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3   狩の終わり

 朔の身体に、先ほど喰らった魂を変換した悪魔の魔力が流れ込み始める。それに伴い、急激に拡張し始める認識力に身体能力。今の朔には、視界の端を掠めた蜂の羽ばたきさえも知覚できる。


 朔にとっては、慣れ親しんだ感覚。その上で、恐らく悪魔に身体を弄られた影響なのだろう、以前と比べ送り込まれる魔力が、身体の隅々にまでむら無く馴染んでいくのが分かる。


(あそこか!)


 朔は、鬱蒼と茂る木々の後ろに身を隠す、ローブの様な物を来た人物と、その傍の木の上で弓をつがえる二人の男を、見つけ出す。


 常人ならそこに人が居ると知っていても見つけ出す事が不可能な程に、巧妙に姿を隠し気配を消した二人。


 体温によって暖められた空気が起こすかすかな揺らめき等のわずかな情報等を元に居場所を特定し、距離を詰める朔。


 彼我の距離は二十メートルと少し、初速を抑え、相手に目で追わせ、大木の幹で視界が途切れた瞬間、一気に加速し、瞬き一つの間にローブの男の懐近くまで詰め寄ると、勢いのまま手にした剣を相手の脇腹へと突き刺した。


「ぐふぅっ」


 うめき声をあげてローブの男が倒れ始めるのと同時に、振り返りざま口に銜えていたダガーを木の上に投げつける。


 朔の投げたダガーは、木の上に居る男の額に見事命中した。そして生卵の殻が割れるような音が僅かに遅れて聞こえ、男と一緒・・に落ちてきた。


 もともと、現代社会で生まれ育った朔は、剣など握った事も無い、ましてや投げナイフで綺麗に刃を突き立てるなんて、出来ようはずも無い。


 投げナイフで、的に刃が突き立つようになるまで、かなりの時間と鍛錬を要すると、朔は昔テレビか何かで見たことがある。それも、重心を感じながら、距離を測り、縦回転するナイフの刃が丁度的まとに突き刺さる角度を考えながら、投げなければいけない。


 だから、朔がやったのは、ただ思いっきり投げつけただけだった。それでも、常人を遥かに凌ぐ朔の膂力によって放たれたダガーの一撃は相手の頭蓋骨を陥没させるのに十分な威力があった。例え当たったのが柄の部分であったとしても。ようするに、ただの力技ですませたのだ。


 そして、一糸纏わぬ姿のまま、目にも追えない速度で駆け抜けた朔の身体も、当然無事ではすまない。地面から突き出た僅かな岩の突起や、尖った枯れ枝によって足の裏は切り裂かれ、無数に生い茂る枝に、体のあちこちに浅くない切り傷が刻まれている。


 だがそれも、木の上の男が地面に落ちる、ドサリという音が聞こえる頃にはすっかり治っていた。


 悪魔の魔力による常軌を逸するほどの身体能力に、五感の強化、さらには、それらを余す事無く使い切る、脳の情報処理能力向上に加え、不死身の再生能力。


 全て朔が悪魔との契約によって得た能力であった。その代償として朔は悪魔が望む相手を殺し、その魂を生贄に捧げなければならない。


 が、それらはあくまで、悪魔に魔力が残っている前提の下で成り立つ話だ。今回のように悪魔の魔力が枯渇していたら、全ての能力が封じられてしまう。


 なのに、契約相手の身体を好き勝手弄るのに夢中になり、全ての魔力を使い切ってしまう、あの悪魔の能天気さには呆れて物も言えない。ほんの欠片程でも魔力を残しておいてくれたなら、今頃全て片が付いていただろう。


 朔は、足元で呻き回るローブを着た男の腹に突き刺さったままの剣を掴むと、足で押さえて八つ当たり気味にに引き抜いた。


 痛みで悲鳴をあげるローブの男。朔からは見えないが、服の下では恐らく内臓が腹から飛び出ている事だろう。


 せめてもの情けと、剣を逆手に持ち、男の心臓につきたてる朔。生贄に捧げられた魂がその後どうなるか、それは朔にも分からないが、結果が同じなら、そこに至るまでの苦痛は少ないほうが良いだろうと判断したのだ。朔自身、一時期復讐に身を焦がした事はあったが、決して殺人を快楽として楽しむ趣味は無い。


「三人目げっと~。 でも五人の中でこれだけ、あんまり美味しそうじゃ無かったんだよね。 ま、今回は仕方ないけどね! ごはん環境の改善は今後に期待して、いただきま~すっ!」


 そんな朔の考えとは裏腹に、飛んできた悪魔が明るい声を出しながらローブの男に近づき食事を始める。


 悪魔がやってきた方に目を向ければ、木から落ちた男が、首をあらぬ方向に向けて、ピクリとも動かず倒れていた。この悪魔が文句も言わず一瞬で平らげた所を見ると、この男はよほど美味しかったのだろう。


 ローブの男にしても、「美味しそうじゃ無い」と言う事は、それなりに悪事は働いてきたと思える。思ったことをそのまま口に出すこの悪魔は食指が動かない魂には、はっきりと「不味そう!」と言い切るのだから。


 文句を言いながらも、普通に魂を食べ始めた悪魔を横目に、朔は木の下に倒れている男から弓と矢筒を取り上げ、身に着けると、元々男の居た枝の上へ軽々と飛び乗る。


 弓と一緒に回収したダガーを先ほどと同じく口に銜え、右手には剣を持ち、左手に弓、腰には矢筒、と武器だけなら重装備と言えなくも無いのだが、その姿は未だに裸のままだ。


(一体、何処の変態紳士さんだ?)


 今更ながらに自分の姿に不満を覚える朔。これが元の姿で故郷の国だったなら、確実に治安機関のお世話になっている所だろう。いろんな意味で。


 それでも、枝の上に吹くわずかばかりの風が、少し動いて汗ばみ始めた肌には心地よく、吹きさらしとなっているパオパオさんのお鼻辺りから、なんとも言えない開放感を醸し出してくる。


(大丈夫、俺にはそんなケは無いはずだ、たぶん、きっと)


 何処か尻すぼみに成りながらも、心の中で自分に言い聞かせる朔。


 そして、剣を幹に持たせかけ、弓に矢を番える。


 もちろん、剣や投げナイフ同様、弓なんて扱ったことの無い朔だが、これで少しでも相手の気ががれるのなら、良し。あわよくば、この森に朔以外の人物が潜んでいると、勘違いしてくれるのなら、なお良し。と、考えた上でのことだ。まぁ、本音を言えば、目の前に弓が有ったら使ってみたいと言う男心に抗いきれなかっただけなのだが。


 朔が矢を番え森の中に目を凝らすと、始めに殺した男の傍にリーダーと槍持ちの二人が辺りを警戒してい姿を見つける。


 裸の子供を追いかけて行った仲間の死体を見つけ、その上、別の仲間を待機させていた方から悲鳴が聞こえたら、警戒もしようものであろう。


 そんな二人の内の一人。槍を持った男の方に狙いを定めて、朔は矢を放つ。


 物語の主人公や、どこぞの英雄だったなら、放たれた矢は吸い込まれるように敵の急所へと当たるところだろうが、現実は甘くなかった。


 朔の放った矢はグニャグニャとたわみながら、あさっての方向へと飛んで行く。


(まぁ、こんなものか)


 少し肩を落としながら、立てかけてある剣へと手を伸ばしかけた朔の耳に、


「ほいっと!」


 と、能天気な悪魔の声が届く。


 見れば、悪魔は楽しそうにあらぬ方向へとぶ矢を指差し、その指先がクルリと円を書いたかと思えば、男達の居る方へとはらう様にその指先を向けた。


 その途端、朔が放った矢向きを変えながら一気に加速し、槍を構え警戒している男の眉間に深々と突き刺さる。


「おいっ! 良いのか!?」


 いきなりの、悪魔の行動に疑問をぶつける朔。


「多分、大丈夫だと思うよ。 さっき飛んできた魔法に比べたら、十分の一も魔力使ってないし、これでこの世界の監視者(うるさい奴)が、来ないならアタシも外に向けて魔法が使えるって事だし、実験よ実験」


「それなら、もう少し実験とやらをしてみるか?」


 もし、監視者とやらが来たらどうするつもりなんだろう?と疑問が浮かぶが、その時はその時と頭の片隅に追いやり、朔は矢筒に残った6本の矢を纏めてつかみ出す。


「おぉ!?」


 朔の意図を悟った悪魔は、新しい遊びを見つけた子供のように、瞳をキラキラ輝かせる。その姿はご主人様に大好きなボールを投げてもらうのを待ち構える犬といった所か。悪魔の尻尾も待ち切れなさそうにパタパタと揺らされているが、本人(?)はその事に気付いても居ないだろう。


 朔はそんな悪魔を見下ろしながら、焦らすように少し溜めを作った後「そぉうれ!」と、手にした矢を全て放る。


「うりゃ~~~っ!」


 焦らされた故に集中力が増したのか、矢が朔の手から離れた途端、声をあげて6本の矢を魔力で操る悪魔。


 そして、森の木々を縫うように加速しつつ、方向へと広がった影が、孤を描きながら残ったリーダーらしき男へと、はしる。


(ん? 七つ?)


「いっただきまあぁぁぁぁぁぁぁ……す」


 いぶかしむ朔の耳に聞こえる悪魔の歓喜の叫び。


(あぁ、悪魔の声でもドップラー効果は起こるんだ)


 などと、たわいも無い事を考える視線の先では、皮鎧を貫き次々と矢が刺さっていく。


 そして、最後にたどり着いた悪魔が大口をあけて、かぶり付いた。


 その顔はとても満足そうで、それを見ただけで、あの男が今回のメインディッシュだったのだろうと、容易に想像がつく。まだ食べていない槍持ちは、デザートといったところか。


 どちらにせよ、人類からはかけ離れた食事風景など眺めていても意味は無い。


 朔は木から下り、根元に横たわる死体から衣服を脱がせていく。あまり血を流さずに死んでくれたお陰で、衣服には他と比べて血が着いて居ないのが救いなのだが、一枚脱がす度にツンとした匂いが濃くなっていく。


(これ、着なきゃ駄目かな?)


 脱がしている相手の風体を見る限り、ぼさぼさの髪に、無精髯、皮膚のあちこちには虫に食われた痕や、吹き出物の数々。とても清潔そうには見えない。


「はぁ~、どっかで川でも見つけて、洗うまでは着るの止めとこうかな」


 そんな、弱音とも取れる呟きを漏らす朔の心に、一瞬だけ先ほどの開放感が頭をもたげる。


(こんな服を着るくらいならいっそ……)


 心によぎり掛けた甘美な誘惑を、頭振って追い出しながら、朔は残った服を剥がしていくのだった。


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