兵士とクラゲと俺。まさかの蓮コラに精神ダメージ100%
「出てこい!」
兵士たちに号令していた声がこちらに向けられる。
命令していたってことは、きっと偉い人なんだろうけれど──さて、どうしようか。
定番は猫のフリなんだが、猫の鳴き声じゃぁ誤魔化されないよなぁ……。
ううう。
出ていって大丈夫だろうか。いや、彼らは骨達を壊していた。
あの骨を設置したのはヘレ達で。ならば骨と俺達は味方同士だと推測できる。実際、骨は俺達に攻撃してこなかったし。
俺達に友好的な骨を、敵とみなしている兵士達だ。
AとBが味方で、BとCが敵ならば、CとAも敵。つまり、兵士達は俺達の敵だろう。
じゃぁどうする──
「どうしようか。彼らは敵……なんだよなぁ。口先で誤魔化すとか? 俺にできるか?」
口で誤魔化すのは無理だろう。俺はそこまで口が上手くないし、コミュニケーション能力も高くない。年上に可愛がられるような性格でもない。
となるなら、正々堂々どうにかするしかないのだが。なにか良い案はでるだろうか。
なんだ、最後の最後まで脱出ゲームか。いや、むしろこれこそがリアル脱出ゲーム。やりたくなかった。でも、やるしかないんだよなぁ。
手元にあるのは、ゲームで使わなかった”ピンクの宝石”と”クラゲの足”と”冒険マガジン”か。
少なくとも冒険マガジンは役にたたないよなぁ。じゃぁ、どうする。
宝石かクラゲの足か……。
クラゲの足を、チラ見せながらゆらゆらさせてみようか。
なんだクラゲか、って思ってもらえたらラッキーだし。
「ナユタ。危ないからヨクトのところに行っとけ。俺は兵士さんの相手をするから」
「おぉ! こっちこっち。はやく!」
俺の言葉を聞いた瞬間、ヨクトが飛び上がって喜んだ。必死に腕を伸ばすヨクトに、ナユタを任せる。ナユタはちょっと顔をしかめたけれど、大人しくヨクトに抱っこされていた。
抱っこのついでに、何かヨクトに話しているようだ。声が小さくて聞き取れないけれど、ヨクトは何度か頷いている。
「……だから、……して」
「おっけ。まかせとけって」
なんだろうか。釘でもさしているんだろうか?
ナユタに拒否られた時の落ち込みを考えると、多分もう落っことしたりはしないと思う。今から危ないことをする俺から、離れて隠れていてくれたら十分だ。
さて、兵士達へのドッキリを開始しますか。
俺はベルトに引っ掻けていたクラゲの足を持つと、静かに部屋に近づく。ヨクトは少し離れた廊下へ移動して、こちらを見ることにしたようだ。
二人の安全を確認して、凧を上げるようにクラゲの足を放った。
宙に浮いた長い足は、まるで風を受けるリボンか何かのように綺麗に流れた。
ゆらゆらと上下に、左右に。風を受けてなびくように、波を受けて揺れるように、クラゲの薄い足が揺れる。
なかなか上手じゃないか、と自画自賛したところで気がついてしまった。
このクラゲ、なんと自分で動いているのだ。
いやね。だってね。あのね。
俺が動かすのと、まったく関係ないように動いている。
こっちは必死で自然に見えるように操作しているのに、無視するってなんだよ。足の先は勝手に動いて、部屋の中に入ろうとしているのだ。
チラ見せだけのつもりなのに、強い力で引っ張られる。中に中に、もっと奥にと足は進んで行く。
この動きは、どこかで体験したことがある。なんだったか──そうだ犬の散歩ににているんだ。
そっちはダメだ。こっちが通常の散歩道だぞ、というカンジ。
負けてなるものか。飼い主の意地を見せてやる。
「ク、クラーケンだ!」
「逃げろっ」
「第一等級の野生動物じゃないか」
クラゲの足に気がついたのだろう兵士達がうるさい。一気に騒がしくなったけれど、そんなのは関係ない。
これは、飼い犬ならぬ飼いクラゲと俺の、意地をかけた勝負なんだ。関係ない第三者が邪魔をするな。
逃がしてなるものか、とクラゲの足を持つ手に力をいれた時。
「ぶぎゅ」
「ん? ぎゅ?」
クラゲが悲鳴をあげた。
え、クラゲって泣くの? いや、というか、こいつ足じゃないのか。どこから音をだしたんだ。
しかもなんだか、手に違和感が。ホコリ取り用のハンディワイパーに手を撫でられているような、くすぐったい感じがする。
なんだろうと視線を落とすと、クラゲの足の切れはしから小さな笠がのぞいていた。
小さなクラゲの笠だ。その小さな笠の中から、これまた小さく細い足が何本も出ている。その足が俺の手にまとわりついていて、違和感を感じていたらしい。
「う、うぇ……」
見なければ良かった、と俺は後悔した。
見てしまった。まじまじと、小さな化け物クラゲの姿を。
見てしまった。うねうねと動く足を。笠にびっしりとくっついた目を。
俺、蓮コラってダメなんだよ。ダメだ、吐きそう。
一気に力の抜けた俺の手から、クラゲが逃げ出す。逃げたクラゲは、まるで吸い込まれるかのように一直線に部屋の中に入っていった。
行け行け。そのまま遠くに行ってしまえ。二度と帰ってくるな。
目の前が真っ白に塗りつぶされるようだった。殴られた時のように、頭がぐらぐらする。
生理的に嫌悪するモノを見てしまった、感じてしまった時の気持ち悪さに全身が支配されていく。
ついさっきまでは、ただのクラゲの足だった。半透明なそれは、新鮮なイカの足みたいだったのだ。
それが、まさかの蓮コラ。
ほんの数分で──うえっぷ。だめだ、考えるな。思い出すな。
なさけなくも、俺はその場にしゃがみこんでしまった。
何も見たくない、考えたくない。でも、気にするなと念じれば念じるほど、クラゲの異形が目の前に浮かんでくる。
頭を振って気をまぎらわせようとするけれど、なんにもならない。焼け石に水とはこのことだろう。気持ち悪さは紛れない。
「パパ」
「えっと。どうかした? 大丈夫?」
あわてて駆け寄ってくれた子供達の声だけが、今の救いだった。
あ。ダメ。背中差すらないでくれ。
本気で吐きそうだ。




