魚を釣る俺。ガーデニングとアクアリウム、後に釣り
寒天スクリーンに手を入れる。
ぶみゅ、というか。うにょっというか、めちょっというか。なんとも表現し辛い音とともに、手が寒天の中に埋まってゆく。
手に感じるのは、生暖かい何か。
水ではない。もっとこう、ねっとりもっちりとしている。
ああ、つきたてのお餅がこんな感触かもしれないが、餅は熱いもんね。ちょっと違う。
ガラスを適当な部屋に放り込んで終了。
最初はどこに置くのが嫌がらせになるかと、必死に考えていた。でも、ヘレに促されてガーデニングを終えたころには、なんかもう、どうでも良いなぁという気分になった。
でもやっぱり見たくないから、海底にたたきこんでおく事にした。
青いガラスと青い海。まざりまざって、もう区別がつかない。
そういえば。海底に置けたんだよね。
寒天スクリーンに手を入れると、海底に届くという不思議仕様だったのだ。
びっくりしすぎて、もう、ほんとね。考えるな、感じろってこういう事だよ。
ん。あれ、手に違和感がある?
手は今海の中だよね──って、つつかれてる。
小魚の幽霊が、骨が、集まって来ていた。ひらひらと泳ぐのは、ぷっくりとした腹の金魚のような魚だった。体長も親指くらいだから、五センチほどだろうか。
まるで餌をつついているかのように、俺の指にじゃれている。痛くはないけれどくすぐったい。
幽霊につつかれてくすぐったいわけがないので、多分気のせいだ。
手を左右に振って金魚を散らすと、俺は手を引き上げた。
仕事終了。と思って手を見ると──金魚が三匹釣れている。
アレ?
金魚が空を泳いでいる。
体の半分はある長い尾びれが風になびく。
ゆうらゆうらと揺れる金魚を狙って、シロが身を低くしていた。頭を低くして耳を立てると、前肢はぎゅっと縮めて体の下に置いている。今にも蹴りだしそうな後ろ足と、金魚の動きに合わせて揺れる尻尾。
体は狩の体勢になっているのに、顔は横を向いている。いかにも興味なさそうにみせて、相手の油断を待っているのだ。抜け目なく金魚の動きを追っているのが分かる。
手の届く高さまで、金魚が降りてくるのを待っているのだろうが──ふ。甘い。
「待てー」
「きんぎょさーん」
じっくり腰をすえるハンターの獲物を、賑やかなヨクト達の声が追い払った。子供達は跳び跳ねて金魚を捕まえようとしている。
その子供達に追われて金魚は高く飛び上がると、三方に散っていった。
散り散りになる金魚を視線で追いかけていたシロだったが、不満げに鳴くと自然な様子で毛繕いを始めた。
「え。金魚? 別に興味ないし。っていうか、金魚いたんだー。知らなかったしー。関係ないしー」
「にゃふん」
無念そうなシロにアテレコしていると、当のシロから突っ込みが入った。
よしよしとシロの喉をくすぐって、ちょっと考える。
子供達も気に入っていることだし、もうちょっと金魚を増やしてもいいかもしれない。
三匹だけだと、シロが全滅させるかもしれないしな。
よし。もう少し増やそう。
「おーい。ナユタ、ヨクト、ヘレ、メア。お魚を増やすぞ!」
「わーい」
「ほんとう? おさかな、いっぱいにしてね」
「キレイなの。いっぱいほしいの」
楽しそうな四人と一緒に、寒天に腕を突っ込む。
シロの前肢だけは短くて届かなかったため、見学だ。大人しく座って獲物を待っている。
「いいかー。お魚がくっついたら腕を上げるんだぞ」
言いながら腕を引き抜くと、小さな、本当に小さなクラゲがふよよよとくっついていた。このサイズはクラゲじゃなくてプランクトンだろうと思う。
「パパ、へたっぴー」
むう。また言われた。ヨクトは本当に口が悪くて困る。
「みんなで一番をきめようぜ!」
「おっきーのが勝ちね」
「おおきいの……」
だよね。やっぱり大きくないとね。
大きい魚と聞いて、足元のシロが期待に目を輝かせる。
尻尾がご機嫌に振られていた。
皆が楽しそうでなによりである。が、ここは年長者としての意地の見せどころであろう。
俺が釣るのは金魚とプランクトンだけじゃないぜ!
意気揚々と腕を突っ込んだ結果──元気に動き回る生イカを前に、俺は挫折を味わったのだった。




