23 アジト討伐準備中……のはず
『門を開けろーっ! 魔法騎士タルラ卿がおこしだ!』
沈みかけた夕日に赤く照らされた街の城壁の上で、兵士の一人が声を張り上げる。
『かいもーーんっ。 かいもーーん。』
周りへの注意を促す為だろうか、響き渡る大声の中、閉じられていた門が開き始める。
イベール子爵の治める街は、アボーテ男爵の所と違い、しっかりとした石組みの壁に囲まれていた。 門の厚さ頑丈さ共に、朔の目から見ても違いが明らかだ。
あの後すぐさま引き帰したタルラ達は、休む事無くイベール子爵が治めるこの街へとやってきていた。
倒れていた盗賊達のうち、自分で歩けそうな者を3人選び止血だけして縛り上げ、馬車の荷台に積んできている。 それ以外の盗賊達に関しては時間を惜しんでそのまま放置してある。
縛られた盗賊の傍では、タットンが隙の無い目で小剣を突きつけ見張っていた。 幌の破られた所から差し込む月明かりに照らされる刃が冷たい光を放ち、捕らえられた盗賊達を今にも刺し殺しそうだ。
『三人居る。 証言だけなら一人で十分だ、お前らが死んでも、引き返せば変えも居る。 死にたい奴から、逃げる努力をしてみろ』
荷台に押し込める時にタットンが言った台詞が効いているのだろう、三人の盗賊達は皆大人しく小刻みに震えている。
言い放った時のタットンの目を思い出せば、朔だって逆らいたく無くなるという物だ。 それほどに冷たく静かな怒りを湛えた瞳は、相手に安らかな死とは真逆なものを連想させる怜悧な光を宿していた。
チェミーは前の方に寝かされたまま未だに目を覚ます様子は無いが、規則正しい寝息を立てているので、安定はしているようだ。
『タルラ様。 いかがなされましたか?』
この門の責任者だろう、金属鎧を身に纏った隊長らしい兵士が、開いた門からすぐに駆けつけ、声をかけてくる。
『森で賊たちに襲われた。 怪我人が居る。 細かい話は後にして、治療師か薬師の元に案内して欲しい』
『はっ。 わかりました、ならばお城へお向かい下さい。 兵達を見てくれる治療師が常駐しております。 おいっ! だれか案内を! もう一人、先にお城へ行きお知らせして差し上げろ!』
兵達の錬度もいいのか、隊長の指示に素早く反応し動き出した。
『では、あの者についてお進み下さい』
『ありがとう、感謝する』
短いやり取りの後、タルラ達は街の中を進んでいった。
城に到着し、盗賊を引き渡し、チェミーを治療師の元に預けると、朔達は応接間の様なところに通された。
『タルラ卿。 この度は大変な目に遭われたそうで。 お仲間ともども、無事で何よりです』
そこで待っていたのは、引き締まった身体に平服を纏った三十代後半の男だ。
『イベール子爵様。 夕暮れ時にご迷惑をおかけいたしました。 共の者は傷口は塞がっていますが、念のためにこちらで二、三日休ませてやって欲しいのですが、宜しいでしょうか?』
『はい、責任を持ってお預かりいたします。 それで、食事も未だだったでしょう。 今すぐに準備させます』
『折角だが、出来るだけ簡単なものにして欲しい。 すぐに賊共の根城へ向かいたいのだ』
『はははっ! 剛毅なところはお父様譲りですかな? いいでしょう、こちらもすぐに手勢をかき集めます。 捕らえた者たちの口も開かせますので、いま少しお待ちください』
愉快げに笑った後、手勢を集めると言いながら、誰に声をかけるでもないイベール子爵。 しかし窓の外からは、ハンドベルの音と、『遅いぞ! すぐに整列しろっ!』と、怒号の様な声も薄っすらと聞こえてくる。この流れを読んでいたのかもしれない。
『ご助力感謝いたします』
(何と言うか、「武人斯くあるべし」とでも言いたくなる、やり取りだな)
イベール子爵の自身有りげな笑みに顔に漂う、人を殺しに行く覚悟を決めた剣呑な雰囲気を見ながら朔はそう思った。
(俺も向こうでは、あんな顔をしてたのかな?)
どちらにせよチェミーの仇は取らないといけない。 チェミーは生きているが、それは結果生きていただけで、朔からすれば偶然であろうと、殺そうとしたのは変わりない事実である。 自分に向けられた殺意から庇って死に掛けたのだ、それを許すという選択肢は今の朔には無かった。
朔はこれ以上犠牲を出さない為にも、盗賊達を皆殺しにするつもりでいる。 タルラ達がアジトを攻めるというのなら、途中で置き去りにし、先に皆殺しにするのもアリかと考えていた。
そんな覚悟を決めている朔の肩に、タルラの手がそっと乗せられた。
『それと、もう一人、この娘も預かってくれまいか?』
『そちらは?』
『昨日保護したのだ。 異国の娘らしくて言葉も通じぬが、賢い子だ、迷惑をかけることは無いと思う』
『奴隷狩りにでも、連れて来られたのでしょうか…?』
『なにぶん、言葉が話せないので細かい事情までは聞けないが、どうやら両親は賊に殺されてしまったらしいのだ』
『それは、不憫な事だ。 まだ幼いこんな子供が。 マイア! マイア来てくれ!』
朔の思惑とはかけ離れていく会話に、どうしようか頭を悩ませていると、イベール子爵が、奥の扉へ呼びかけた。
『あなた。 ずいぶんと騒がしいようですが、何かございましたの?』
呼ばれて扉から出てきたのは、イベール子爵より少し若くみえる、女性だった。 腰ほどの茶色がかった髪を一纏めにして背中へ流し、少し目じりの下がった顔からは、おっとりとした雰囲気が感じられる。 右手にポットを持っているところを見ると、お茶を淹れようとしていたのだろう。
おっとりマイペースな奥様。 年齢的にも朔からしたらまだまだいける。
が、残念ながら人妻のようだ、それも目の前の武人さんの。
『あぁ、少し出かける。 なぁに、タルラ嬢ちゃん友達に痛い思いをさせた奴らを懲らしめてくるだけだ。 夜明けには帰ってくるよ』
『そうでしたか。 あぁっ、チェミーちゃんだったかしら? 今しがた治療師さんから使いが来て、処置がよかったのか、命の心配は無いって仰ってましたわ。 もう少し様子を見て、熱が出ないようなら、明日には動けるようになるだろうですって』
『そうか、それは良かった。 な、タルラ卿』
『はい、ありがとうございます。 治療師の方にも、よろしくお伝えください。 それと、エイデマ小父様。 譲ちゃんはちょっと…』
『ん? おぉ、そうであったな。 既にいっぱしの騎士、それも魔法騎士団の一員にお嬢ちゃんはなかったな。 昔の癖でつい出てしまった。 ゆすせ』
少しばつが悪そうなフリをしながらも、悪戯っぽい笑顔で謝罪するイベール子爵。 タルラとの付き合いも長そうだ。
『それで、マイア。 急に呼んで済まないが、この女の子を休ませてやってくれないか?』
イベール子爵の声と同時にタルラが背中を押し、朔を前に出そうとする。 だが朔はそれに逆らい、腰にしがみ付いて、タルラの小ぶりなお尻の後ろに隠れようとする。 否定の意味もこめて首をイヤイヤと横にも振っておく。
『大丈夫だサク。 イベール子爵は私の父が現役だった頃の部下で、とても信用の置ける方だ』
しがみ付かれた嬉しさ半分、言う事を聞いてくれない困った感じが半分の顔で、タルラは朔に優しく話しかける。 今さっき言葉は通じないと自分で言った事は忘れているようだ。
『ねぇ、あなた…。 私、急にもう一人女の子が欲しくなっちゃった』
そんな朔とタルラにあてられたのか、マイアが頬に手をあてて羨ましそうに言い出す。
『マ、マイア。 お嬢様方の前でその話は止しておこうか?』
『だって、あんなに可愛らしいのですよ? 頑張ればもう一人くらい出来ますよ、それともあなたはもう駄目でして?』
『い、いや!、俺はまだ現役だから、頑張れば可能だとも! だ、だがな、今はそれ以上の話は止そうか。 な、マイア? と言うかミラベルが居るではないか』
どうやら、夫婦中も悪くは無いらしい。
『ミラベルはミラベルで可愛いですわ。 でも、この子みたいな人見知りの恥ずかしがりやな子も良いじゃありませんか、ぎゅ~って抱きしめてあげたくなってしまいますわ』
『まぁ、そう思わなくも無くもないな』
そう言って二人揃って、朔とタルラを見てくるオシドリ夫婦。 会話の内容がしっかり耳に入っていたのか、朔が見上げると、タルラの耳がほんのり赤い気がする。
『さ、さぁわがまま言わず、行くんだサク』
どうやらタルラは今の話を聞かなかった事にすると決めたらしい。 多少声を上ずらせながら、ごまかしがてら強引に朔を後ろから引き出しにかかる。
そうなると、無理やり逆らうわけにも行かなくなる。 しぶしぶ朔は一歩前に出て、大人しくする事に決めた。 今駄々をこねなくても、後から抜け出して追っかければいいのだから。
『あらあら、気になってましたけど、スカート破ったんですね。 駄目ですよ女の子がそんなに足を出しちゃ』
『あ、マイアさん、そこはそんなに責めないであげて欲しいのだ。 サクなりに必死に頑張ったんだ』
前に出た朔の足を見て、マイアが「めっ!」っとしようとするが、タルラがそれを止める。 少し見えている下着には、あえて触れない言い方が淑女の気遣いなのだろうか? 朔の生きていた世界ではそのままずばり「パンツ見えてるよパンツ!」と、注意する方も嗜みが無かった気がする。
『必死、ですか?』
『そう、チェミー達を守ろうとして、動きやすいように自分で切ったんだ。 お陰で危ない所も助けられた』
『そうそう、そうんなんですよ、奥様。 このガ…娘、こう見えて結構やりますんで』
『そうだな、後ろから襲ってきた盗賊を二人も槍で倒したんだ…ですよ』
タットンとツゥエルの順で、なれない敬語に苦戦しながらも、庇ってくれる。 気の良い奴らだ。
『ほう、この子がな』
『へー、とてもそうは見えないけど、サクちゃん強いのね』
オシドリ夫婦も揃って感心してくれた。
『あぁ、私も最初は信じられなかったが、連れて来た盗賊の内、腕を刺されているのが、サクが倒した一人なんだ。 強いと言うか、肝が据わっていると言うか、私たちが保護するまで一人で森の中を逃げていたのも頷ける話だ』
朔の武勇伝に、タルラが我が事のように嬉々として追加情報を出してくる。
『こんな可愛らしいのに、凄いのね~。 それなら歳も同じ位ですし、うちのミラベルとも気が合いそうね』
『そうだな、でも流石に子供を連れて行くわけにも行くまい。 マイア奥に連れて行って、食事でもさせてあげなさい。 それだけ頑張ったんだ、この子も疲れているだろう』
『はい、あなた』
朔は返事をするマイアに背中を押されて、部屋から連れ出されていく。
一度振り返って見ると、タルラが子犬を里親に引き渡す時の子供の様な目でこちらを見ていた。