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7   六十井 朔 4

 逃げ出した二人を見送ると、朔は改めて鶴見ヶ丘に向き直る。


 この時朔は、鶴見ヶ丘も条件次第では、見逃しても良いと考えていた。


「なぁ、鶴見ヶ丘。 お前生きて帰りたいか?」


 朔の言葉に、震えながらも小さく頷く鶴見ヶ丘。


「それなら、幾つか条件を飲んでくれたら見逃してやってもいい」


「な、なんでもする! お金が欲しいならいくらでも出す! だから、頼む。 こ、殺さないでくれ」


 助かる可能性があると判った鶴見ヶ丘が、朔に縋りつくように懇願してくる。


『ねぇ、ねぇ、あの人間、もうそろそろ好い感じなんだけど、食べてもいいかなぁ~?』


 そこに割って入るように、悪魔が打ち抜かれた四肢から血を流し続け虫の息となっている社長ブタを指差し、お預けをさせられている犬の様な顔で、話しかけてきた。


 悪魔も一応は、遠慮と言うものを知っているようだ。


「好きにしろ」


『久しぶりの活け作り! 相棒! グッジョブ!』


 相変わらず訳の分からな事を叫びながら、死にかけている体に悪魔は飛び寄ると、手を伸ばし、朔には見えない何かを掴んで、口に放り込み始める。


 悪魔が手を伸ばし何かを掴む度に、ブチブチブチと筋が引きちぎられるような音と、間も無く社長だったになる者があげる、断末魔の悲鳴が聞こえた。


 隣で、目を見開いて奥歯をガチガチ鳴らしながら震えている鶴見ヶ丘が、朔と見えている光景が異なっている事を悟らせてくれる。


「ああは成りたくないだろう?」


 鶴見ヶ丘にはどう見えているのか朔には想像も付かないが、そんな事を億尾おくびにも出さず、交渉という名の脅迫を再開する。


「だ、だじゅけてぐで……わるがった、お、おでがわぢゅがっだ」


 立ち上る異臭に目を向ければ、鶴見ヶ岡の股間にシミが広がっている。匂いからして、大きい方も垂れ流しているだろう。目の焦点は合わず、半ば精神が崩壊しかけているのが、手に取る様にわかる。


「そうか、なら話は早い。 実はお前に通訳してもらったあの話な、嘘では無いが、二つばかり、わざと伝えていない事があるんだ」


「ぞ、ぞれで…?」


「一つは、お前にも付いている刻印なんだが、これは本人が罪を償わない限り、どれだけ神に祈ろうと、決して消えない」


 嘘である。そんな話は悪魔から聴いていない。だが、助かろうと必死に話を聞く鶴見ヶ岡の顔に、絶望の表情が浮かぶ。


「もう一つは、刻印がされている限り、悪魔によって徐々に命を奪われ続けやがて死ぬって事だ」


 絶望に絶望を重ねるように、話を続ける朔。


「ここまで言えばお前なら分かるだろう? 悪魔に喰われないようにするには、国に帰って何をすればいいのか」


「でぼ、ぞんなごどずれば、ババにごこだれる」


「大丈夫だ。警察に護って貰えばいい。 その為には、帰ったら直に駆け込むんだ。 信用してもらう為に、ちゃんと証拠も用意して行かないと駄目だぞ?」


「わがっだ。よういずる」


「よし、良い子だ。 お前がいい子で居れば、悪魔に食べられないように、俺がお願いしてやるからな?」


 一体今自分はどんな顔をしているのだろうか。朔が褒めると子供の様に安心しきった笑顔を向けてくる鶴見ヶ丘の顔を見ながら、他人事のような思考が頭を掠める。


「そうだ。 お前、携帯持っているか?」


 朔が聞くと、無言でスマフォを差し出してくる、鶴見ヶ丘。


 それを受け取り、朔は国際電話をかけた。


『もしもし……』


「もしもし、部長ですか? 六十井です」


『さ、朔君か? 無事だったのか』


 電話の向こうで、義理の父が応える。


「はい、なんとか。 それと、社長から全て聞きました……」


『……そうか。 今更許してくれと言っても、無駄だろうな』


「えぇ、そうですね。 だから、一つ頼みたい事が有るんです」


『なんだ? 私の出来る限りの事は何でもすると約束しよう』


「娘の事をお願いします。」


『しかし、あの子は…』


「分かっています。俺の子じゃないかも知れない事も。 それでも、生まれて三年、俺にとっては間違えなく、自分の子供だったんです。 だから、せめてあの子が大人になるまで、俺の変わりに見守ってください。 俺はもう、あの子に会うことは無いでしょうから」


『……分かった、約束する』


「では、お願いします」


『あっ、ま、待ってくれ』


 用件は済んだと、朔が通話を切ろうとした時、電話の向こうで呼び止める声が聞こえた。


『社長は、社長はどうしている?』


「……死にました」


『なっ! まさか…君が?』


「ご想像にお任せします」


『そうか…、そうだな』


「ええ、そうです。 では、あの子の事はお任せします。それが貴方のつぐないなのですから」


『あぁ、任せてくれ。 娘の事は本当に済まなかった。決して許される事とは思っていないが、それでも、君のような息子が出来て、私は…』


プツッ、ツゥーツゥーツゥー……


 朔は最後まで聞く事も無く、通話を切るのだった。



 スマフォを鶴見ヶ丘に渡し、それで助けを呼ぶように伝えると、朔は兵士の死体からいくつかの武器を奪うと部屋を後にした。


 娘の事はあれで良いと、自分に言い聞かせている。実家の親に預ける事も考えたが、自分の息子を殺そうとし、そして自分の息子が殺した男の子供かもしれない相手を育てる苦悩を、両親に味あわせるわけには行かなかった。


 妻だった女のことは忘れた。思い出す度に殺したくなる反面、自分が惨めな気持ちになって、居た堪れなくなってしまう。あの女もこの先、まっとうな人生は歩めなくなるだろう。それでいいと、思うことにした。


 理論武装と現実逃避、どちらとも取れる事を考えつつ、朔が建物から外へ出る。


 途端、三方から浴びせられる、銃弾の雨。悪魔の力がなせるわざか、一瞬にして思考が戦闘モードに切り替えられる。朔にはそれがとても有難かった。魂の底から怒りと復讐心がわきあがり、全てを塗りつぶしてくれる。もう余計な事は考えないでいい。後は只、殺すだけだ。


 肌を刺す弾丸の痛みすら、今の朔には祝福の雨にさえ感じられた。


 知れずに、唇が笑みの形に持ち上げられる。


(さぁ、皆殺し(ジェノサイド)の始まりだ!)


 朔は心の中で叫ぶと、悪魔に生贄を捧げる為に走り出した。



 **********



 数ヵ月後。朔の足元には、無数の死体が転がっていた。


 朔が監禁されたアジトには、500人近くの兵士が詰めていた。そして悪魔はその全てに刻印を刻んでいたらしい。兵士達の半分は逃げ出し、残り半分はその場で生贄に捧げられた。


 そして逃げ出した兵士を追って、朔はいくつもの拠点を潰し、その途中、悪魔が魂を食べる姿を横目に見ながら、拠点に設置された映像資料で武器の使い方を覚え、ネットで幾つかの情報を集めていた。


 朔の故郷では、あのプロジェクトの裏側を暴く報道合戦が、ネットとマスメディアによって繰り返されている。


 その中には、鶴見ヶ丘ホールディングス社長の自殺を伝える物も有り、同社に連なる会社は全て実質的な倒産へと追いやられていた。調査の手はプロジェクトに参加した各社にまで及び、多数の逮捕者をだし、朔の妻の名も共犯者の中にあげられていた。現職大臣の辞任も報じられている。



 そして、朔が今居るのはうち捨てられていた古城の地下。


 次々に拠点を潰されていくテロ組織が危機感を感じ、持てる全ての兵力をこの古城に集結させ、立て篭もったのだ。


 朔が流し続けた情報が功を奏したのか、テロ組織の弱体化を感じ取った連合国軍は、地上戦を展開し始め、活動地域の包囲は完成させている。しばらく前から、テロ組織の構成員に脱出路はなくなっているだろう。


 刻印を刻まれた者が遠くに居る反応も無い。


 古城には四千人近い兵士が集められて居た様だが、朔にとっては何の意味も無かった。


 逃げる敵を追い詰め、殺し、生贄に捧げ続ける。そしてその魂を元に悪魔が魔力を生み出し、朔に力を与える。その繰り返しだった。


 古城の地下で朔が最後に手にかけた男は、テロの勢力圏で街に張り出されていた、看板やポスターでよく見た顔をしていた。恐らくこの男が首魁だったのだろう。


『ごちそうさま~。 もうこの辺りに生きている人は居ないみたいだよ~』


 悪魔が満足そうな顔で朔に伝える。


 その時、統一された装備の一団が地下室に雪崩込んで来た。


『へ? なんで? この辺りに人間はいなかったのに。 なんでこんな不味そうなのがいっぱい出てくるのよ!?』


 全く危機感の篭っていない明るい声で、頭に「?」マークを浮かべる悪魔。


 その横で朔は、手にした武器を落としながら、両手を挙げる。


「あぁ、終わったんだな」


 朔は、達成感と共に、心の中から、何かが抜け落ちていくのを感じていた。






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