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17  奴隷商と導師

「話は変わりますが、アボーテ男爵、私がこの度この地に赴いたのは、国境の緩衝地帯で暮らす遊牧民が、最近奴隷狩りの被害にあっているとの話がありまして、その実態を調査しに来たのです」


 タルラの今一番の目的は、サクの両親を殺した者達、そして奴隷狩りを行う者達の殲滅にあった。 地理的に考えて恐らくそれらは同じ者であるとも考えている。


「遊牧民が……ですか。 緩衝地帯に住む者はわが国の国民では無いでしょう、どうなろうと関係ないのでは?」


「アボーテ男爵。 事はそう簡単な話では無いのです。 もしまま賊共の横暴を許したら、遊牧民達がいかに友好的とは言え、我慢にも限度が御座いましょう。 民族こぞってシメール王国への保護を求めるやも知れませぬ。 そうなれば、これまで我が国とシメール王国との橋渡しを担ってくれた存在が居なくなり、両国との交易にも支障が出てきます。 とても放置できる事ではありません」


 アボーテ男爵と話しながらも、タルラの胸の奥には痛みに似た感情が脈打っていた。 国と国との話。 それも有るかもしれない、しかし今タルラを突き動かしているのは、サクと言う少女の涙であった。 あのか細い腕で叩かれた胸の奥が痛むのだ。 


 最初はタルラも任務と割り切り、自国民ではない遊牧民の被害に同情こそすれ、全ては王都に帰り報告した後の話と考えていた。 


 だが、サクと出会い、本当にそれで良いのかと自問する自分に気が付いたのだ。 このまま王都に帰れば、次に戻ってこれるのは早くて一月後になる。 その間にも被害は増えるだろう。 サクのような子供が増えていくのは間違いない。 もう、いたいけな子供が親を失って泣く所は見たくは無い。 タルラはそう思い打てる手は全て打つつもりで居る。


 そんな高尚な考えのタルラだが、そこに至る過程が、勘違いに、思い込み、そしてサクの嘘が原因であるのだが、それは知らぬが仏であろう。


 その元凶である朔はと言うと母国語で「この肉うめ~っ!」と、笑顔で食事を楽しんでいる。


「たかが少数の遊牧民に、随分と気を使われることでございますな」


「その遊牧民の存在があればこその、シメール、サルバー両国の友好で御座いますよ男爵! もし、遊牧でしか暮らせぬとしても、かの緩衝地帯がシメールの物となったら、この街もどうなるか、お考えが及ばぬわけでは無いでしょう! それを考えれば、奴隷狩りの者共を根絶やしにするしか御座いませんっ!」


「お、お話はよく分かりました」


 拳を握り、力説し始めるタルラの熱意に、アボーテ男爵が引き気味に相槌を打つ。


「ご理解頂きありがとう御座います。 つきましてはアボーテ男爵、もし奴隷狩りを行っている者共を討伐する際には、兵をお貸しいただけないでしょうか?」


「え、ええ、それは勿論で御座いますよ、ボナホート伯爵令嬢殿」


「お聞き届け頂き、ありがとう御座います。 それでは、夜も更けて参りましたことで御座いますし、旅の疲れもあります。 私たちはこれで失礼したいのですが宜しいでしょうか?」


「え、ええどうぞゆっくりお休み下さい」


 言われるが早いか、タルラ達は席を立ち、それぞれに用意された部屋へと去っていく。


「小娘が! 魔法騎士団マジック・ナイツだと? どうせ家の力で手に入れた名ばかりの地位に過ぎまい。 ボナホート家が陛下のお気に入りだという事に付け上がりおって。 なにが、ご信任厚いか、このような田舎に何の意味があろうものかっ!」


 それから暫く、アボーテ男爵はようやく我を取り戻し、タルラ達が去った扉を睨みながら呟き、手にした杯を床に叩きつけた。



 ********** 



「旦那、ビーの手下が殺されてやしたぜ」


 朔達が食事をして居るその頃。


 アボーテ男爵の居城の傍にある商家の主トルネリオが、男からの報告を受けていた。


「あの一行にやられたのか?」


「それは無いと思いやす。 旦那の言いつけどおりに後を付けて見張ってやしたから」


 男は自分の名をドーマと名乗っているが、偽名だろうとトルネリオは思っている。 一月ほど前にふらりとこの街にやってきたこの男は、何処から聞きつけたか、トルネリオの裏家業を知っていると匂わせ、雇って欲しいと言って来たのだ。 本人曰く、ここから遠く離れた地で盗賊をしていたが、騎士団の討伐に遭い、この地まで逃げ延びて来たらしいのだが、本当の事かどうかはわからない。


 胡散臭い奴だが、放って置いておかしな事を吹聴されても面倒なので、今は目の届く所に置き、雑用をさせながら様子を見ている。 


 盗賊や法に触れる商売をする裏家業の者にとって、偽名を使うのも過去をかたるのも、珍しい事ではないし、一々調べる事もしない。 要は使えるか使えないか、信用が置けるか置けないか、それだけの話だ。


 トルネリオ自身は、王都で奴隷商を営んでいた、その商品は殆どが非合法の物であり、こういった者達との付き合いも慣れている。


 むしろ優良な仕入先として、重宝していたと言っても過言ではない。


 この国では奴隷自体は認められている。 しかしそれは犯罪を犯した者か、戦争で捕虜となり身代金が払われなかった者、本人と家族の了承を元に金で奴隷になる者に、限られており、暴力でもって無理やり隷属させることは禁止されている。


 そんな中、盗賊達は馬車や村を襲って攫ってきた者を、奴隷としてトルネリオの元に売りに来る。 つまり、お互い持ちつ持たれつの関係なのだ。


 そして三年前、お得意先であったアボーテ男爵の一件で調査の手が伸びそうなったのを期にこの街へとやって来たのである。 色々後ろ暗い繋がりが多かった中央貴族達が、アボーテ男爵にトルネリオを押し付けたとも言えなくは無い。


 普通の商人ならそこで終わっていたであろうが、トルネリオは違った、緩衝地帯の遊牧民に目を着け、この辺りを縄張りにしていたビーと言う盗賊と共に奴隷狩りを始めたのである。


 領主には手に入れた奴隷の女を二、三人あてがって、目こぼしをしてもらっている。 これまでよりも安く多くの奴隷が手に入ったことで、トルネリオの資金も大分溜まってきた、後はこの金を袖の下に渡し、再び王都かもっと商売をしやすい街へ移るつもりでいる。


 もはや落ち目のアボーテ男爵などに義理立てして、一緒に消えていくのは真っ平だった。 中央貴族はそれを望んでいたのだろうが、王都に居た頃からの伝や輸送手段は健在であり、トルネリオの野心は未だ潰えては居なかった。


「男爵様に会いに行く。 ドーマ護衛について来い」



 **********



 トルネリオが通されたのは、狭めの応接室であった。 アボーテ男爵が余人を交えずに密会する時に好んで使う部屋。


 トルネリオとて商人の端くれ、タルラ達がイベール子爵領に寄る前から、任務の内容は耳聡く知ってる。 問題は、今後どうするのかだ。


「例の一行は、どうでしたか?」


「ふんっ、どうもこうもないわ。 小娘が奴隷狩りを根絶やしなど、いきがりおって」


「そ、それは既になんらかの目星が付いていると?」


「いや、わしにもしもの時は兵を借りたいと言っておった位だ、まだ何も掴んではおらぬだろう」


「さようで御座いましたか、安心致しました」


「だが、目障りなのは変わらぬ、遊牧民と我が国の為等と、下らぬ正義感を燃やしておったわ」


「さすれば、こちら側に引き込むと言うのも…」


「無理であろうな。 あの小娘が王都に帰れば、確実に軍が動く事になろう」


「ならばいっそのこと、殺してしまいますか?」


「そんな事をしても、軍が動く事には変わらん。 なによりボナホート家の令嬢だ、王都に戻らぬとあれば、捜索隊が来るだけの話しだ……ん?」


「男爵様、如何なさいました?」


 何か思いついたように、顔をにやけさせるアボーテ男爵にトルネリオが問いかける。


「そうだ! 同じなのだ! 殺しても、返しても、軍が来るのなら同じではないか!?」


「ど、どう言うことで御座いましょう?」


「ふんっ。 トルネリオよ、あの小娘を処分してしまおうでは無いか」


「宜しいので?」


「構わんだろう、どちらにしても軍は来るのだ、それまでの間に証拠を全て始末し、後は知らぬ存ぜぬで通せばよいのだから」


「確かにそうで御座いますな」


「そうだな、どうせ殺すなら楽しまねば勿体無いか。 トルネリオも窓から見ていたであろう、あの小娘がどの様な声で喘ぐのか、聞いてみたいと思わんか?」


「なるほど、それもそうですな」


 トルネリオの店は城の傍にあり、店の窓から門を潜るタルラ達を見ていた。


「ならば私は、あの金髪の子供が欲しいですな」


「ほう、お主にそんな趣味が合ったとはな」


「い、いえ、違います。 あの歳のであの容姿の娘であれば、いくらでも買い手が付きますゆえ、お譲り頂きたいだけで御座いますよ」


 好色そうな顔で聞いてくるアボーテ男爵に慌てて否定するトルネリオ。 彼にとって奴隷は商品であり、決して手を出すことは無いのだ。


「何処まで行っても、商売か、つまらぬのう」


「それが私の性分と言うものでして、自分でも何とも言い難いところです」


「しかし、トルネリオよ今回は諦めてもらうぞ。 わしの付き合いの中に、あの()が好きな御方がおってな、その方への土産にしたいのだよ。 さすればわしの中央復帰も早まろうという物だ」


 コンコン。


「誰だ?」


「導師様がお越しです」


 その時、部屋の扉がノックされ、アボーテ男爵の誰何の声に、侍女であろう年若い女声が扉の向こうで応えた。


「誰も近付けるなと言って置いたであろうっ!」


「男爵様。 私がお呼びしておいたので御座います。 いざという時は頼もしい御仁かと」


 随分と若く綺麗な声だが、この男爵の元で平気なのかと思いつつも、トルネリオは男爵に取成す。


「しかたない。 入れっ!」


 興が盛り上がってきた所で、水を差されたのが気に入らないのか、不機嫌さを隠す様子も無く尊大に振舞うアボーテ男爵。 


「失礼」


 そう言いながら、僅かに開いた扉の隙間から滑り込むように入ってくる痩身の小男。 ローブのフードを目深に被り顔は口元しか晒していない。 彼が部屋に入ると後ろではすぐさま扉が閉められる。 男爵の癇癪を恐れての事だろうが、どの様な侍女か気になっていたトルネリオは、少し残念な気持ちがする。


「ふんっ、相変わらず辛気臭い奴よ」

 

 トルネリオとしても、男爵が導師を嫌っているのは知っているが、こと話がタルラ一行の殺害となったこのタイミングでの来訪はむしろ喜ぶべきと考えている。 それほどに彼の者の魔術は侮りがたいものが有るのだ。


 幾人もの弟子を従えているらしいこの男だが、トルネリオは経歴も年齢も名前さえも知らない、ただ弟子達が"導師"と呼ぶので、そのまま彼も導師と呼んでいる。 


 そして、この導師が作り出した幾重にも結界の張られた木箱こそが、トルネリオにとって、何にも変えがたい宝でもあった。


 その箱の中に入れられた人は、外から見えなくなってしまう。 それどころか、匂いも声も遮断されてしまうのだ。 木箱の一面を鉄のおりに変えても効果は変わらず、検問等は空箱として他の馬車よりも速やかに通れるくらいなのだ。 トルネリオにとってはいくらでもお金を生み出してくれる、まさに魔法の箱であった。



「なるほど、話はよく分かった。 間に合わぬかも知れぬが、私の方でも弟子を一人出すとしようか」


 導師が現われてから、拗ねた様に口を噤んでしまった男爵に代わり、トルネリオがことの説明を終えると、導師はすんなりと協力を申し出てくれた。


「おぉ、導師様ありがとう御座います」


「たかだか魔術師のそれも弟子を一人借りるくらいで、なにを大げさな。 それに、相手は魔法騎士団マジック・ナイツの名を騙る小娘と、その取り巻き数人では無いか、賊達で一斉に襲えば手も足も出まい」


 導師の協力に大仰に礼を言うトルネリオ。 それすら気に入らないのかアボーテ男爵の憎まれ口を叩く。


 アボーテ男爵がああ(・・)は言っているが、商人のトルネリオとしては、タルラの実力を測りかねているのだ、失敗の可能性を少しでも減らせるのなら、それに越したことは無いのである。


「では、余り長居も嫌がられよう、これで失礼する」


 話が終わるが早いか、導師は入ってきた時と同じように僅かに開けた扉の隙間から出て行ってしまう。


「相変わらず失礼な奴よ! 挨拶もろくに出来ぬときた。 それに貴族の前だと言うにあの尊大な態度は何だっ! まったくこれだから魔道かぶれは、手におえぬと言うものだ」


 導師が姿を消してすぐに、アボーテ男爵の雑言が増して行く。 貴族であるだけでうやまわれるのが当たり前と育てられたアボーテ男爵にとって、あの導師の態度は看過出来ぬ物が有るのかもしれない。


 導師も、アボーテ男爵とは長く顔を合わせて居たく無いのか、同席すると毎回すぐに引き上げてしまう所がある。


 互いに毛嫌いしてる癖に、決定的な亀裂が生じないのは、未だお互いが必要な存在だと認識しているからなのだろう。 


(この関係が続いている間に、何とかしてこの街から出たいものです)


 癖の強すぎる二人のやり取りを見て、トルネリオはそんな事を考えていた。


 その後、アボーテ男爵の元を辞し、トルネリオは城の裏口から出た所でドーマ達と合流した。 この時間正面の門は固く閉められ、開けられる事は無い。


 未だ信用を置けないこの男を城に入れ、話を聞かせたくなかったのだ。 だが、人から恨まれることも多い身ゆえ、夜間に護衛も無しで出歩くのも無用心であろうと、城の裏口で他の者と待たせておいたのだ。


「旦那、首尾はどうでしたかい?」


「お前などが気にする事ではない、しっかり周りに気を配っていろ」


「大丈夫でさ、旦那が入ってからこのかた人っ子一人見掛けやてしてませんぜ」


 言われなくとも、店は目と鼻の先に見えている。 それで護衛を付けるのも、用心しすぎかもしれないが、僅かな油断が命取りとなることも有るのだ、例え寝ている時でも気が抜けない、トルネリオの歩いている道はそういう道である。





お読み頂き、ありがとうございました。



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