11 正しい座り方
自由の身となった朔は、早速行動を開始した。何はともあれコミュニケーションである。
「タルラ?」
あざとく、疑問系でこれが名前で有ってるのかな?と演出しつつ、まだ手に持っている焼き魚を差し出してみる。
『わ、私に、これをくれるのか?』
羨ましそうに朔とチェミーを見ていたタルラの顔が、嬉しそうにほころび、ハシバミ色の瞳を歓喜に輝かせ、朔の手から焼き魚を受け取ってくれた。
そして、なぜかチェミーに「ふふん」と鼻を鳴らした後、口に運ぼうとした所で、
『タルラ様。 なりませぬ。 そのような誰が作ったやも知れぬ物を口になされるのは、ご自重ください』
と、大柄な黒髪の騎士に止められた。
慌てて止めに入ったようで、乱暴に取り上げこそはしなかったものの、大柄な身体に似合わない、あたふたとした動きをしていて、中々に面白い。
焦ると、口と一緒に身体も動いてしまう癖があるのだろう。朔も同じ癖があるので見ていると親近感が沸いてくる。
(まぁ、お嬢様と呼ばれてる位だし、仕方ないか。 それにこの魚、余り美味しくないし)
朔としては、止められたことに異存は無かった。 魚の味に関しては、川の水が清んでいたせいか、泥臭さは無いものの、味付けが全くされていないので、物足りないのだ。 それに焼き魚はあくまでコミニュケーションのツールであって、それを食べる食べないは余り関係がない。 むしろ昨日の盗賊達が居るような世界だ、食べないのが普通かもしれない。
『ナ、ナムル卿……卿は、これを食べるなと申すのか。 この娘が、折角、私に近寄ってきてくれたのに、その機会を、無駄にせよ…と』
しかし、そんな朔の考えとは裏腹に、焼き魚を受け取る為に片膝をついた姿勢のまま、苦悩の言葉を漏らす女騎士が居た。それでも、焼き魚に口をつけない辺り、黒髪の騎士の正当性を認めているのだろう。
『お、お聞き届け頂き有難うございます。 タルラ様』
焼き魚に未練を残すタルラに、黒髪の騎士が言葉を重ねる。その目は苦悩するタルラを見ていられないとばかりに、地面に向けられていた。それでも自らの言葉を曲げない辺りは、実直な性格をしているのだろう。
(なんか、見ていて居た堪れなくなってきたなぁ)
そう思い、タルラの手からそっと焼き魚を取り上げる朔。
『あぁっ!』
タルラが悲しそうに声を上げる目の前で、朔は焼き魚を一口頬張ると、飲み込みながら、にこりと笑い、再びタルラに差し出して見せた。
『な、なぁ、ナムル卿。 これなら口にしても問題なかろう? 私はそう思うだが、ど、どうであろうか』
『いや、しかし、誰かが一度口につけた物を、タルラ様が召し上がる等、さすがにそれは…』
(じゃぁ、どないせいちゅ~んじゃい!)
朔の心の突っ込みに、またも、支援をしてくれたのは、口髭を生やした騎士であった。
『ナムル殿、それ以上は不躾と言うものでございましょう。 折角のお嬢さんの好意を、これ以上無駄にするのは、騎士としても如何なものかと思います』
タルラの仲間の中では最年長であろう。ご意見番のような立場でもあるみたいだ。恐らく、危険は無いと判断した上で、若い者達に妥協点を示し、助け舟を出してくれたのだろう。
朔としては、自分とほぼ同年代の、この口髭の騎士の渋みがかった落ち着きに、羨ましいと思う反面、素直に尊敬の念を感じる。
『う、うむ。 そうだな。 此処までの好意は無にしてはならぬ。 頂くとしよう』
半分以上自分への言い訳なのだろう、言うが早いか、タルラは素早く焼き魚を口に運び、一気に食べきってしまった。
『美味しかった。 ありがとう』
言いながら少し近寄り、朔の頭に恐る恐る手を伸ばすと、朔の頭を優しく撫で始める。
よっぽど近寄りたかったのだろう、その顔は歓喜と感動に彩られていたが、
(だから、近い、近いって! この世界の女性は、顔を近寄らせる習慣でもあるのか?)
秀麗な顔を間近に寄せられて赤面症を症じさせた朔は、どう動いて良いのか判らず、俯いてモジモジとしてしまう。
朔の死角では、タルラの空いた手が、撫で繰り回したそうに、再びワシャワシャと動き出しているが、幸い気が付くことはなかった。
『ぅをっほん。 お嬢様。 よう御座いましたな。 それにしても、知恵の利く娘でございますな』
朔は気が付かなかったが、それでも見ている人は居るもので、タルラの箍が外れる前に、やんわりと声をかける口髭の騎士。しかし、皺の目立ち始めたその目には、なにか、探るような雰囲気が篭められ、朔のほうを見ていた。
『おーい、チェミー。 昼飯の支度するから、そろそろこっちを手伝ってくれー!』
朔の中に些かの緊張が芽生えた時、これまで参加していなかった、残り二人の男から声がかけられる。
馬車から必要なものを降ろして居たのだろう、皮鎧を着た男が、魚を焼いている焚き火の傍に、鍋やらそれを吊るす組み立て式の三脚の様な物を並べている。
騎士達とは違う、装飾が殆どされていない無骨で実用的な金属鎧を着た男の方は、馬たちを近くの木に結わえ付け、水桶を持って川の方へと歩いるところだった。
『なぁ、この魚、俺達も食べていいのかな?』
『あの娘に聞いてみないと、なんとも…、もしかしたら、お父さん達の分だったりするかもしれないし』
返事をして、駆け寄ったチェミーが、皮鎧の男と話す声が聞こえ、二人して、何か言いたげに朔のほうを見てくる。
(ここで頷くわけには、いかないんだよなぁ)
魚を食べてもらう分には何の問題もないが、言葉が判らないという設定上、迂闊な事は出来無い。困った時の髯頼みと、傍に居る騎士を見上げてみる。
朔の視線を受け、口髭の騎士は「ふむ」と顎に手をあて少しの間悩んだ後、タルラが手に持っている食べ残しの串を指差し、続けてチェミー達を指差して、大きく口をあけた後、マンガの骨付き肉に齧り付くような仕草をして見せた。
「『ぷっ』」
やりたい事はわかるが、四十絡みの渋い中年にコミカルな動きをされ、朔は少し噴出してしまった。被った噴出し音はタルラだろう。
自分で考えたとは言え、やってみやら恥ずかしかったのだろう、顔を赤く染めて居る口髭の騎士。
(おっさん、いや、此処はあえてダンディと呼ばせてもらおう! 気持ちは受け取ったよ!)
ダンディの志を無にしないためにも、朔は出来るだけ笑顔で大きく頷いて見せた。首を縦に振るのが、肯定の意味に成るのかは判らなかったが、自然と出た動きだったので仕方ないだろう。
『どうやら、お譲り頂ける様ですな。 そうと決まれば、このような所で立ち話もなんですし、皆の所へと参りましょう』
意味が通じてほっとしたのか、誤魔化すように口髭の騎士はそう言いながら、右手で行く先を指しながら、そっと左手で朔の背中を押した後、右手をとってゆっくりと歩き出した。
(こ、これが、エスコート言うものか、このダンディできるな!)
その余りにも自然な動きに、髯の騎士に導かれる方向へ、すんなりと歩き出せてしまう。
その横ではタルラが悔しそうな顔で、繋いだ手を睨み付けた後、エスコートの練習を始めていた。
騎士の格好をしているとは言え、女性であるタルラが、口髭ダンディの真似をするのは何か間違っている気がしてきたので、朔は「手を繋ごう?」と、空いた左手を差し出した所、嬉しそうに握ってきた。
ダンディと違い、鎖が編みこまれた手甲の内側で、やや強めに握られた左手は少し痛く、タルラには、まだまだ修行が必要だなと思う朔であった。
朔達が焚き火の傍につくと、組み立て式の椅子が三脚用意されていた。
一つは背もたれつきに目の細かい布き布がかけてある。
もう一つは背もたれつきだが、何もかけていない椅子。
最後は背もたれも無く、座る面が小さく他の椅子に比べて低くなっている。
朔の前でタルラが背もたれ&布き布の椅子に座り、それを待ってから、ナムルが、背もたれつきの椅子に座る。
残るは当然、口髭ダンディが座るものと思っていたら、ダンディは椅子を右手で指し、朔に座る様に促してきた。他の者は一瞬目で見やったものの、気にしないかのように自分の作業に戻る。
その口元が微笑ましそうに少しだけ上がっている所を見ると、どうやら席を譲ってくれたようだ。 席順に煩い母国の風習を会社で叩き込まれた朔には、その辺の機微に聡い、センサーの様な物が養われていた。
(ちょ、それはまずいって!)
席を譲ってもらった事に対しての遠慮ではない。
椅子の高さから考えるに、座ったら、どうしても膝が立ってしまい、簡易ワンピースの中のものが見えてしまうのだ。
朔がなかなか座ろうとしないのを訝しがる、口髭ダンディ。
(まずい、まずい、どうしよう!?)
これは有る意味、自分が男であると伝えるには、良いチャンスであるかもしれないが、だからと言って、見せるために座るのは、朔の羞恥心が耐えられない。
中身の事を考えていたせいか、思わず朔の手が前の裾を押さえている。
それを見て、チェミーが何かに気が付いたのだろう、朔の横に並び背中を押して椅子の前まで連れてくると、太腿の真ん中辺りに手を添えて裾の後ろを押さえ、軽く肩に当てた手を押して、座らせてくれた。
裾の後ろを押さえる手をそのままにして、動きを止めたチェミーだが、朔がこの後どう動けば良いのか判っていない事に気が付いたのか、クスリと優しく笑うと、今度は肩を押した手を、朔の両膝に当てて揃えて寝かした後、正面に回り、踵をずらし、朔が座って居やすいように調整してくれた。
つまり、女性が良くする座り方にされたのだ。それも、ニート時代にお昼の情報番組でやっていた「女性の脚が一番綺麗に見える座り方講座」そのままの座り方なのだ。
チェミーは更に、朔の背筋を伸ばさせ、肩を開かせ、両手の平を腿の上で組せ終わる頃、
「「「ほう…」」」
と、男性陣の感心したような、ため息の様な物が聞こえてくる。どうやら、あの情報番組は間違っていなかったようだ……。
(なに!? この羞恥プレイは! お願いだから、やめてくれ! 俺のヒットポイントはもうゼロだよっ!)
そんな心の叫びを上げながら、羞恥に頬を染めて、伸ばされた背筋を再び丸めて俯く朔。
『ぷっくっ…『やっぱり、小さくても女の子は女の子。 見られて恥ずかしいのは、一緒ね』だって』
笑いをこらえながらチェミーの台詞を通訳する悪魔に、些かの殺意を覚えながらも、どうしてこうなった?と自答自問する朔であった。
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