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異世界流スローライフにスパイスを  作者: 神埼あやか
魔族と幻獣の二重唱
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迷子になった俺。泣くな、泣くなよ。ほんっとーに泣くなよ。

 スマホの画面で操作するExcel──じゃない、MExcelというものほど操作し辛いものはない。

 違うんだ。俺が選びたいのはソレじゃないーっと、いくら叫んでも、ああ無情。

 ほんっと機能向上してくれませんかねぇ。


 とかぐちぐち言ってたら、スマホの画面が空中にふよんと浮かんできた。なんというか、見えないスクリーンがあって、そこに投影されてるみたいに見える。


 触れるのかなぁと手を伸ばすと──うん、触れた。

 なんか、薄い膜のようなもの……柔らかい寒天に手を突っ込んだような、もにゅんとした手触り。やばい、くせになりそうだ。


 手を伸ばすと、もにゅん。

 手を退くと、もにゅにゅん。

 もにゅにゅにゅにゅ……


「うーにゃぉ」


 寒天で遊んでいたらシロにペチンとされました。前肢でペチン。

 爪も何にも出てねぇの。ぶっとい短い脚を一生懸命に動かしている姿は、正直かわいい。


「パパ……」

「ぱぱ、ひどいの」


 じわ、と見上げてくるヘレの目が潤んでくる。

 なぜかメアまでが俺に非難の目を向けてくる。

 いや。いやいやいやいや。何もしてないからねっ?


「あーあー。なーかした、なーかした。パパがヘレをなーかしたー」


 うぐぅ。

 違うと言いたいのに、言えない。ヘレが泣きそうなのは事実だかんな。


「パパのコレさぁ……」


 ケラケラわらっていたヨクトが画面に目を向ける。ヨクトにだっこされたナユタも、同じように画面を見上げていた。

 そこに写っているのはMExcelの画面だ。

 あの特徴的な縦横線が画面の下半分を支配している。

 それを見上げて、ヨクトは首をひねっていた。


「オレたちが書いてた呪文、ぜんぶ書きだせんじゃねーの? どうなの?」


 呪文──と言われて思い浮かぶのはアレだ。あの早口言葉。……確かに、あの呪文も関数っぽかったし、コレはエクセルっぽいし。それっぽい同士で上手くいきそうな──気がする。


 やってみるか。


「ほら、ヘレ」


 言って俺はヘレを抱き上げ──ようとして、手を止めた。相手は小学生サイズだ。これを長時間抱き上げるのは無理。ごめん。


 変わりにスクリーンを横にする。寒天は崩れもせずにすんなりと倒れてゆき、地面すれすれでばあっと広がった。


 目の前に横倒しになった画面に子供達が群がる。ヘレの涙も引っ込んだようだ。


「ここをこうして、な?」


 簡単に使い方を説明すると、子供達が喜びの声をあげた。さささっと操作を始める。

 その適応力に脱帽ですよ。

 お子様の脳みそって、どうなってるんだろうね。いったい。




──なんて、のんびり構えていた俺を殴りたい。


 楽しそうな子供達を眺めていたのが少し前。

 画面が急に明るくなったのが直前。

 あわてて子供達を引き剥がし、寒天ダイブしたのが一瞬前──


 そして今。俺は一人町の中に放り出されていたのだ。

 ああ。皆心配してるんだろうな。

 なんでこうなった?




 おそらく町の中心部であろう広場には人が溢れていた。

 大きなテントが張られており、食べ物から生活雑貨まであらゆるものがならんでいる。

 まるで地下鉄のラッシュ時を思い出すような人混みだった。人がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、身動きがとれない──な、わきゃぁない。

 東京に比べると、ここはスカスカだ。なんといっても流れに逆らうことができるからな。

 とはいえ、人が多いことに変わりはない。その人混みとざわめきに負けない、大きな呼び声がしている。


「馬の干し肉だよ。できたばかりの新物だよ!」

「青梅の塩漬け! 杏の蜂蜜漬けもあるよ」

「瓜の化粧水は最後の一本ダァ」


 干し肉に漬け物か。ずいぶん日持ちするものばかりだな。

 魔法でちゃちゃちゃっとならんものかね。


 テントの先に干し肉が吊り下げられているのが目につく。なんというか、干し肉というかジャーキーっぽいな。

 コンビニで売ってるのは一口サイズに切られてるけど、その前段階。俺の腕くらいあるでっかいジャーキーが何本も揺れている。


 しかも、それがバンバン売れているわけよ。

 主婦のみんさんの買い物袋から、ぴょこっと飛び出すネギ──ならぬジャーキー。

 シュールだわ。


 んー。しかし、ジャーキー見ても全然美味しそうに見えないのな。


「小麦! 本日の目玉商品は小麦五袋だぁ」


 とりわけ大きな声で男が叫ぶ。その瞬間、空気が変わった。

 ギラギラというか、ジリジリというか。

 誰もが皆の出方を待っていて、ちらちらと視線が交わされている。


 ナニコレ、きまずい……。


「今年は例にない蝗害と鼠害で、小麦が高騰ぉォ、例年の五倍の値が付くありさまだぁ」


 周囲からブーイングが付く。

 バッタにネズミか……そりゃ大変だ。五倍の値っていうけど、菓子パン一個、コンビニおにぎり一個が六百円ってことか?

 ひどいな。そりゃブーイングもでるわな。


「でもここで五倍の値を付けては商人の名が廃るぅ。

 さ・ん・ば・い!

 赤字覚悟の三倍! のお値段でご奉仕させていただきますぅ」


 キャアァァと高い声が上がる。


「ただし、五袋! たった五袋しかご用意できませんでしたぁ。お一人様一個だけ。

 さぁ。この幸運を手にするのはどなたでしょうかっ」


 その口上が途切れた瞬間、集まった全員が商人に突撃していったのだった。


 なんという恐ろしいパワーだろうか。

 首尾よく小麦袋をゲットしたおばちゃん──妙齢の女性は、三十キロはあるんじゃないかというパンパンの袋を担ぎ上げ、意気揚々と去っていった。


「すごいな……」


 思わず声が出るのは仕方ない事だ。

 だって子供サイズのでっかいパンパンの袋を危なげなく担いでいるのだ。

 正直言って信じられない。


 残った者達は、四・五人が小さなグループを作って話し始めたようだ。話好きはどこでも一緒なんだと感心してしまう。


「最新の冒険マガジンを見た?」

「見た見た! 新大陸を求めた冒険家の一行が、途中で連絡が途絶えたっていうじゃない。やっぱり新大陸なんてなかったんじゃないの」

「そうよぉ。海の果てから落っこちちゃったんでしょ。そんな冒険に付き合わされて、災難よねぇ」


 まだ若い女性達の会話が聞こえてきた。


 気になる内容ではあるが、このまま広場に突っ立っていてもおかしい。

 そこで不自然にならないように場所を移動すると、いかにも待ち合わせです──という顔をすることにした。

 広場の巨大時計を見たり、人混みに目を向けたり。カモフラージュしながらも、意識は女性達に向ける。


「で、でも。新大陸発見は、神様のお告げですもの」

「お告げっていってもね」

「そうよぉ。帆が船頭よりも先に見えるから、大地が丸いですって。そんな戯言に、よく命をかけたわねぇ」

「でも……でも……」


 どうやら冒険を肯定する女性が一人いるようだ。その一人が他の三人にからかわれているらしい。

 しかし、海の果て──か。


 地動説が信じられていた中世のようなモノなのだろうか。


 テントはしっかりした布でできているし、ぶっといロープは石畳に設置された鉄性の金具に括られている。

 そう。地面は石畳で、建物は木で作られた平屋が多い。煉瓦作りの家も所々に混ざっているのが確認できる。

 だが、それらの窓には硝子が嵌められていなかった。窓にあるのは雨戸だけで、晴れている今は多くの家が雨戸を開けて風を通している。

 そのあたりは、一般的な中世よりも少し古い印象を受けた。


 あの快適空間で生活している間は分からなかったけど、他の場所はこうなっているのだった。……ちょっと前に見たファンタジー映画の影響だろうか。


 うむむと考えていた俺の前から女性達が移動していく。

 賑やかだった通りから、少しずつ人がいなくなっていった。俺もいつまでもこうしちゃいられない、と思った時。


『ずいぶん探しましたよ。オオガミ殿』


 黄緑のインコに声をかけられた。

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