銀世界の俺。寒すぎて猫はお留守番
そこは見渡す限りの銀世界だった。
視界の全ては雪で覆われ、雪を巻き上げた強い風が体に叩きつけられる。どんどんと奪われてゆく体温に、体が悲鳴をあげていた。
「ゆき? ゆーきぃー」
「うひゃぁ、ひゃゃぁ?」
ぱっと飛び出したヘレとヨクトが、強風に押されて体勢を崩す。とっとと、と転がりそうになっているのを、あわてて引っつかむと安全な後方に放り投げた。
「マジで北極なのか……」
「さむいの。いひぁってするの」
くいくいとメアが服をひっぱってくる。
他の子供達は安全な場所に陣取って、雪の中にいる俺を見ている。
先ほど飛びだしていたヘレとヨクトも、びっくりした顔で俺と雪と自分達の手を見比べている。
のんびりくつろいだ姿に、寒い場所に居続けている理由が分からなくなって──俺は体をかがめて雪を丸めると、子供達に向かって放り投げた。
「ほら、ほらほら。つめたいぞー」
「いやぁー」
「ぎゃーぁ」
いくつかの雪だまを放り投げていると、手が真っ赤になってガタガタに震えてきた。
うん。寒い……。
じっと、目の前で雪玉が溶けていくのを見ていた。
草原の中に放られた雪は、暖かな環境に耐えられず形を崩してゆく。
俺の手も、真っ赤に凍えていたのだが、ほんの数分で健康な状態に戻っていた。
冷たいだろうに、ぎゅっと手を握って暖めてくれたヘレとメアの優しさには涙が出る。
男共はだめだね。
形を変えてゆく雪玉に興味津々で、俺のことなど目の端にも入っていない。
初めて見て触った雪だもんな。そりゃぁ気になるだろう。
ついでに俺も、現状に興味津々です。
俺が座っているのは草原だ。たんぽぽのような花がそよ風にゆれている、いかにも"春"という季節。
それなのに、ほんの一メートル先は真っ白だった。
まるで家の中から外を見ているような、ガラスが一枚はめ込まれているかのように、まっすぐな境界が引かれているのだ。
向こうの"白"は雪の白で、本当に寒かった。かっちかちに凍ってしまいそうな寒さ。
そもそも、雪が降っていると言うことは氷点下なんだろうに──俺、良く軽装で出ようと思ったよね。せめて厚着して行こうよ。
それもこれも、トカゲの言っていた『ここは北極』という言葉を信じていなかったからなんだけど、もしかしたら、本当に北極なのかもしれない。
少なくとも、草原一帯が変な空間だということは良くわかった。そういえば動物もシロしかいないしな。
昆虫すらいないというのは、そうとうおかしな地域なのだろう。
それも"北極"の不思議地帯ゆえ、というのなら納得できなくはない。理解はできないけどなぁ。
最後まで残った小さな雪のカケラで遊び始めたヨクトとナユタを見ながら、俺はこの世界の理不尽さに思いを寄せていた。
が! のほほんと、そんなことを考えている場合じゃなかった。
なんと遊んでいるうちに、ヨクトとヘレが倒れてしまったのだ!
なんか赤い顔してるなーと思っていたら、いきなりバタン。
しかも体はあっつあつ。熱まで出ていたのだ。
苦しげな息をする二人を抱え、あわてて家に引き返すと──なんと歩いて三十分だ──ベットに二人を放り込んだ。
「ぱ、ぱぱ……たすけて……」
「よしよし。まかせろ。でも、ちょっと大人しくしてろよ」
「うー……」
うなされる二人の頭に、濡れタオルを乗せる。
「シロ、二人をみててくれな」
「にゃぅん」
まかせろ、というように前足を上げたシロの頭を撫でて、ベットに上げる。
二人の様子が見えるように位置を調節してやると、シロは大人しく座り込んだ。
「すぐに帰るからな。頼むぞ」
「にゃーぅ、にゃにゃ」
早く行け、とシロに足を振られる。
なんだか、かなりショックだったが、この場合はシロが正しいのだろう。
というか会話が成り立ってる気がするのだけど……まぁ、前からか。気にしたら負けだな。
後ろ髪を引かれながらも、ダッシュで引き返す。走ること十分ちょっと、ナユタとメアは先ほどの場所で大人しく横になっていた。
「良かった。大丈夫だったか?」
「パパ、おかえり」
「……パパ」
声をかけると、二人は体を起こした。
周りには誰もいないけど、万が一にも雪の中に飛び出していたら見つけられなかったかもしれない。
大人しく待っていてくれたことに感謝して、二人を抱き上げて──ん?
ナユタの体が冷たい?
「ナユタ、外に出たのか?」
じっとナユタに顔を近づけると、ナユタは無言で顔をそらせた。
「ヘレはいたい? ヨクトはいたい?」
「メア……。今はベットで休んでいるよ。きっと大丈夫、だから早く帰ろうね」
メアがごまかすように声をかけてくる。って、ごまかしてるんだろうな。
保護者がいないのに危ないことをしたのは叱りたいけど。でも、まあ、家に帰るのが先だな。
ナユタも熱を出すかもしれないし。
「しっかりつかまって。走って帰るからね」
そして、またダッシュ。今回は二人の意識がある上に、ナユタが軽いから助かった。だが、軽いとはいえ、子供達を抱えて走るのはそれなりにきつい。
なんとか、高校生のありあまる体力を駆使して走り切ったが、わき腹がそうとう痛む。
ヒイヒイ言いながらも家に帰り着くと、二人が寝込んでいるベットにナユタとメアを放り込む。
風邪がうつるかもしれないが、ベットは一つしかないので勘弁だ。
近いうちに増やしておくからさ。
息を整える暇もなく、ヘレとヨクトのタオルを取り替える。
家を空けたのは四十分程度だろうか、タオルはしっかりと熱くなっている。どれだけ熱が出てるんだろうか、これ。知りたいけど知りたくないな。
とりあえずタオルを冷やしなおして、様子を見る。
一息ついたら余裕も出てくる。
ナユタ達を相当乱暴に扱った気がするが、二人はすでに夢の中だった。
シロがメアの頬に顔を寄せている。
「シロ。メア達は大丈夫だから、こっちにおいで」
シロを膝に抱え、首筋をもみながらヘレとヨクトの様子を見守る。
タオルは、ほんの十分で暖かくなってしまうのでまめに取り替えることにする。
二人のことが心配で心配で、容態が落ち着くまでつきっきりで世話をしていたら、いつの間にか転寝をしていたようだった。
いつもは眠くならないのに、どうしてこんなときだけ眠くなるんだろうね。
あれかな、休み時間は眠くないのに、授業中だとすっごい眠くなるのと一緒なんだろうか。
とにかく、ぐっすりと眠っていた俺は、朝になって子供達に揺り起こされたのだった。
「ぱぱ。おきて、ぱぱ」
「じじぃー、早くおきろよ」
じじぃ? じじぃだと、誰が?!
信じられない暴言に、俺はぱっと顔を上げて──小学生サイズのヨクトとヘレを見て、目を丸くさせたのだった。




