隔離構成層は発電の為に
少年の前で制湿機が轟音をたてて稼働していた。
海上と言う湿度管理の難しい場所で、工場内環境を一基で安定させる機械である。
制湿機は箱状では無く鉄板状の吸湿板が不規則に組み合わさった、それでいてどこか幾何学的な形状をしている。
その形状は必要な除湿量に応じて吸湿板を無計画に追加していった結果であった。
室内には渦巻くような空気の流れが作り出されていた。
重金属種は同じ体格の多種に比べて自重が重いため、少年はそれ程影響を受けていないが、軽い人間であれば立つのも難しい事もあるのが制湿室である。
しかし、少年はそれらの調湿機構には目も向けていない。
少年の視線は天井に埋め込まれた歪な形状をした塊に注がれていた。
正確には、少し視線を逸らして観察していた。
工場の素材とは明らかに異なる素材で構成されたその塊は、少年の走査を一切受け付けていなかった。
工場の設計資料を閲覧すると、その塊が隔離構成層と呼ばれる物の破片だと言う事が分かった。
海上で世代を重ねた人間の殆どは隔離構成層の存在を知らない。
一方で陸地に拠点を置く労六繊維社にとっては、ありふれた存在である。
過去の文献をどれだけ遡っても、人間には加工はおろか傷一つ付ける事が不可能であると実証され続けている地層。
その隔離構成層から未知の原因で剥離した破片は、出自不明なエネルギーを発する能力がある事が労六繊維社の研究で判明していた。
この情報は労六繊維社の一次機密情報に指定されている。
そして、未知の原因で剥離した隔離構成層を労六繊維社は幾つか保有していた。
その中でも一際小さくて歪な塊が、新型工場内の機械全てを動かす電力を生産しているのである。
少年はその様な細かい事情までは把握出来なかったが、その塊が何かとてつもなく凄い物だと言う事は感覚的に理解していた。
「ああ、でも、それどころじゃないか」
工場の防衛機構が復旧したのを感知して、少年は誰に言う訳でも無く呟く。
「どうしたものかな。どうしたものかな」
少年は通気管を移動しながらもずっと考えていた。
情報改竄を禁じられたこの状況で、自身はどうやって工場に棲み付くか。
「でも、ここは防衛機構の管轄外なのか」
防衛機構の仕様を閲覧する限り、少年は防衛機構の排敵手段を物理的に防ぐ手立ては無かった。
しかし現実的に、少年は防衛機構に攻撃されていない。
ここに居れば安全なのかと思いつつも、少年は天井の歪な塊に意識を向ける。
何がどうしてかは少年には分からない。
しかし、確実に、それは、危険だ、と。
その不明瞭だが確かな直感を、少年は自覚していた。
ここに長居しては危険だ。
最終的に少年はそう判断せざるを得なかった。
だけれども、と少年は呟く。
視線は歪な塊から完全に逸らされ、自分が落ちて来た通気口に向けられる。
天井付近に無数の通気口があった。
無数にあるが、全て高い位置にあった。
その内の一つから身を乗り出した少年は、手を滑らせて落ちて来たのだ。
通気口の他に少年が出入り出来そうな場所はもう一つあった。
大掛かりな隔壁が壁面にあるのだが、物理的に開閉は不可能だし、物理的な方法以外でも、この隔壁を開くのは難しいと少年は感じていた。
どうやってこの部屋を出るのか。
「うー」
少年は生まれて初めて真剣に悩んでいたが、それでも不安を感じていない。
その論理性の高さと相反する危機感の低さが、少年に有り得ない選択肢を検討させていた。
ちらりと、少年は歪な塊に視線を向ける。
今度は逸らす事なく真っ直ぐと。
「それしかないか」
僅か数秒程直視しただけで、少年の意識にノイズが走った。




