不法侵入者と俺の庭。怒、怒怒怒怒
十日間、寝て起きてスマホに向かって。眠くなったら寝て起きてスマホに向かって……という自堕落な生活を繰り返していた。
引きこもりも楽しかったけど、そろそろカビりそうである。庭とプールも気になるし、そろそろ外に出ようかねぇ。
ぐーっと背伸びをすると、肩から背中に向けてボキボキと音がする。ヤバイ。どれだけ硬くなっていたのだろうか。
「ナメクジ、とかー」
「カタツムリ」
「病気……でんせん病……」
子供達が変な話をしているのは気にしない。
久しぶりのブラッシングで、ふわふわのシロをだっこするのがマイジャスティスである。うちのシロは癒し系の美猫だぜ。
ねえねえ、とヘレに腕を引っ張られた。
「おっきなナメクジと、固いカタツムリと、いっぱい死ぬでんせん病と、パパはどれが良い?」
「みゅぅ──ニャオン」
聞かなかった事にしたい。
なに物騒な事言ってるの。可愛い顔して相当ですよ、この子。
腕の中のシロも、前足を振って抗議している──たぶん。
「ん。わかったの」
「せっかくのアンデットだもんなぁ。ぶれないのが一番かぁ」
アンデット──シロが何を言ったのかは気になるが、ヘレの言うナメクジ以下略よりはマイルドな気がする。たぶん。きっと。だったらいいなぁ。
アンデットなら水槽の中──じゃなかった、海底城の中に住んでるもんね。画面ごしだから怖くないと思う。こっちを驚かさないし。ちょっと悪趣味なホログラムみたいなものだ。
大きなナメクジにカタツムリ……いや。考えないから! あり得ないから!
俺はフワモフの哺乳類が好きです。
足が多いのも少ないのもノーサンキュー。
頭を振りながら玄関を開けた俺の目に、ガタイの良い上半身裸の成人男性が飛び込んできた。
男の茶色い目とバッチリ視線が合って。
玄関を閉めた。
なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ──!?
俺達の家に不法侵入者が!
「どうしたの?」
「なんかあったのか?」
不思議そうにヘレとヨクトが言う。
扉を開けようとノブに手をのばすのを止めて、俺は深呼吸をした。心臓がばくばくしている。トトトトと、信じられない強さで脈を打っている。
落ち着け──と、自分に言い聞かせる。
落ち着け、落ち着け。相手はただのおっさんだ。
ただ迷い混んで来ただけの、ただのおっさん。怖くない、怖くないよー。
ただちょっと半裸なだけ、ちょっと変態なだけだから。
深呼吸を繰り返す。
ただの露出狂です。害はない。
子供達には見せられないけどね。
落ち着いた所でシロを下ろす。
子供達と一緒にいるように言い含めて、少しだけ扉を開けた。
「いやいや。人が住んでいるとは思わなくてなぁ。驚かせてすまなかった」
ちっとも悪く思ってなさそうなおっさんは、がははと大口を開けて笑った。
もちろん、しっかりと服を着てもらっている。
しっかり鍛えられた体と、剛胆そうな性格──でなくては、他人の家のプールを使おうとは思わないだろう。
そう。このおっさんは、プールで体を洗うつもりだったのだ。水だぞ、というのはおいておいて。
数日前から不法侵入していたおっさんは、目の前にある行水の誘惑に勝てなかったのだそうだ。
何度か家の玄関を叩いたけれど反応はないし。だから空き家なんだと思ったそうだ。
数日前といえば、引きこもっていた間だ。気がつかなかったと言われればその通りなんだが。
「で、両親はどこだい? ちょっと挨拶をしたいんだが」
キョロキョロとおっさんは周囲を見ている。
けれど、いくら探しても両親なんていない。
だって俺がパパ──この子達の保護者だからだ。
「ここにいるのは、俺達だけだけど」
「ねー」
「……へぇ。こんなところに君達だけですんでいるのか。大変だね」
その、たっぷりの間はなんだろうか。
子供達を見る目が、家を、庭を見る目がヤバイ。
自衛手段を考えなくては。我が家に守りを!
が、おっさんはそれ以上何もしなかった。「よいせっ」と掛け声を上げて立ち上がると、近くに置いてあった革袋を手にする。何を詰め込んでいるのかしらないが、袋はパンパンに膨れ上がっていた。
「邪魔して悪かったな。俺はこれで帰るよ」
「帰るって……」
「どこに?」
「どうやって?」
俺達の質問に、おっさんは後方を指さした。
「あそこに"青の扉"ってのがあってな。それが街と街を繋いでくれてるんだよ」
「あおのとびら?」
「うぎゅ!」
ヘレが首を傾げる。
奇妙な声はヨクトのものだ。興味をひかれたヨクトが飛び出そうとするのを、ナユタが押さえていた。
あそこ──と言われて見た先にあるのは、穴。
地裏との出入り口だと言って、トカゲがさんざん出入りしていた穴だった。
でもあれって、地裏への扉なんじゃ?
ん。あれ──なんか違和感がある──?
あ!
「ぶ、ブルーベリーがなくなってる!」
ない。トカゲへの嫌がらせに植えたブルーベリーが、あとかたもなくなっているのだ。
根っこからほじられている。
誰がこんなことを、って。一人しかいないよな。
「おっさん……その袋の中に何を入れてんだ!」
「げ。いや。じゃぁ、そういうことでな」
そのパンパンの袋の中身を見せろ──っと、詰め寄る前におっさんは逃げ出した。
背を向けて走り出そうとする、その袋に向かって魔法を放つ。どうせ殺傷力もない小さな炎だ。威嚇と足止め──もって逃げる袋を燃やして、中身を回収できたらという目論みだ。
「にゃん! にゃん! にゃん!」
三つの炎が生み出されておっさんに向かう。
大きな図体にもかかわらず身軽に走るおっさんは、振り返ることなく穴に飛び込んで行った。
「逃げたー!」
ちくしょう。不法侵入者かとおもったら、泥棒じゃないか!
なんで、あんなのが我が家に──ま、まさか。今後もやって来るんじゃないのか。
すっごい不安。どうしてこんなことに……。
「ぱ、パパ──あのね」
「ん?」
可愛い顔を不安そうに歪めて、ヘレが近寄ってくる。
子供達の前でこんな怖い顔をしていたらダメだな。落ち着け、落ち着け──ハァ。
「どうかしたのか?」
出来るだけ普通の声を出そうと努力しても、ヘレは困ったように、言い辛そうにモゴモゴしている。
「大丈夫だよ。怒ってないからね」
怒ってるのはずうずうしい泥棒にであって、子供達にではない。大丈夫、大丈夫と繰り返す。
「本当に怒ってないからね。大丈夫だよ。心配な事が、何かあったのかな?」
「うん。あのね、シロの猫草がね、なくなってるの」
猫草まで!
そーかい、そーかい。ブルーベリーだけじゃぁ、袋はパンパンにはなりませんよね。なるほど、猫草も盗っていったのか、あのおっさんは!
「そ、そうか。教えてくれてありがとうな」
ヘレの頭を撫でる。イイコイイコしていると、今度はヨクトが青いガラス球を拾っていた。
「パパ。落ちてたぜ。あのおっさんの忘れ物じゃないの?」
「忘れ物……青い、ガラスか……」
憎らしい泥棒の置き土産である。どんな呪われた証拠品かわかったもんじゃない。
誰にも手がでない場所。万が一取りに来てもしらばっくれれる場所。嫌がらせ満載の場所──そこまで考えて、俺は良い場所を思い付いた。
誰も手が出せない、最良の保管場所がある。
「よし。これを海底城で保管しておこう」
「え──」
「パパ。ほんき?」
子供達もびっくりしたようだ。でも、あそこが一番保管には良いよね。
色も青くて、海中にぴったりじゃないか。まるで誂えたようですらある。
「本当、本当。あのおっさんは、ブルーベリーや猫草を盗んだ泥棒だったんだよ。どうせもう来ないからね」
盗んだのがバレてなお来るとか、そこまで面の皮が厚くないだろう。言い当てた時のあわてっぷりを見たらそう思う。
まあ、来たら来たで逃がさないし、盗んだ事を後悔させてやるけど。
「ナユタ、どう?」
「うん。ジエイはあり」
最後にメアがナユタに確認をとって、ゴーサイン。
よし。にっくき証拠品をどこに設置してやろうか。わかりやすく門に飾るか、城の天辺にでも置いてやろうか。
宝箱に入れる──ノンノン。そんなのガラス球にはもったいない。野晒しで十分です。
「よし、じゃぁさっそく──」
「どうするの?」
「パパ。おはなが……」
イライラしたまま家に帰ろうとした俺は、ヘレの言葉に掘り返されたままの地面を見る。綺麗にならされたはずの地面が、そこだけ不格好に穴が空いている。
ああ。さびしいし、悲しいな。
「新しいお花を植えようか。もちろん、シロの猫草もな」
「うん!」
「なにを、うえるの? なににする?」
ぱっと顔を明るくしたのはヘレとメアだった。やっぱり女の子は花とかガーデニングが好きなんだな。
「オモシロイのが良いなぁ」
ヨクトの言う、オモシロイ植物ってなんでしょうね。
バナナでも植えるか?




