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14  服を買おう

 何処の世界でも服屋の内訳は変わらないようだ。つまり女性物6、子供向け2、男性用は、その他も小物の共に残りの二割の中に押し込められている。


 無論、専門店とか行けばその限りではないのだろうが、朔が良く利用していてサマムラとか、地方色のあるコンセンドとか言う衣料品店は大体そうであった。


 そして、この服屋もその系統の店に含まれているらしい。


 入り口を入ってすぐの所には、多少染みが付いた古着が木箱の中に詰まれているが、奥へ行けばそれほど豪華ではないが新品の服が並んでいる。


『店主。 すまないが、この娘に似合った服を何着か見繕って欲しい』


 奥から揉み手をしながら顔を出した中年夫婦に、タルラが声をかける。


『は、はい、ものよう場所に脚をお運び頂き大変喜ばしいのですが、生憎此処は私達の様な下々の者が着るような服しか取り扱っておらず、お気に召す物が在るかどうか……』


『あぁ、解っている。 その辺りは気にしなくても良い。 サク、気に入ったのが有れば、あの者たちに言え』


 揉み手に愛想笑いの店主が、恐る恐ると言った感じで、やんわりと断る方向に持って行こうとするが、タルラは気にした様子も無く、朔に服を選ぶよう促してくる。


 服屋に国の違いはなかろうと考えているのだろう、自然な態度だった。 もちろん朔としても、安心して着られる服を早い所手に入れたいので、この流れに乗らないはずも無い。


 朔が何時もの習慣で、掘り出し物探しにワゴンセールの如く積まれている木箱の方へ足を向けようとしたのだが、素早くチェミーが立ちふさがりにっこりと笑いながら、店の奥を右手で指してくる。


『サク。 遠慮はしなくて良い、新品の服を選べ』


 朔が気を使ったとでも勘違いしたのか、少し困ったような顔をして、タルラも店の奥へと行くように手でもう一度促してくる。


(別に遠慮していたわけではないのだけど…)


 しかたなく、子供服コーナーへ足を向けていく朔。


『それと、店主、あの子は異国の子のようで、言葉が通じないのだ。 迷惑をかけるがよろしく頼む』


 タルラの声を聞きながら、朔が目指すはもちろん男の子が着るような服だ。 こんなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。


 そこで自分の背丈に会いそうなズボンと、動きやすそうなシャツと上着を何枚か選んで、体に当ててみる。


『サク、その服は男の子向けだぞ? お前にはもっと似合う物もあるだろう』


 言いながら、タルラが店主夫婦の方を見やる。 選んでやってくれと言っているようだ。


 夫婦はタルラの視線に一瞬身を固めたが、すぐさま、亭主の方が奥さんにに『おい』と、声をかけて、選ばせ始める。


 奥さんが、持ってきた服は、どれも可愛らしいデザインの物ばかりで、所々にアクセントのフリルが付いていたり、ブラウスの首のリボンの真ん中に、青い石で装飾が施されていたりするような物ばかりであった。


 この店の中では、かなりの上物ばかりを揃えたみたいだ。


 そして、朔をタルラの方に向けて、服を前から合わせて、伺いを立てている。


『うーん、どれも似合いそうだな。 全部買っても構わないが、生憎旅の身空だ、そう服ばかり在っても荷物が増えるだけだ。 チェミーどう思う?』


『そうですね。 下着と併せて3着ほどで宜しいかと思います。 後、スカートは乾きにくいのでもう一着余分に用意して、雨の時にでも着れる様な、コートも欲しいかもしれません。 似合うか、似合わないかは……店主さん、このお店試着はさせてもらえるのかしら?』


 チェミーはすまし顔のまま、タルラに応える。 話し方まで少し変わってしまっていた。 服さえ違えば、メイドそのものに見える。


『あ、はい。 もちろんでございますとも』


 店主が頷くのを見て、奥さんが朔の手を取り、狭い間隔で二つ並んだ扉の中へ連れて行く。


 扉の中は四畳ほどの広さがあり、試着室と言うには些か広かった。


 そして、奥さんは()に一礼すると、扉を閉め朔と一緒に部屋の()に入ってきた。


(ちょまっ!? へ?)


 服位自分で着れると、男の子用の服を一式手に持って入った朔だが、一緒に入った中年女性に目を白黒させる。


(ここって、試着室って言うよりも、着付け部屋!? そういうシステムなの!?)


 朔が混乱する間に、奥さんは手早く朔の腕から男服を取り上げ、着ている服を下からまくって、脱がせてしまう。


『あ…』


「う…」


 そして固まる、奥さんと、朔。


『男の子なのかい?』


 信じられないとでも言いたげに、朔に問いかけてくる奥さん。


 朔も、現状に唖然としながら、小さく頷いた。


 言葉が話せない設定など、既に頭から抜け落ちている。


『ちょ、ちょっと、あんたっ!』


 奥さんは、すぐさま扉から顔だけを出し、小声で店主を呼ぶ。


『なんだ? なんか有ったのか?』


『うん、それが有ったんだよ! あの子、男の子だよ!』


 扉越しに夫婦の会話が聞こえる。


(まぁ、いずれはこうなる事だと解って居たし、うん、これで良かったんだよ、これで)


 見られた事を正当化するように、自分に言い聞かせていく朔。


『で? それがどうした?』


『どうしたって、あんた、どうすんのさ?』


『お前よく考えてみろ、あの女騎士様は「この子に着せる女物の服」を御所望ごしょもうだったじゃねえか、つまりそういう(・・・・)ことだろう?』


『でも…』


 そんな朔の耳に、扉越しで交される夫婦の会話が通訳されてくる。


『お前だって忘れたわけじゃねえだろう。 鍛冶屋の親父が領主様に納めた品の代金を払ってくれって言ったら、どんな目に合わされたか』


『それはそうだけど』


『触らぬ神に祟り無しだ。 多分あの女騎士様は、鎧こそ着ているがどっかのご令嬢で間違いねぇ、さっきお城へ続く通りを、騎士様たちが行ったり来たりしていたのは、あの女騎士様の到着を知らせる物だったんじゃねえか。 ってぇ事はこれからあの御方々領主様にお会いなさるはずだ。 此処でご機嫌を損ねたら、俺達生きていられなくなるかも知れねえんだぞ! いいな、貴族様のご趣味に絶対口出すんじゃねえぞ!』


『わかったわ、大丈夫』


 朔にとっては、かなり雲行きの怪しい会話の終わりは、奥さんの生唾を飲み込む音で〆られた。


(この世界の貴族って、そんな横暴なのか?)


 タルラ達を見ていると、とてもそうは思えないが、住民にとってはどうやら違うらしい。


 そして、朔がこのまま女装をさせられ続けるのも、どうやら確定らしい。


 せめてもの抵抗にとズボンを床から拾い上げ、急いで履こうとしたのだが、衣擦れの音に気がついたのか、奥さんが振り返る。


『坊や、御免ね、それは着せて上げられないんだよ』


 ズボンをにかけた手を止められ、上げたままの片足に、白いステテコの様な物を通される。


(こ、これは、噂に聞くドロワーズ? 女の子の下着?)


 そこからは、奥さんの独壇場だった。 柔道か合気道の崩しの達人を思わせるほどに熟練された、奥さんの体を使った体重移動に朔が翻弄されていると、いつの間にか着替えが終わってしまっていた。


 プロの凄さを見せ付けられた瞬間である。


 そして、最後に髪にリボンを付けると、


『うん、よ、よく似合ってるね。 悲しいくらいに……。 見てみるかい?』


と、同情の篭った瞳で話しながら、部屋のすみに有った衝立ついたての様な物から、カバーを外す。


 そこには、姿見の金属鏡がはめ込まれていた。


 そして、その鏡に移し出されたのは、朔の目を引き付けて離さない、とても愛らしい十歳位の少女であった。


(か、かわいい…)


 自分の姿だと言うのに、一枚の絵画に見蕩れるギャラリーの様に、鏡の前で動けなく朔。


 語彙が少ない朔には何と表現すれば良いのか分からないが、あえて例えるとするならば、懐かしい映画「終わりない物語」の「幼心の姫」だろうか? それでいて眉から目元にかけての作りは、「眼鏡の魔法少年(へリー・ポッタン)」に出てくる「アー・マオニン」に似ている、と、言った所だろう。 これなら、女の子に間違われても仕方ないと思える。 違うのは髪の色位だろう、ストレートの、透き通るような金色の髪が、顎のラインに沿ってばっさりと切られているさまが、かえって勿体無く感じる。


 そんな少女が、兎を追ってトランプの国に行ってしまう女の子が着ている様な、白いブラウスに青を基調としたエプロンドレスみたいな服を着ていた。 ご丁寧に髪につけた小さなリボンまで青色に白いレースで、服との色目を合わせてある。


『はぁ、着付けとしちゃぁ、最高の出来栄えなのにねぇ、何でこうも心が浮かないのか』


 鏡越しに目が合った奥さんは、痛ましそうな顔で朔を見てくるのだった。


「う、うん、なんかごめん」


 その顔に、朔は思わず謝ってしまう。


 試着室から出てきた朔に、店に居る皆が感嘆の声をもらす。


 そんな中、朔が着替えている間に、着せてみたい服を選んでいたのだろう、チェミーが手に持った十着近い衣装の中から一つ選び、『つ、次はこれです!』と、興奮気味に奥さんに手渡していた。


 お嬢さん達(主にチェミー)による着せ替えごっこは、その後一時間も続いたのだった。


「タルラァ~」


 朔が、あざとく、甘え声に上目遣いの併せ技をも駆使して、一揃えの男物の服をタルラに差し出してみせたのは、ようやく買う服も決まり、お会計の段になった時だ。 ちなみに、朔が今着ているのは、最初に着た青いエプロンドレスだ。 満場一致(発言力の無い不満は一)でそのまま着ていく事に決まったらしい。


 流石にここまで男物の服に執着を見せれば、いかに鈍感そうなタルラでも、何か不審に思ってくれる筈だと、期待しての行為だった。


『しかし、それは男の子が着る様な服だしなぁ』


 朔の顔と差し出された服に視線を交互に向けながら、悩ましげな顔をするタルラ。


(そうそう、女の子がこんな服を欲しがるはずはない! 考えろ! いや、考えるより感じるんだタルラ!)


 必死ゆえに心の声すら錯綜する朔。


『ぷっ。 クスクス…』


 そんな、タルラの後ろでは、チェミーが何故か可笑しそうに声を殺して笑い始める。


『何が可笑しい? チェミー?』


『だって、幼い頃のタルラ様みたいで、可笑しくて』


『そうでしたな。 お嬢様も、よくこうして動きやすそうな服を選んでは、私たちを困らせてくれたものでしたな』


(選んで着る女の子居たのか!? しかも、タルラお前かいっ!)


 昔を懐かしむようなチェミーとトーレスの受け答えに、朔の心の突込みが飛ぶ。


『そう考えてみると、なんかタルラ様の妹みたいに思えてきますね』


『い、妹か…、確かに妹が居たら、こんな感じなのかもしれないな』


『それにお嬢様、サクの気持ちにお成り頂ければ、分からない話でも無いかもしれません』


『それは?』


『この娘は悪漢に追われ、逃げてきたのです。 動きやすそうな服を選んでしまうのも、致し方無い話しかと』


『確かにな』


 今回ばかりは、トーレスの助け舟も、些かずれた所に着岸してしまっている。


『うむ、その服も一緒に買ってやるとしよう』


 タルラは言うが早いか、店主に朔が持っていた服も包ませ、トーレスに目をやる。


 トーレスは、懐から皮の小袋を取り出し、銀貨と十数枚と大き目の銀貨で代金を支払っていた。


『しかしサク、あの服は稽古で着るのは良いが、余り人目に付く所では着たら駄目だぞ』


 お姉さんぶりたいのか、人差し指を立てて、言葉も判らない朔に、たしなみっぽいことを言ってくるタルラ。


『あら? タルラさま、その言葉、昔シメオン様に言われてた事そのままな気が致しますが?』


『あ、兄上は今は関係ないであろう!』


 そんな、タルラとチェミーのやりとりを聞き流しながら、


(あれが、この世界のお金か~。 ほんとに銀貨とか使ってるの始めてみた)


そんな事を考えていたのは、決して試合に勝って勝負に負けた悔しさからでは無い、と思いたい朔であった。


 


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