擦れる音がして、銀色の塊が赤黒く色を変えた。そのまま温度が上がって、鎖の色が真っ赤に変わる。どろどろに溶けた金属の液体が、ヨクトの手からゆっくりとこぼれてゆくのが見えた。
ねっとりとした液体は、細く長く尾を引きながら、ヨクトの手から床へこぼれ落ちた。石の上に落ちて赤黒く色を変えた液体は、でこぼこした床の窪みに溜まり、ゆっくりと冷めて黒い固形に変化していった。
カシャン、と鎖の落ちる音がして、俺は我にかえった。
「できたー」
「だああぁー。ヨクト、手! 大丈夫か、痛くないか。熱くないか?」
鎖を持っていたヨクトの手を開かせる。どこかに傷がないか、火傷していないかと慌てたのだけれど、ヨクトの手は何の変化もなく、血色の良いぷくぷくした手のひらがあるだけだった。
良かった、怪我をしたわけじゃないらしい。
「良かった。ビックリしたぞ」
「うん。びっくり。パパの、今の、なんだったんだ?」
ヨクトも目を見開いている。俺と、自分の手を見比べて、手を握ったり開いたり。
どうやらヨクトは俺の行動に驚いたらしい。
「それより、なぁ。うまくやったんだから、ホメて」
「え。うまくやった、って。何を?」
ヨクトが何をいっているのか、よく分からない。
そういえば、さっきヨクトが何かしていたっけ──と、床に落ちた鎖を、見たくないけれど見る。
長い鎖の一部は溶け、床に金属の固まりをつくっている。正直、見なかったことにしたい。
「あー。うん。すごいな。すごい」
「ふっふーん。どうだ、ナユタ。すごいだろ!」
俺の心のこもった誉め言葉に満足したヨクトは、ナユタ相手に自慢することにしたようだ。ふふん、と嬉しそうに胸をはっている。
ナユタはそんなヨクトを呆れたように見て、視線を落とした。
その先にあるのは、鎖。ヨクトが落としたままの鎖が、そのままそこに転がっている。
それを、ナユタはじっと見ている──なんだか、嫌な予感がする。すっごいする。ナユタを止めたい。
「なぁ、ナユ、タ──」
真ん丸の目が少しだけ細くなって、ナユタが力を込めたのがわかった。力を入れて見るのは、もちろん金属の鎖。そこから、ドゴォッ──と、恐ろしいほど凶悪な音がした。
ああ。見たくない。見たくないけれど、見るしかないんだろう。
それは──鎖は、ヨクトのときとは違い、溶けてはいなかった。
溶けてはいない。けれど強い力がかかったように、纏まり、ぎゅうぎゅうに押し潰され、個々の境目すら交じって、ぐちゃぐちゃに固まって、一つのモノになっていた。
金属の一枚板のようになった銀色のソレは、先程まで鎖だったモノの集合なのだろう。
「どや」
「す……すっげー。カッコいい。すっげぇ」
「ああ、うん。すごいね。ナユタも。ヨクトもナユタもすごいねー」
はははは。ここに来て、なんですか、このお子さま達。
何がどうなってこんなことになっているのだろうか。
とりあえず、生き物に同じ事をしちゃダメだと教えておこう。
気を取り直して。少し離れたところで、ナユタとヨクトが遊んでいるのは気にしない事にする。リュックサックから金属類を集めて、作品作りをするんだと二人は張りきっていた。
怪我だけはしないように、しっかり注意してね、とだけ言っておく。だってナイフとか使うから。危険だからね。どんなに変な子でも、ウチの子ですから。保護者が気を付けないよダメだよね。
とにかく、後ろの雑音はおいておいて。俺は訳ありそうなロール紙を手に、唸っていた。
ごっつい蝋の封印に、しっかりと巻かれたロール紙。茶色い油紙で保護されていたため、文字も消えずに残っていた。箔まで使った飾り文字で書かれているのだが、はて、何と書いてあるのだろうか。
まっすぐ持ったり、斜めにしたり。俺が首をかしげていると、骸骨隊長が寄ってきて言った。
「チョク……レイヲ、ハッス。ト」
「ちょくれい? 勅令か。えっと、王様の命令、だっけ」
「シカリ」
なるほど。王様の命令を伝える物だから、しっかりした紙を使ったうえに、エンボス模様と箔で飾っているのか。
ん、あれ。これ、封印されていたんですけど。今、俺が開けちゃったんですけど。
もしかしなくても、開けたらやばかったんじゃないだろうか。
まあ──いいや。開けちゃったものは仕方ないし。今から誤魔化しようもないし。
隊長さんに読んでもらいましょうか。
「不老長寿ト万難ノ薬ノ材料ガ発見サレシ事伝エ。スミヤカニ生息地ヲ見ツケ、取引セルコトヲ求ムナリ。生息地ハ青キ炎ノ先、広キ草原ニアリ。湖ニ一件ノ家アリ。親ハオラズ、子供五人ト猫トデ住ミシコトト確認。正シキ取引ヲ求ムルベシ」
不老長寿のお薬の発見ですか。そんな物があるなんて凄いね。
とはいえ、子供五人と猫の住まい──そんな、どこにでもありそうな家族構成じゃぁね。目的の家を特定するのも大変そうだ。ウチもそうだしさ。
「シソヨ」
はいはい。何でしょうか、隊長さん。
「我ラヲ、連レ帰レ。自宅警備ニ役ニタツ」
これは売り込みなのかな。でも、確かに、さっきの作業の完璧さを見ると、役に立ちそうではある。十人くらい連れて帰って、警備員にするのもいいかもしれない。
強いのか弱いのかは分からないけれど、生きているときに骸骨を倒すくらいの腕があったのは確かだし。
海底城の警備が薄くなるのは問題かもしれないけれど、まあ海底城だし。何とかなるよな。
最悪、化け物クラゲもいるんだし。




