自宅を改装する俺。完徹すると背がのびない
子供達を寝かしつけた後、一日ぶりにスマホを立ち上げる。
何があったのかコインが百枚を越えていたので、ひさびさの自宅改装をすることにした。
とはいえ、現状でも快適な我が家である。何を変更するかっていうと──庭。今回のテーマは、庭で遊ぼうだ。
鼻歌まじりで見るスマホ画面には、色とりどりの遊具パネルが写し出されている。
広場パネルは基本として、砂場パネルに水場パネルもある。遊び方がわからない、奇妙な色形の物体Xも並んでいるのが恐ろしい。
とにかく、家庭菜園の反対側に普通の公園を作る事にする。大きな広場とプールを作って……アレ…?
なんだろう……考えがまとまらない?
体を動かすのがだるい。指に、腕に、重りでも乗っているかのようだ。
まるで運動した後のように疲れて、眠くて……起きていられない。
今まで眠くなったことなんてないのに……。
徹夜どころか完徹ばっちこーいだったのに……。
ああ、ダメだ、眠い……。
なんで──なんでこんな……眠気が……。
襲いくる睡魔に抵抗などできず、俺の意識は塗りつぶされていった。
翌朝、俺は清々しい朝を迎えた。
変な所で寝てしまったわりに、体に違和感はない。クリアな頭にキビキビ動く体。昨日の夜とは大違いである。
中学生の体に夜更かしはダメ。徹夜なんてもっての他、という事、だったのかなぁ。それしか思い付かないんだけど。
「プール」
「プールだ!」
「水遊びっ」
「おーい。ちゃんと準備運動しておくんだぞ」
「にゃーご」
目の前では子供達がテンションの高い歓声をあげてプール に突撃している。
子供達にとっては初めての水とのふれあいだが、問題はなさそうだ。つぎつぎに飛び込んで行く。
準備体操らしきものをしたのはシロだけだった。
ぎゅーっと左右に伸びたシロは、体を起こすと勢いよくプールにジャンプ。そのまま腹から飛び込んだというのに、痛がる素振りもみせず泳いでいる。
普通、猫って水は嫌いなんじゃなかったっけ。……楽しそうに犬かきをしている。いや、猫だから猫かきなのか。
楽しそうな四人と一匹を尻目に、俺は手元の書物へと意識を向けた。
書物と言うとカッコイイが、これは人の町に行ったときのお土産である"冒険マガジン"だ。記憶にないけど手に入れていたみたい。
ザラザラした質の悪い紙に、モノクロ印刷されている一品だ。多分だけど、インクも質が悪いか、節約してる。所々掠れていたりするんだよね"点"がかすれて、"犬"と"大"の区別が付きづらいっていうビミョーな不便さ。"玉子"と"王子"も、ごっちゃになるにちがいない。
当然、文脈から推測しつつ読んでいくことになるわけ。だからあまり早くは読めない本だった。
でも、まあ──ちょっとだけ見た村の生活は一昔前って感じだったし、娯楽紙ならこんな質かもな。
さて、この冒険マガジンは、『世界一周を夢見て』という副題がついていた。
幾人かの大口出資者と、その何倍もの夢想家による寄付金。その資金をつかって、"世界の果て"を確かめようというのが目的──と、表紙をめくってすぐに書いてある。
世界一周したいのか、世界の果てが見たいのか。どっちかにしろよと思わなくもない。
文章は軽くて読みやすいし、資産家達の商品紹介ページにはお得な割引券もついている。まるでクーポン雑誌のようだった。
どの世界でも宣伝方法は似てるものだ。
これを読むと、彼らは本当に地面が平らだと信じてる、っていうのがよく分かる。
だったら世界一周はムリなんじゃないかと思うんだけど、それはそれ。これはこれ。良い宣伝のネタだからお金出すよ、ってスタンスみたいだ。
え? 想像してる?
いいえ、編集あとがきに書いてます。しっかりと。
曰く──
『今回の一行は、鳩事故の少ないピストン方式で文を飛ばしました。その上で、十日ほどの航海で連絡が途絶えましたから、世界の果ては港から十日先ということになりますね』
『これは魔法使いの調査とも一致します。世界の果ては港から十日の場所に決まりですね』
『はい。大陸から北は結論が出そうです』
北?
変な文字を見た、と文章を見るが。やっぱり"北"と書いている。
えーと、ですね。
なんというか、ちょっと、これ──北ってヤバくない?
だって俺達がいるのは北極。つまり北だ。
世界一周っと聞いて、東西に走ったコロンブスやバスコ・ダ・ガマを想像してしまった俺、バカ。そうだよ、南北を回っても世界一周はできるんだ──相当大変だろうけど。
もう少しで新大陸発見! されるところだったんじゃないのか。
非常に申し訳ないけど、名も知らぬ冒険者さん。行方不明になってくれて良かった。ありがとう。安らかにおやすみください。ナム。
とにかく、冒険者さんという尊い犠牲のおかげで、家の平和は守られた。
けれど──マガジンを読むかぎり、冒険グループは他にもいる。北だけじゃなくて、南や東西にも冒険という魔の手を伸ばしているのだ。
東西のグループが無事に世界一周してしまったら、南に向かったグループが帰って来てしまったら、人間達はどう思うだろう。
なんで北だけ失敗した? って思わないだろうか。
どうして北だけ帰ってこないのか。
帰ってこれない理由があるのか? どんな理由?
もしかして、特別な何かがある?
とかなんとか夢と希望を抱いて、大所帯で押し掛けてくる未来がはっきりと見える。人間は好奇心の塊っていうしね。
好奇心が無ければ、冒険なんてしないだろうし。
ウチは雪の中の一軒家だし見つからないとは思うけど、見つかった時の違和感は半端ないだろう。
物資の補給お願いーとか、遭難したから保護してーとか。無理難題言われるだろう、っていうか言われない訳がない。
最悪、自分とこの土地にするから出ていけ──とか言われそうだし。
うーん。これは……最低限の防犯をした方が良いんだろうか。とはいえ、スマホで変更できるのは自宅のレイアウトだけだしなぁ。
せめて家の周囲だけでもセコムってみる?
ぽち、といつものようにアプリを立ち上げようとして、新着メールに気がついた。ピコピコとアイコンが主張している。
これを開くと、またなんかイベントがあるんだろうか。
そう期待して開いたメールのタイトルは"シークレットイベントクリアのお知らせ"。いつの間にか何かをクリアしてたっぽい。
「支配エリアに海底(沈没船)が追加されました……自宅マップから変更できます?」
ねえ、それって。クリアしたの、俺じゃなくない?




