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5   六十井 朔 2

 次に朔が目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の中だ。


 切り出した石を組み上げたような部屋。窓には鉄格子がはまっており、一つしかないドアも頑丈そうな作りをしており、扉の上の方に付いている覗き窓にも同じ様に鉄格子が嵌ってる。


 朔が寝かされていたのは、簡素なベッドの上だった。右腕には止血の為だろう襤褸切ぼろきれが巻かれている。


「痛っ」


 しかし、その右腕は大きく晴れ上がり、ズキンズキンと脈打つ様な耐え難い痛みを訴えてくる。


(骨…折れてるのかも)


 痛みに顔をしかめながら、ベッドから身を起こした。朔が起きた事に気が付いたのだろう、ドア向こうから此方を窺っている男と目が合った。


 男の肌は浅黒く焼けた現地の住民のそれで、朔の知らない顔だった。


「おいっ! ここは何処だ!? 俺はどうしてこんな所に居る? 田崎は……そうだ! 田崎達はどうなったんだ!? おい! 何とか言えよっ!」


 軋む身体で、足を引きずるようにドアへ向かい歩きながら、声を荒げる朔。


 返って来たのは現地の言葉。朔の知らない言葉だった。


「日本語を話せる奴はいないのか!? お前の他にも誰か居るんだろ? 今すぐ呼んで来いよ!」


 言葉が通じない事に苛立ち、朔はさらに声を荒げる。


 パンッ!


 乾いた破裂音と供に、何かが朔の横を通り過ぎる。


(へ?)


 見れば、覗き窓の鉄格子の隙間から、銃口が向けられていた。


(なんだよ? 撃ったのか?)


 認識した途端、腰から崩れ落ちる。恐怖で全身の震えが止まらなくなる。


 そんな朔の姿に、ドアの向こうに居る男は「フン」と、嘲る様に鼻を鳴らすと、興味を無くしたのか離れていった。


(い、一体どうなっているんだ? ここは何処なんだ? 俺は、俺は殺されるのか?)


 震えが止まらないまま、朔は様々な疑問と恐怖にさいなまれ続けた。


 どれほどそうしていただろうか、気が付けば空が赤らみ始める頃、錆付いた金具のこすれる音がして、ドアが開く。


 夕食なんだろう、銃を背にかけた男が、ナンと雑多な煮込み物が乗せられたトレーを、運んでくる。


 トレーを運ぶ男の後ろにもう一人、銃を構えたまま部屋に入らず様子を窺っている見張りが居る。


 男はトレーを備え付けの小さな棚にも見える、質素な机の上に置くと、朔に向かって小さく顎をしゃくって見せる。食えと言っているのだろう。


 朔はのそのそと動いて机に近寄っていく。その姿に苛立ったのか男からチッと舌打ちをする音が聞こえた。この時朔が男の方を見ていたら、気が付いただろう、舌打ちの後に男が何か面白い事を思いついたような嫌らしい笑みを浮かべた事に。


 そして朔がようやく食事へと手を伸ばしたとき、視界の端から黒光りする棒のような物が差し出され、トレーの端を引っ掛けテーブルから落とした。


「なにを!?」


 朔が声をあげ男を見ると、男は背負っていたはずの銃を構えて、銃口を朔に向け笑っていた。黒い棒はあの銃の銃口部分だろう。


「ひっ、ひぃぃ」


 驚きと恐怖で尻餅をつき、そのまま後ずさる朔。


 その姿が滑稽だったのだろう、男は朔のほうを指差して笑い声をあげている。


「お、お前達は、俺をどうする積りなんだ? 頼むから、家に帰してくれ」


 尻餅をついた姿勢から、無駄だと知りながらも朔は声をあげるが、今度はその姿が気に入らなかったのか、男は朔の右腕を蹴り上げてきた。


「あがぁぁぁぁぁぁっ!」


 余りの痛みに、右腕を庇いうずくまる朔。だがその後も、男は手加減する事無く、ブーツを履いた足で、朔の背中を踏みつけてくる。


 何度も何度も。やがて満足したのか、現地の言葉で何か言い捨てると、床に落ちたトレーを拾い、ナンと煮物を踏みつけて部屋を出て行った。


 男が部屋を出て暫く、ようやく痛みが引き始めた朔は、床に落ちた食事を呆然と眺めていた。


 腹が減っているのは分かる。


 でも、床に落ちた物を食べるには抵抗がある。ましてや踏みつけられた物だ、できるなら食べたくない。


 あれ以降代わりの食事が運ばれてくる事もない。

 

 あれに手を付ければ、人間として大事なものを失ってしまうような気がする。


 食べなければ死んでしまう。


 こんな事が続くなら、いっそその方が……。


 そんな、思考とも感情とも付かない、取り留めないものが頭の中で繰り返されていた。


「それでも、俺は帰るんだ。家族の下に、女房と娘の居る所に」


 暫く呆然としていた朔だが、意を決して呟くと、無事な左手を床の上に伸ばして、落ちた食べ物をむさぼり始める。


(情けない!)


 そんな気持ちが溢れ出て、涙と鼻水にぐしゃぐしゃになり、嗚咽を漏らしながらも、食べ続ける朔。


『ほんと、惨めね~。 あんたこのままじゃ死んじゃうよ? それでも良いの?』


 そんな朔に少女のような声が聞こえた。


 朔の国の言葉じゃないことは分かる。それでも意味は理解できる。耳元で話しかけられているような、直接頭の中に響いて来るような、掴みどころの無い、それで居て心に染み込んで来るような声。


「だれだ?」


『ん~、悪魔、かな? あんた達の言い方だとそうなると思う』


「悪魔? は、ははははははは」


 ついに幻聴も聞こえ始めたかと、朔は力なく笑った。


『ちょっと、相手に名乗らせておいて、何笑ってるの! 失礼ねっ!』


「あ、あぁ、そうだな。 だが悪い、食べたら眠くなってきた、話なら後にしてくれ」


 床に落ちた物でも食べれば、腹がちるらしい。そんな事を考えながら朔は眠気に囚われ始めた。かなり疲れも溜まっている様だ、当然と言えば当然なのだが。


『そう? まぁ、いいや。 暫くはあんたの傍に居るから、話したくなったら何時でも声をかけてね。 アタシの感だけど、多分長い付き合いになると思うから』


(そうか、こんなのが長く続くのか、御免だな……)


 そんな事を考えながら、朔は眠りに付くのだった。



 **********


 それから三日、朔は未だ開放されていない。食事は一日二回、似たようなメニュー。右手の感覚は既に無く、傷からは嫌な匂いがし始めていた。熱も出ているのだろう、ぼうっとした脱力感が纏わり付いて離れない。


 悪魔と名乗った少女の声はあれ以降も、何度か話しかけてきた。食事の度に定番となった暴力が去った後など、


『あいつ、むかつくでしょ~? なんなら殺させてあげようか? アタシと契約したら、簡単にできちゃうよ? ただし、殺した相手の魂はアタシのもの。 これは絶対だからね?』


 等と、悪魔にふさわしい事まで口走ってくる。


「殺す? 俺が人を?」


『そそ、やってみれば、案外簡単よ。 なにより、このままじゃあんた本当に死んじゃうから。 アタシ的にも、せっかく見つけた契約できそうな人間なのに勿体無いよ。ね? 契約しよ?』


 悪魔との契約どうこうは置いておくにしても、自分が人を殺す所が想像も出来無い朔に、悪魔は更に誘惑……のようなものをしてくる。


「まぁ、考えておく」


 どの道自分が起こしている幻聴なのだから、どうでも良いかと、その場は会話を切り上げた朔だった。 

 

 そして、


(やっぱり、このまま死ぬのかな?)


熱と疲労で纏まらない思考の中そんな事を考えていた時。何時もの音を立ててドアが開かれた。


 食事の時間には未だ早い。視点の定まらない目でドアの方を眺めるように見つめる朔に、いつもの男が構えた銃の先をクイと回し、部屋から出るように促す。


(あぁ、やっとこの部屋から出られる)


 その先に何が待っているのかも、今の朔には考える余裕すらなかった。


 朔は、ふらつきながら部屋から出ると、外で待っていた別の兵士二人に両脇を捕まれ、引きずられるように連れられていくのだった。


 朔が連れてこられたのは、応接室のような雰囲気の部屋だった。


 戦闘服を着てテーブルに脚を投げ出し、偉そうにふんぞり返った現地人らしい男と、その向かいに立つ、スーツを着た見覚えのある二人の男性。


(社長、それに鶴見ヶ丘! あ、あぁ、助かった、俺、帰れるんだ)


 見知った顔に不安が払拭ふっしょくされていく。


 朔は、二人の前に投げるように、押し出された。熱と安心感で、立っていられず、そのまま床へ崩れ落ちる。そんな朔の顔が、


「なに生き残ってるんだよっ! この屑がっ!」


罵声と供に足蹴にされた。


 何が起こっているのかわからず、朔は自分を蹴りつけた鶴見ヶ丘を見上げる。


「はっ! 相変わらず鈍いな。 良いか? お前はあのテロで死ぬはずだったんだ! そうしなければ、保険金も何も入って来ないだろうが! なによりお前が生き残って人質に去れたお陰で、こいつらに脅されるはめに成っているんだぞ!? 分かってるのか?」


 ヒステリックにわめき始める鶴見ヶ丘。


(保険金? 脅される?)


 この国に出立する少し前、社長に呼び出され、生命保険に加入させられた事を思い出す。「まぁ、何かあるかもしれないから、念のためだよ念のため。他の皆も入ってもらっているから、気にする事はない」そんな風に言われた覚えが有る。


 反応の無い朔に、まだ理解できていないのかと鶴見ヶ丘は再び口を開く。


「まだ分からないのか!? つまりは、あのテロ自体、自作自演なんだよ! 俺達がこいつらに金を払ってやらせたんだ! あのパーティーに出席していた使えない屑共を有効的に金に変えて、世の中の役に立ててやろうとしたんだよ! それがどうだ、お前は爆弾で死ぬ事も出来無い屑で、挙句の果てにはこいつらに連れられて、テロの真相を公表されたくなければ、もっと金を払えなんて、脅しの材料にされる始末! どうして生きてるんだ! 期待通りに死ぬ事も出来無いのか、このうすのろがっ! 大体俺があの席に政府の要人を招くのにどれだけ苦労したと思ってるんだ! 上手く行けばプロジェクトの困難を理由に、もっと両政府から金を毟り取れる計画なのに……」


 鶴見ヶ丘のヒステリックな叫びはまだ続いているが、もう朔の耳には入ってこなかった。


 視線を動かせば、戦闘服の男は面白そうに薄ら笑いを浮かべ、こちらの状況を眺めていた。


「……なんで、生きてるって……それは田崎が……」


「ん? あぁ、田崎君? 田崎君なら死んでくれたよ。私の期待通りにね」


 朔の自失の呟きに、今度は社長が反応する。


「そんな、田崎は死んだ……じゃぁ、俺は? 社長? 俺は帰れるんですよね? 女房と娘の所に……」


「ふぅ~。君は本当に気が付いて居ない様だね。 君の女房とやらはワシの愛人だぞ。 いい加減しつこくなったので、適当な男でもあてがえばそのうちはなれていくだろうと、君を紹介したのだが、残念ながら色々満足出来なかったらしくてな、今でもワシに連絡して来おる。君が出張の時には特にな。 まったく、結婚式の最中に、仲人に迫ってくる女など初めて見たわ。 それも、お腹に赤子がいるにもかかわらずだぞ?」


 社長は悦に入ったように話し続ける。


「嘘だ、あいつが、そんな」


 もはや朔には、蹴られた顔の痛みも、右腕の傷の痛みも感じていなかった。それ以上に胸の奥が締め付けられる様に痛いのだ。 胃の中からも何か熱い物せり上ってくる感じがある。


「ん~? 君の女房が持っているブランド品や、海外旅行の金は何処から出ていたと思っているんだ? まさか、君の給料で全て賄えていたとでも思っていたのか?」


 朔の様子に気を良くしたのか。話はまだ止まらない。


「そんな、でも、義父おとうさん、義父さんは知っていたのですか?」


 いつも朔に優しくしてくれた、義理の父のどこか陰のある笑顔が頭をよぎる。


「当然だ。 もともと奴は、事業に失敗してな、多額の借金を背負っていた所をワシが肩代わりしてやって以来、ワシには頭が上がらんのだ」


「じゃぁ、その借金のかたに、妻を…?」


 微かな希望に縋ろうとする朔。


「逆だ。あいつの方から言い寄ってきたんだ。当時は援交なんてのが流行っていたらしくてな、あいつの傍に居た金持ちがワシだったと言うだけだ。 そして、あいつが高校生の時にワシの子供を身篭りおって、おろすのに父親の承認が必要と言われてな、その時から部長の奴もワシとあの女との事は知っておるよ」


「な……」


 朔は余りの内容にに言葉も出せず固まる。


「そうそう、子供と言えば、お前の娘な、アレはワシの子かもしれん。 まぁ、あの女が騒ぐようなら、DNA鑑定でもして、はっきりさせても構わんがな。 おぉっ! そうだ。もしお前の子供だったら、その時はどうだね鶴見ヶ丘君。もう少し育ててから君に譲っても構わんよ? 童女趣味と言うのもおつなものだろう?」


「社長それは良いかも知れませんね。その時は、この死にぞこないに迷惑をかけられた分も、たっぷりと可愛がるとしましょう」


(こいつら……。こんな奴らのせいで田崎は……。俺の娘は……)


『おぉ? いい感じになってきたねぇ~。 どお? こいつら殺したくなった? 契約しちゃう? 今ならここ(・・)の人間皆殺しまっしぐらだよ?』


(あぁ、そうだ。こいつは生かしておいたら、いけない。 このまま帰らせたらいけない…)


「悪魔よっ! 契約してやるっ! こいつらを今すぐ俺に殺させろ!!」


 それは、絶叫だった。どこにこれほどの力が残っていたのか、朔自身にも分からない魂からの雄叫び。


 もし、悪魔の声が朔の幻聴だったなら、もし、こいつらをこの場で殺せなかったら、朔はその場で狂い死ぬだろうと思わせる程の怒りが、胸の中で荒れ狂っている。






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