スマホゲームと俺。カバは最強にして最悪の野生動物
「ぱぱ、なにしてるの?」
いつもなら昼寝中のはずの時間。
太陽が空高く登り、ぽかぽかと眠りを誘うような陽気の中でスマホを触っていると、ヘレが覗きこんできた。
「ヘレ。どうした、お昼寝はしないのか?」
「ぱぱったら。りっぱなレディを相手に、その言葉はひどいわ」
プリプリとヘレが文句を言う。
それにしても、一人前の淑女とは。なかなか言うものである。
あ。そういえば、ヘレは最初から"レディ"だと主張していたっけ。
自分の名前がレディ・ヘレだと言い張ってたからなぁ。
ふむ。あらためて見てみると、一人前のお嬢さんといえなくもない。
背中まである黒い真っ直ぐな髪と、バサバサの睫毛。いままでふっくらとしていた頬は、ずいぶんとシャープになっている。なにを食べていたのかぽっこり出ていたお腹は引っ込み、全体的に脂肪が減ってすらりとしていた。
出ているところはないけれど、充分にかわいいお子さまだった。
「かわいいお嬢さんは、レディと呼んだほうがいいのかな?」
「それはもういいの。だって、ぱぱのお嫁さんになるんだもの」
そのジョークは忘れてないんだな。
「そんなことより。ぱぱは何をしてるの?」
「んー。ゲームかな」
「……ゲーム?」
不思議そうな顔をしたヘレが俺の手元を覗きこむ。
ちょうどズー狩りをしていたので、ヘレに説明をしてみせた。
「上にいるのが敵なんだ。下が味方。
同じ絵を縦横に三つ以上並べると、敵に攻撃できるんだよ」
言って緑色の銃のアイコンを揃える。
緑の絵は消えると同時に、敵にダメージを与える。ごく一般的な落ちゲーだった。
なれた手つきで画面を操作すると、敵として出てきていた敵が消える。残念ながらドロップはなかったようだ。次に出てきたゾウを見て、ヘレのテンションが上がった。
「ぞうさんだ!」
「そうだね。やってみるかい?」
きゃー、と声をあげてスマホを触りだしたヘレを見て、他の子達が集まってきた。
ヘレの背中側から、ゲーム画面をのぞきこんでいる。
「……なにやってんの?」
「ぞうさん。捕まえるのー」
説明してなかったのに、よくわかったな。
「えーい。やー。……アレ?」
「ちゃんと動かせよ」
「とーッ」
「へたっぴー。動かすの、それじゃないだろ」
「あたーっく」
「あああ。それ、ちょー連鎖するのにー」
なんだか、ヨクトさんが熟練者っぽいこと言ってますよ。連鎖とか、誰に教えてもらったんでしょうね。
「やった! やられちゃった」
「見てるほうがつかれるっての」
結局負けてしまったヘレに、ヨクトが悪態をつく。が、疲れたのは、ナユタを抱っこしてるからだと思う。
小学生が幼児を抱っこ……そりゃぁ疲れるだろ。
「むー。そんなこと言う、ヨクトはできるの?」
「ふふん。かしてみろよ」
おお。プロの参戦ですか。しかし、ナユタを抱えたままじゃぁ上手くできないだろう。
そう思って、ナユタを受け取ろうとした俺の手を無視して、ヨクトは座り込んだ。
あぐらみたいに足を組んで、その上にナユタを乗せる。ナユタの体が安定したのを確認してから、ヘレからスマホを受け取った。
無視された手が悲しいです。
「見てろよ。サバイバルサバンナ最強カバ杯をクリアしてやるよ」
あ。ごめん。それ俺でも無理なやつだわ。
現在出ている中で激難マップを選択したヨクトに、俺は心の中で合掌した。
カバは強い──らしい。
動物園のもっさりとした、おでぶなカバしか知らない俺には想像もつかないのだが、カバは強いそうだ。
最強にして最悪。それが自然界のカバである。
そんなカバに叩きのめされたヨクトが、プライドを粉々にされてへばっていた。
悲しみをごまかすかのように、膝に抱えたナユタの頭をぐりぐりしている。ナユタは邪魔そうに手を振り上げて──負けているのがなんともいえない。
そう。カバは強いのだ。
現在の手持ちの武器では倒せない相手なのだ。
俺の攻略もそこで止まっている。
強力な友人がいれば、五割で勝てる。強力な友人がいても、五割で負ける。
そんなチート敵なのだよ。
このカバをどう倒すか──課金して、強力な武器を手にいれるか、地味にレベルを上げるか、強力な助っ人に寄生するしかないのだ。
課金していないうえに、基本レベルで放置している俺のキャラクターだ。カバ様をソロで倒すなど夢のまた夢なのだよ。
どうだ。カバの強さ思い知ったか。
「はーい。残念でした」
「なぁんだ。ヨクトもへたっぴぃなのー」
「うー。ヘレよりはウマイもん」
くすくすとヘレがヨクトをからかう。
確かに、ヘレに比べるとヨクトは上手だった。もしかしたら俺より上手かもしれない。
五連鎖六連鎖をナチュラルに揃えていたもんな。意識して五連鎖を作るのは、俺でも苦労するというのに。
六連鎖なんぞは、意識して作れたことありませんっての。失敗して二連鎖になるのが関の山である。
ナユタがスマホに向かって手をのばしていた。
ぺちぺちと催促するようにヨクトの腕を叩いている。
「なんだ? ナユタもやるの?」
「はい。どうぞ」
いや、さすがにナユタには無理だろう。
そう思って視ていると、ナユタは渡されたスマホを両手に持って、上に向けたり下に向けたり。裏返しにしたりしている。
やっぱり使い方は分からないみたいだ。
ですよね。幼児だもんね。
ナユタならカバ様に勝てるんじゃぁ、とか言わなくて良かった。変な人だと思われるところでしたよ。イヤン。
しばらく触って飽きたのだろうか、ナユタが俺にスマホを返してくれた。
大人しく返してくれて良かった。
友人は、弟にスマホをかじられたとか、なめられてべちゃべちゃにされたとか言っていたから。
ナユタは賢い、良い子ですね。
「ありがとな」
「ん」
お礼を言って受けとると、ヨクトがプと頬を脹らませた。
なんだ。何が気に入らないんだ。
「ナユタ、ヘレ。行こっ」
「え。ちょっ……」
可愛くなくベーっと舌を出して、ヨクトが立ち上がる。
ナユタを連れたまま草原に走り出して云ったのを、ヘレが追いかけて行った。
「え……何があったんだ……」
三人がいなくなって、一気に寂しくなってしまった。
そういえばメアとシロはどうしているのかと思えば、トカゲと一緒に何かを覗きこんでいるようだった。
おやぁ、いつのまにトカゲが増えたんだろうか。
まあ、大人しくしてるなら良いさ。
メアも少し成長して、幼稚園児くらいにはなっている。幼稚園児といえば、親から離れる準備期間中だよな。
昼寝も一人だし、着替えも一人。
早い家では塾通いが始まると言う噂もある、幼稚園児だ。
メアより小さいナユタには、ヨクトが付きっきりだし。
なんだかいきなり手が要らなくなってしまった。
いや、今までも手はかからなかったけどね。それ以上に手がかからないなぁと。
まぁ、いいか。
途中だったゲームを再開しようと、画面に目をやって──見馴れない画面に「おや」と思った。
いつの間にかExcelっぽい画面が開かれているのだ。
でもコレはスマホだし。このサイズでExcelって、見辛いことこの上ないよね。
っつーか、Excel入ってたの知らなかったわ。さっきナユタが触ってる時に開いてしまったのだろうか。
俺はExcelを閉じようとして、変な事に気がついた。
「あれ。コレExcelじゃねえし」
そう、青色のバーには"Mgcel"と書かれていたのだ。
どんなパチもんだよ、これ。
笑って終了させようとした俺の目に飛び込んできたのは──"Mf(x)="。
どこかで見たことのある文字だった。
おそるおそるクリックしてみると、新しいウィンドウが開かれる。
"魔法関数"と書かれたウィンドウだった。




