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4   六十井 朔 1

過去の話になります。


うつ展開大目。


 六十井むそい さくは、中堅どころのプレス加工会社で働くサラリーマンだった。


 趣味はアニメにラノベにネトゲを少々。


 お金さえ払えば誰でも入学と卒業が出来る、名ばかりの専門学校を卒業した後、フリーターと、ニートを経て、今の会社に就職できたのは32歳の時だ。


 何故か面接で社長に気に入られ、即日採用。その一年後、会社の部長の娘とお見合いして、半年後には結婚。それから暫くして娘も生まれ、入社四年目にして今は一工程約30人を任せられる課長に抜擢されている。


 社長の覚えめでたく、重役の娘婿。朔自身自分が有能な人材だなどと思ったことは一度も無い。それどころか、他人より劣ってすら居ると感じてる。それでも、立場から来るプレッシャーに潰されそうになりながらも、真面目に働いていた。せめてもの救いは、出張が多く、実際に現場で指揮をしているのは別人だった事くらいだろう。


「海外に新しく建設する現地工場の技術責任者。ですか?」


 ある日、出張から帰った朔は、社長室に呼び出された。


(何か失敗でも)


 と、冷や汗を流しながら、部屋に入った朔に伝えられたのは、この先数年は帰って来れないであろう、プロジェクトの部門責任者への辞令だった。


「あぁ、君なら期待通りの結果を出してくれると、私は信じているよ」


 脂ぎった肌艶に、でっぷりと肥えた体格の社長が、葉巻の似合いそうなたらこ唇を開いてそう言って来る。


 社長の見た目は、一昔前の悪役そのものなのだが、これでも結構恩情派なのだと朔は思っている。


 なによりニートであった朔を雇い入れ、奥さんを紹介してくれた所か、結婚式の仲人まで買って出てくれた、恩人なのだ。


「それと、君と一緒に田崎君、真野上君、木田君も、それぞれ責任者として参加してもらうつもりだ。 君とは仲が良いと聞いているし、供に頑張ってもらいたい」


 挙げられた名前を聞いて、全員途中入社組みだと思い当たる朔。


(社長は俺達にチャンスを与えてくれているのか)


 部門は違えど、途中入社組みは肩身が狭い。特に営業畑の田崎とは一緒に出張すことも多い。全体的は話は田崎がするのだが、技術面での説明とサポートに朔がついていく感じだ。


 取引先への説明を終えた夜。ホテルの部屋でよく二人で愚痴ってたりしたものだ。


 昨今の経営不振からの人切りの波を受け、今では途中入社にそれほどレッテルが貼られることは少なくなってきているが、朔より年上で会社一筋の40代50代となると話は変わってくる。入社して4年未だに打ち解けきれない所が有るのは事実だ。


 どうせ嫌になったらすぐ辞めるだろうと、未だに厄介事などは、朔の元へ積極的に回してくれる程度に仲がいいと言える。それが嫌で、会社を辞めてしまったら全て辞めた奴の責任にされてしまうのである。


 そんな彼らとは離れた所で、途中入社組みに手柄を立てさせてやろうと社長は考えているのかもしれない。


(それにしても、海外かぁ)


 朔の人生において、最も無縁なもの、それは積極性。もちろんこの歳まで海外に行ったことなど一度も無い。新婚旅行ですら沖縄なのだ。


 まぁ、奥さんに限っては、年に何回か娘を両親に預けて、友達と海外に遊びに行っているが、朔がそれに着いて行くことは無い。怖い事、知らない事は余りやりたくない、それが朔なのだ。


 それでも、家計が上手く回っているのは、やはり奥さんがやりくり上手なのだろうと、朔は考えている。


 海外への赴任に対する不安が顔に出ていたのか、社長が顎に手をあて「ふむ」と思案げに呟く。


「おぉ、忘れておった。それと君に合わせたい人物が居るのだった」


 少しわざとらしく、明るい口調で話す社長。朔の不安を感じ取って、気分を切り替えさせようとしているらしい。


「入ってきたまえ」


 社長は、朔が入ってきたのとは別の扉に向かって声をかける。


 少しして、その扉から出てきたのは20代前半の若い男。


 高級そうなスーツに身を固めた、痩せ気味の男は、何処か見下すような視線を一度だけ朔に向けると、社長の横へと歩いて並ぶ。


「紹介しよう。鶴見ヶつるみがおか 斗哉とうや君だ、今後君の下で働いてもらう事になる」


 この会社に居て彼を知らない人は少ないだろう。大手ゼネコン会社を中心とした鶴見ヶ丘ホールディングスの跡取り息子。社会勉強と言う名のコネで今年入社したばかりの新人だ。朔とは明らかに住む世界が違う。


「始めまして、鶴見ヶ丘です」


 こちらを窺うように目線を合わせたまま、軽く会釈する男。


「六十井です。こちらこそよろしく」


 鶴見ヶ丘の視線にどこか粘つくものを感じながらも、失礼の無いように挨拶を返す朔。部下に対しても基本敬語なのだが、入社一年目の新人にここまで気を使うのも滅多にあることじゃない。


(それにしても、俺の部下かぁ~。どうせなら、田崎辺りに押し付けてくれればいいのに)


 等と考えている事など、億尾おくびにも出せない。


「まぁ、彼の出自に関しては言うまでも無いと思うが、そう言う事だ。だから安心したまえ」


「安心とは?」


 社長の言いたい事を理解出来無い朔は、流す事もせず、その場でつい聞き返してしまう。


 そんな朔の対応に、社長と鶴見ヶ丘が「ふぅ」と、ユニゾンで溜息をつく。


「つまり、は、だなぁ」


 言いよどむ社長。


「六十井さん、政府がこの度産油国に経済支援を行う事を発表したのはご存知ですか?」


 社長の変わりに説明を始める、鶴見ヶ丘。


「えぇ、ニュースで見ました」


「この度のプロジェクトも、その支援の一環なのです。工場を作り、そこに現地の人々を雇い入れ、技術を教える。 そしてその工場の建設から、そこに繋がる道路等のインフラ設備、発電所などは、私の父が会長を務める鶴見ヶ丘建設が行うのです。 経済支援の一環な以上政府からも工場建設に支援金は出るでしょうし、一括して建築を行う為、建設費用も抑えられる。工場完成後は、工事に従事した現地作業員の受け入れ先にもなって貰ういます。もしかしたら、現地の国からも支援が得られるかもしれません。 それに、このプロジェクトが上手く行けば相手国のの国民にも働き口が増え、この会社は安い人件費で利益が見込める製品が作れる、こちらの国としても石油の安定的な供給が見込めるようになる。ウィン・ウィンな話なんですよ。わかりましたか?」


「まぁ、そんな所だ。何せ政府がバックについているプロジェクトなのだ、大船に乗ったつもりで安心して行き給え」


 国家支援? 政府? 思わぬ大きな話に朔の思考が停止しかけるが、やる事といえば、大船の中に与えられた、工場と言う僅かな個室の中で働く現地の人たちに仕事を教えるだけなのだ。


 それなら、自分でもやれなくは無いだろうと、思い直す朔であった。



 **********



 半年後。朔はホテルのレセプション会場に居た。


 工場の建設が予定されているこの国は、産油国のひとつであり、数年前までは内乱も有ったそうだが、今では周辺国と比べても比較的安定している。隣国等では未だに政府と反政府そして原理主義的な狂信者のテロリストとで三つ巴の扮装が続いているようだ。


 その飛び火でたまにテロもあるが、ここら一帯は落ち着いている。


 その証拠にこの半年、プロジェクトは思った以上に順調に進んでいる。そして今日はそのプロジェクト参加者の慰労を兼ねて、レシェプションと言う名のパーティーが、大手ゼネコンの各社主催で行われているのだった。


 参加者は両国政府の要人に、ゼネコン代表者数名と、プロジェクトに参画し、工場などの建設を予定している会社の現地社員達。


 パーティーなど普段行きなれていない朔は、同じように所在無さげにしている田崎達と壁の隅に固まって、時間が過ぎるのをただひたすら待っているだけだった。


 それでも、華やいだ会場の雰囲気には心を浮き立たせる何かがあり、街から一歩外に出れば砂ばかりで何も無いこの国に来てからの無聊ぶりょうを慰めるには十分な効果は有った様だ。


 いよいよパーティーも終盤に差し掛かり、参加者達は退場し始める。退場の順番はもちろん偉い順。


 よく仕込まれたホテルのボゥイが、会場上座付近に集まるお偉い様方の側近に送迎車の到着を知らせていく、事前に取り決めでもしていたのだろう、驚くほどにスムーズに会場から人がけて行く。


「あ、皆さんすいません。私は父の会社の昔なじみと、この後、旧交を深めようと言う事になりまして、その人の車に一緒に乗っていきますで、これで失礼します」


 ある程度お歴々が退場した所で、鶴見ヶ丘が此方に声をかけ、軽く会釈して去っていく。


 その顔には、どこかほっとした様な、安堵の表情が窺える。


 この国に来て彼は朔達の仕事を手伝った事は一度も無い。それどころか、ホテルすら違う為、この半年で顔を合わせたのは数えるほどでしかない。まぁ、入社一年目のお坊ちゃまに現場であれこれ口を出されてもやり辛い、朔達にとってもいい距離感なので、そのままにしている。ヘタな事を言って不興も買いたく無いし。


 それでも、今回のパーティーには、色々尽力していたようで、無事に終わってほっとしているといった所だろう。


「あいつも、意外と頑張ってるのかな?」


 鶴見ヶ丘を見送る朔に、田崎が話しかけてきた。


 田崎の性格を一言で言うなら、お人好し。営業職だが、巧みな口上や、コミュニケーションと言うよりかは、人柄で仕事を取ってくるタイプだ。たまに人が好過ぎて納期が滅茶苦茶な仕事を押し付けられたりもするが、そんな時でも、謝りながら残業している工員達に夜食を届けてくれたりする。営業職にしては珍しい現場受けの好い人間だ。


 そんな田崎が、少し憔悴して安堵の表情を見せる鶴見ヶ丘を見れば良い方に解釈してしまうのは、仕方ない事だろう。


「そうかも知れないな、俺達の知らない所であいつなりの仕事をしてるんだろう」


 田崎にそんな風に応えてしまう朔も、お人好しと言えばお人好しなのだろう。


 そんな風に過ごして暫く、ようやく自由解散になりそうだと、会場に残った各々底辺に近い社員達が息つき掛けた頃。


 エントランスへと続く会場のドアが、怒鳴り声と供に乱暴に開け放たれた。


(なんだ?)


 会場中の視線がそこに集まる。


 一瞬の静寂を切り裂いて響き渡る、自動小銃の連続する発射音。


 朔の右腕が後ろにはじかれると同時に襲ってくる急激な痛み。


「がっ、ぁっ」


 見れば右腕の肘と手首の間に赤黒い穴が開いている。


 右腕の穴から血が溢れ出てくる。


 未だに鳴り止まない、連射音。


 朔の横で田崎が崩れ落ちる。


 全てがスローモーションで現実感の伴わない光景。

 

 それでも田崎は、朔達が使っていたテーブルを倒しながら、器用に天板を入り口の方に向け、その陰に隠れるようにしている。


 そして、血に塗れた手を伸ばし、朔の左腕を引っ張りテーブルの陰へと引き込むと、その身体を朔に被せてきた。


「お、おいっ、田崎!」


 ここまで来れば鈍い朔でも何が起きているのか分かる。そして田崎が何をしようとしているのかも。


「やめろ! 俺なら大丈夫だから、お前も……」


「…ごぼっ悪い…六十井。俺が…大丈夫じゃ無いらしい……だから、お前だけも……子供いるんだろう?」


 田崎が被さっている朔の背中に、生暖かい液体の広がりをスーツ越しに感じる。


「まてよ! 直に軍隊が来て助けてくれるって、だから田崎もっ!」


 そこまで言いかけた所で、銃の発射音が鳴り止んだ。だがそこで聞こえたのは現地の言葉での叫び声。


 この国に来てから朔も何度か聞いた、神を賞賛する言葉。


(まさか!?)


 そう思った瞬間には、あたり一面に広がる爆風に巻き込まれていた。



 **********



 右腕の激しい痛みに気を取り戻す朔。床の揺れ方から、どうやら車で運ばれているらしい。背中に当たるごつごつとした感じは、トラックの荷台か何かだろう。


 うっすらと目を開けた朔が見たのは、銃器で武装し、朔の周りを取り囲むように座っている五人ほどの集団。顔は逆光になってよく見えない。


 装備は不ぞろいで、とても正規の軍隊には見えなかった。


 ガコと、荷台が振動するたびに、影となってる人の頭が揃って揺れる様はとても不気味だ。


(俺は助かったのか? それとも……田崎…)


 朦朧としながら、意識が保てたのはそこまでが限界だった。そして朔は再び気を失っていく。

 


 この物語はフィクションです。


 全て作者の妄想の上に成り立ってますので、実際の国、企業や団体などとは一切関係ございません。


 結構ドキドキでUPしてます。

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