柱の傷と俺。ハリセンボンは後悔の味
「パパー」
「ぱぱ。ぱぱぱ」
朝になって子供達が起きてくると、いきなり賑やかになる。
静かな夜にのんびりスマホをいじるのも良かったが、思いもよらない子供達の行動に右往左往するのも、また楽しい。とでも思わないとやってられません。
「おはよう──ん?」
挨拶をしながら立ち上がり四人を見下ろすと、どこか違和感を感じた。
なんでだろうと四人をじっと見て──頭一つ分、メアの背がのびているのがわかった。
いやいや、まさか。
昨日は普通だったよね。なんで?
「め、メア。少し成長したな」
いつものようにメアの頭を撫でてやるが──うん、やっぱり高さが違う。
そのメアの横で「おれも、おれも」とヨクトが跳び跳ねていた。
「お、おお。ヨクトも少し高くなったな」
メアほどではないが、ヨクトも大きくなっている。
コピペレベルでそっくりだったナユタに比べて、肩の高さ変わっていた。
「ぱぱ。ヘレの、だめ?」
ほとんど変化のないヘレとナユタは、しょんぼりして見える。
けれど、よく見たら、もしかしたら、少しは育っている──の、かもしれない。
「よし。ちょっとまってろよ」
せっかく持ち家モドキがあるので、子供達の成長のメモリアル。背比べをすることにする。
どうせ犠牲になるのは、柱一本だ。
きゅきゅきゅ、と壁にマーカーを引く。
真っ直ぐせをのばした子供達の横で、シロも後ろ足で立ち上がって背を伸ばしていた。
後ろ足に体重をかけようとしてバランスがとりきれず、プルプルと震えている様子にほんわかする。体勢をととのえようとしているのか、前足をつきだしているのが可愛い。
このままずっと見ていたいところだけれど、シロに「はやくしてー」と訴えられている気がして、手を動かす。
茶色のマーカーで耳の先にチェックをつけると「ふにゃぉうん」とシロは満足そうに鳴く。そのまま、マッサージするように後ろ足の毛繕いにはいった。
子供達にも、順番に頭の上で線をひいてやる。くるりと振り替えって、自分の身長を確認したヨクトは、なぜかがっくりと肩をおとしていた。
「なんだ。メアに負けたのが悔しいのか?」
「そう。それに、ナユタのいっしょはいい」
ふむ。このヨクト語を解読してみると。
メアに負けて悔しい気持ちはある。
それ以上に、ナユタと一緒──同じが良かったと言うことか。
たしかに、双子のわりには、成長のしかたが随分違う。
ヨクトとナユタには、俺の指三本くらいの差ができてしまっていた。
「じゃぁ、おそろいの髪型にするか? 今はナユタのほうが長くなってるみたいだけど」
成長速度が違うのは、身長だけではなかった。髪の長さもヨクトとナユタでは違っている。
それか長さは同じでも、身長の差で違うように見えるだけなのかもしれない。
とにかく、そっくりにするには、髪を整える必要があるのだ。
「うー。えーあーうーん」
ヨクトはうなっていた。
そっくりになりたいなら、ナユタに髪を切ってもらえば良いのに。どうしたんだろうか。
「やめ。ナユタのきず、だめ」
お? お、おお。
感動した。自分の希望よりもナユタの身を守ることを選ぶとか。なんと兄弟思いなんだろうね。
髪の毛を切ることが"傷"なのか? という問題は置いておくとする。まあ、ハサミで切るからね──俺が。
取り返しのつかないことにならないとは保証できない。
俺はいつもヘアサロンで切ってもらってたしさ。他人の髪の毛を切ったことはない。
しかし、アレだよな。
以前にナユタがいじめられてたのも助けたし、今回もナユタの髪を切らせなかったし。本気で。ヨクトはナユタを守ってるんだろうな。
双子の兄弟でなければいい話なのに、と思っちゃいけないんだろうなぁ。
うん。家族愛、家族愛。
「ヨクトはナユタの王子様なんだなぁ」
「ぶー」
「えぇ……」
子供達には不評でした。
そうだね、相手はナユタだし王子様じゃないね。
「ごめんごめん。えーっと、王子じゃなくて。ナイトだね。王様を守る騎士みたいだからね、カッコいいよ」
「ないと。おれ、ないと!」
ぱあ、とヨクトの顔が輝く。
むう、とヘレがすねた顔をした。
「ぱぱ、ヨクトはナイト、ナユタにおうさま。ヘレの?」
そうだねお姫様かな──って、しまった。女の子は二人いる。一人はお姫様として、もう一人をどうすればいいのか。
そうだ!
「そうだね。王様がいるから、お妃様はどうかな。王様と結婚して──」
「や──っ!」
ヘレが被せぎみに否定してきた。
チッ、良い案だと思ったのに。
「ヘレ、ぱぱとけっこん! ナユタのヤ」
しまった、そうだった! ヘレはナユタが嫌いと言っていたんだ。
たしか、怖いとか。
冗談でも、そんな相手を進めたんじゃあヘレが嫌がるのも仕方がない。
あああ、ヨクト。そんな目で見ないでっ。
「そ、そうだったねー。ヘレは俺の奥さんになってくれるんだよね。成長がタノシミダナー」
勘違い、ただの勘違いですよ。深い意味はありません。
だから泣かないでぇぇ。
俺の足にしがみついて泣き出したヘレをあやす。
「ごめんな、ごめん。間違えちゃったんだよ。
ああ、ほら、約束しようね。ヘレが大きくなったら結婚する約束をしような」
「うん。ぱぱ、うそ……だめよ」
ごめんと謝りながら、ヘレの小さな小指と指切りをした。
小さな指っていうけど、本当に小さいんだよ。こんな小さくて、ふにふにした幼児と結婚の約束するってどうなの自分?
非常事態だから。これは、泣き止ませるための非常事態。
本心ではありませんよー
「……嘘ついたら針千本のます。指切った!」
「はり……せんぼん……」
ようやく泣き止んだヘレの向こうで、心底嬉しそうにヨクトが笑っていた。
「パパ、わたしは?」
お願いします、メアさん。少し時間をください。
いっぱいいっぱいなので、もうちょっ待ってくれるとうれしいです。
できたら、明日まで。




