4人の幼児とくすぐる俺
「きゃー」
「わわわわ」
ごろごろと足元を子供達が転がっている。なんで二足歩行せずに転がってるのかは不明だが、楽しそうだからまあいい……か?
どんどん汚れていく三人を見ながら、俺は腕の中で寝ている一人を抱きなおして呟いた。
「重い」
幼児とはいえ重い者は重い。ずっしりと左腕にかかる体重はスーパーの米袋よりも重い……間違いなく十キロ超えである。
世の母親はこんな物体を日々抱えて生活しているのかと思うと、頭が下がると共にぞっとする。その左腕は鍛え上げられたように筋肉質だろう。布団をはたく一撃のすさまじさが目に見えるようだ。
そろそろ腕が疲れてきたのだが、幼児はすやすやと気持ち良さそうに眠っている。水色のおかっぱの髪が風になびいて、非常に気持ち良さそうである。
この子の名前はメア。転がっているおてんば達に比べて、天使のような寝顔であった。
転がっている三人は、金髪と銀髪の男の子と、黒髪の女の子だ。水色の髪のメアも女の子である。それにしても、よくも四人の髪の色がかぶらなかったと感心してしまう。これも夢ゆえの御都合、ということだろうか。
なんにせよ、区別が付けやすくて良い事だ。
金髪の子の名はナユタ。銀髪の子はヨクト。二人は一つのタマゴから生まれた双子で、緑色の瞳をしている。大きなタマゴにはいっていた赤子のような、澄んだ緑色だった。特にヨクトは元気いっぱいで、最初に転がり始めたのもヨクトだった。
騒がしいヨクトとそっくりのくせにナユタは大人しかった。最初に「パパ」と呼んだだけで、後は何もしゃべらない。無言でヨクトの後を追いかけている。転がるヨクトのまねを始めたのもナユタだった。
おそるおそるヨクトとナユタに続いたのが、黒髪に黒い目のヘレ。本人は、「レディ・ヘレ」だと主張していたが、どう聞いても「レテェ・エレ」にしか聞こえなかった。舌足らずなところが、超かわゆい。おっかなびっくりだけれど、しっかり二人について行ってるところが何ともいえず、カルガモの親子をみているようで微笑ましいものだった。
わき目もふらず転がっていた三人が、見事にシンクロしてピタっと動きを止めた。
内緒話をするように三つの頭が集まっている。何を話しているのだろう。仲の良いことだと三人を見ていたのだが、いきなり金髪が小さな腕を振り上げると黒髪の頭を叩いた。ぽか、と音が聞こえるような、お手本のようなポカだった。
「あ」
ヘレはびっくりしたように目を丸く見開くと、そっと頭に手を乗せて、じわりと髪と同じ色の奇麗な目に涙をためた。
「ふ……ふええぇぇぇん」
「あーコラ。ヨクト、メッ! 小さい子をいじめないの」
「うえぇぇぇん。パパがメ~」
女の子を泣かせちゃあダメだとヨクトに「メッ」をすると、今度はヨクトが泣き始めた。
うお、こら。そんな怒ってないのに泣くな。というか、泣くくらいならいじめるんじゃありません。
よしよしと中腰になってヨクトの頭を撫でていると、左腕に抱えたままだったメアが身じろぎをするのが分かった。落ちないようにしっかりと抱えなおして。
「ぱぱ、それ嘘」
「え?」
メアが爆弾を落とした。
驚いてヨクトを見ると涙の引っ込んだ目が、ニヤリと笑みを浮かべていて。
「やーい。マヌケー」
「くッ。このクソガキ──」
「うわ、やー」
「ぴゃッ」
ヨクトの頭に置いていた手で、髪の毛をわしわしにする。「やー」とかいう否定は無視。だってかわいいんだもん。
髪の毛がみだれにみだれたヨクトの不細工な頭に、泣いていたヘレの涙はひっこんだようだ。
「ふーふーふふふ。悪い子にはお仕置きをします。
捕まえたらわき腹くすぐりの刑だ。サン、ニー、イチ。ゴー」
「ブー、ブー」
「ヘ、ヘレはヤー」
ゆっくり数えながら右手の指を折った俺から、一番に逃げ出したのはヘレだった。
次いでナユタも背を向ける。頭の上に手をおかれたままのヨクトは出遅れてしまった。それでも、なんとも上手に体を捻って抜けだしたけれど──フフフ。二等身の幼児と、高校生を一緒にしてもらっちゃ困るぜ。
「ダーダン。ダーダン」
「ヤー」
ジョーズのテーマを口ずさみながらヨクトに迫る俺。追いつめられるヨクトの歓声が耳に気持ちいい。
これだから悪役は止められないぜ──って。うん、歓声だよ。喜んでるの。
幼児の感性ってわからんよなぁと思いながら、右手で軽々とすくいあげたヨクトを、座った足の間に挟み込む。ペロリと服の間に右手を突っ込むと、腹から胸にむかってくすぐり始めた。
「えーのか、えーのか。ここがえーのか」
「うきゃきゃきゃきゃ……」
「ぱぱ、下品」
ヨクトの笑い声を良い事に、くすぐりまくっていると腕の中からツッコミが入った。下品、ってひどい。ちょっと傷ついたので、ヨクトの次はメアをくすぐることに決めました。
子供に図星つかれるって、俺、大人としてどうなんだろうね?
ヨクトとメアをくすぐっているのを、離れたところからナユタとヘレが恐怖の目でみていた。
安心しな、ベイビー。
これは十分後のお前達の姿だぜ。
三十分後、俺の足元には元気の切れた幼児達が横になっていた。
幼児が三十分も遊びまわれば、そりゃあ眠たくもなるだろう。
あの後はヘレをくすぐる事には成功したものの、ナユタには逃げられてしまった。ようやく捕まえたと思ったら、タイムリミット。お昼寝の時間である。
ちょっと負けた気がする。別に悔しくなんかないんだからねッ。
手を伸ばせば届くところに、幼児の小さな体が四つある。
その温かい体は弾力があって、まるで本物の子供のようだった。
子供達を同じように草原に横になると、目を閉じてみる。ジリジリと晴天の空に君臨する太陽に身を焦がされるようだった。
草を揺らした風が頬に当たり、青臭い草の匂いが鼻をくすぐるのが感じられる。全身に当たる風は熱を冷ましてくれると同時に、空腹まで満たしてくれるような満足感を与えてくれた。
なんとも気持ちの良い時間だろう。そういえば、ここ最近は勉強とゲームばかりで、こんなにゆっくりする時間はなかった。
夢の中で眠るのはヘンな気がするけれど、せっかくのシチュエーションだ。童心に帰って昼寝もいいだろう。
はっきりしていた意識がぼんやりしてゆき、夢の世界に誘われてゆく。もう少しで夢の中というところで。
『メールが届きました』
チャラリラリーという聞きなれない音に、眠気を吹き飛ばされた。