青い火と黒い闇と俺。腹黒インコを焼き鳥にしたい。
インコに導かれた先にあったのは、小さな村には不釣り合いなほどに立派な教会──というか、神殿だった。
まるでギリシャの観光地のような、白い石を積み上げた神殿に向かって、荷物を抱えた参拝者が歩いているのが見える。
その中に何人か、村人とは違う黄緑色の外套を纏っている人がいる。しかも、外套の形はお仕着せのように同一だった。
もしかすると、あれが神官なのだろうか。
「へぇ。こりゃスゴイ」
思わず感嘆の声が上がるほど、白い神殿とカラフルな神官の対比は綺麗だった。
まるで一枚の写真を見ているかのような気分にすらなる。
『あの中に"場"はあります』
黄緑色のインコもまた、この神殿にふさわしい色彩だった。
「神殿の中って入れるのか」
『ええ。誰でも入れるようになっているはずです』
俺の前を飛んでいたインコは、小さな羽根を動かすと神殿の前に着地する。急げ、とでも言うようにぴょんぴょんと跳ねて先へ進んでみせた。
「あー……。まって」
インコに急かされるままに、俺も神殿を目指す。
ならされただけの道が、神殿に近づくにつれて石畳になる。
えっちらおっちら進んだ先、石造りの神殿の中にあったのは"火"だった。それも"青い火"だ。
「……はじめて見た」
いや、初めてじゃないか。
アレだよアレ──ガスバーナーだ、あれ。
だってその証拠に、薪とかくべられてないし。燃やされているものが見えないのに燃えているところも、ガスバーナーそっくりじゃね。
火の側には勿論だけれど神官達がいて、鈍色の長い棒を手にしている。
なんだあれ──と思ったけど、どうやらバーナーから火を採る為の道具のようだった。長い棒の先は柄杓みたいになっていて、黒い塊が盛られている。
それをバーナーに突っ込むと、黒い塊に火が移る。んで、燃える黒い塊を村人に渡している。
なるほど。村人達が持っていた包みは、カンテラの仲間だったようだ。
カンテラに収められた火の色は、ちゃんと赤い。
黒い塊は炭かと思ったが、違うようだ。
炭は火をあげて燃えないもんな。
とにかく、石造りの神殿の中には青い火がありました、と。
んで、肝心の"場"とやらはどこかねぇ。
『目的地はあそこです』
インコが翼を向けたさきには、燃え盛る青い炎があった。
「い。いやいやいやいやいや。
なに言ってくれるの、このサドインコ。
燃えてるから。アレ燃えてるから!」
『インコ……』
インコはイラッとしたようだ。丸い目を細めて、睨んでくる。
そんな顔しても、怖いけど怖くありませんから!
『とにかく、アレが"場"なのです。うまく飛び込んで下さい』
「いや、だから、そんな自殺行為は無理──」
拒否ろうとした俺の前で、インコが火に飛び込んだ。あわれ、焼き鳥のできあがりであろうか。
俺は焼き鳥が好きだ。
特にナンコツのコリコリ感は最高。塩コショウでサッパリしてるから、コーラのお供に最適である。
ネギマも捨てがたいけど。あの甘辛のタレが何とも言えずグッド。白ご飯にはこれだね。
『何を躊躇っているのですか』
ひょい、とおかずになったはずのインコが。火から顔を出した。ひょこひょこと頭が動いている。
「い、生きてる……?」
『本当に何を言っているのです』
火の中でピンピンしているインコはおいておいて。これだけ派手なパフォーマンスをしているのに、誰も反応しないというのが奇妙だった。
火の近くにいる神官とか、特にね。大切にしている"火"に小鳥が飛び込めば、普通は騒ぐものじゃないのか。
これは、もしかして──見えてない、のか。
インコが見えていない。まさか、だけれど。
え、じゃぁ俺は?
俺見えてるの?
ついキョロキョロと視線をさ迷わせて。
あ。神官の人と目が合った。
「あ」
「助けが必要ですか?」
「え。あ、その、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」
俺が不馴れだと分かったのだろう。親切な神官の男性が声をかけてくれたのに、むっちゃどもってしまった。
ううう、情けない。
「あの、もっと近くに行ってもいいでしょうか?」
俺の言葉に、神官の人はニッコリ笑った。さすが神官らしい、軟らかな笑顔だ。
「どうぞ、もっとお近くに。暖かいですよ」
神官の人──めんどい。もう神官さんでいいや──神官さんの言葉に甘えて、火に近づいてみる。
強烈な青色にそぐわない、ほんわりとした暖かさを感じた。
手を伸ばしてみると、ストーブに手をかざしているみたいだった。
「へぇ。すごいな……」
「ごゆっくりどうぞ」
神官さんが他を向いたタイミングで、ぐっと腕を伸ばしてみる。
一瞬触れた火は、ちっとも熱くない。
これなら、中に入る事もできるかもしれない。
「ん──っと──」
誘うように、急かすように、インコが揺れている。
左右に揺れるインコに合わせて、俺の腕も揺れて──ぱっっとインコが俺の腕を脚で引っかけた。
思いもよらない強い力で引っ張られる。
おもいっきり体勢を崩した俺は、上半身から火に突っ込まされた。
「うわッ」
「え、ちょ。何が──!」
神官の悲鳴が聞こえた気がした。
そして、闇──
あたりは真っ暗闇で何も見えない。伸ばした自分の腕さえ見失いそうな、生き物の気配もまったくない、そんな世界にいた。
さきほど引っかけられた腕の、痛みもなにも感じられない。
腕の感覚も、足も、体も──本当に俺はここにいるのだろうか。
これは俺みたいな都会っ子には馴れない"闇"だ。
世界にただ一人──そんな寂しさすら感じさせられる、本物の闇。
真っ暗といえば、ここでも何度か新月を過ごした。子供達のために灯りを消して。
けれど、どんな闇の中でも、子供達の気配は感じていたし──ヨクトは寝相が悪かった──ここぞとばかりに甘えてくるシロもいた。
こんな孤独とは無縁だったのだ。
世界に一人ぼっちなのは寂しいと思う。
子供達が泣いていないかと心配になる。
ここで死ぬのかと不安になる。
ああ。どうしたら──
「パパ」
「ん? あれ、メア?」
ぎゅっと腕を掴まれて振り向くと、なぜかメアがポツンと立っていた。
とたんに孤独が弱まり、闇の色が薄くなる。
今まで真っ黒な墨汁の中にいたのが、濁ったプールの中を泳いでいるみたいだった。
ゆらゆらと水が揺れるように、メアの姿が揺れる。
俺の腕も、体も、ゆれてゆらゆらと形を留めることなく流れていた。
「地裏は地表とは違う理と力の世界。
"魔力"の塊であるパパを、エサとみなして吸収しようとした」
「え──まさか……」
メアの姿が揺れる。
遠く近く蜃気楼のように。
ふわふわゆらゆらと陽炎のように。
ゆれてきえて、あらわれてゆれゆれる。
「異界を繋ぐのはわたしの領域。だから迎えにきたの。
パパが消える前に。
パパがパパであるうちに」
正直言って、メアの言葉の意味は理解していなかった。
ちょっぴり中二的な言葉だと思わなくもないけど──それを笑えないのは、俺の体験故なんだろう。
現在進行形で、変な世界にいるわけだし。
「ここにはインコと一緒に来たんだけど。インコは大丈夫なのかな?」
「……パパのお人好し。
ここは幻獣の住みか。幻獣の世界。
この世界が幻獣に仇なすことはないの」
メアと出会えて、ずいぶんと気が楽になった。
それでようやくインコのことを思い出したんだが──それって、今の今まで忘れてたってことで。
だからメア。俺はぜんぜんお人好しじゃないぞ。
「そっか。一緒にいたはずなのに……って、姿が見えないから心配したんだ。
無事ならよかった」
「三人がシメてるから、無事かどうかは保証しないけど」
シメてる?
どう言うことだ?
三人──って、ヘレと、ヨクトとナユタか?
「あとシロがかじってた」
シローっ! 野鳥を食べるんじゃありません。病気を持ってたらどうするんだ。鳥インフルエンザは怖いんだぞ。
ぺってしろ。ぺって。
キャッチアンドリリースが狩りの基本です。
「さぁ、パパ。帰ろ」
俺の腕を強く掴むメアは、もうゆれていなかった。
俺の体も、腕も。消えないしゆれない。
「ああ、うん」
俺は、メアに引っ張られて一歩を踏み出して──
「パパ。お帰りー」
「ようやく帰ってきたのか。遅いっつーの」
「おかえり」
「にゃふん」
一歩踏み出した先は懐かしい我が家で。
俺は子供達とシロの突進を受けることになったのだった。
ああ。嬉しいけど。
ところで子供達──またサイズ変わってる?




