少年は冒険の為に
通気管の中で這いずりながら、少年は先程まで対面していた同種を思い出す。
「…あれは、やばい」
重金属種は汗腺に該当する機構はないが、もし少年が中性種だったのならばその全身は冷や汗でずぶずぶに濡れていただろう。
圧倒的な力量差。恐怖は逃げ延びた今になって増していた。
あんな化け物じみた同種が居る限りここは安全とは言い難い。
だが、当面の問題は他にある。
「しかし、困ったな」
少年がずっと通気管の中を移動しているのは、同種から投げかけられた最後の一言があったからだ。
付け加える様に一言。
その情報改竄は目障りだ、と。
実際にただ付け加えただけで、その真意は付近で行使しないのであれば気にしないと言う程度のものであった。
その程度の意図だが、それを伝える気は全くもって欠如していたが。
その辺りの食い違いを知らない少年は、発言した当人が意識していないその言葉を額面通りに遵守していた。
しかし、情報改竄をしないとなると致命的な問題が発生する。
「外に出たら、見つかるよな…」
少年が工場を自由に闊歩出来る条件は二つ。
一つは人の眼が無い事。
一つは機械の眼を誤魔化す事。
少年にとって幸いだったのは、この工場が限りなく少人数で運用出来る設計であったと言う点に尽きる。
人の眼は極端に少なく、一方で機械の眼は多い。
機械の眼を誤魔化せない―――誤魔化してはいけないと本人は勘違いしている現在、入り組んだ通気管だけが眼から逃れられる場所なのである。
少年は律儀に情報改竄こそしないが、閲覧は遠慮無くする。
「湿度管理用の通気管か」
ずるずると這いずりながら、工場の制御系から配管図を探し当てた。
配管図を見る限り通気管は複雑に入り組んでいて、行けない場所は殆ど無い。
「防衛機構が復旧するのも時間の問題だし、どうするかな」
そう言いながらも、少年は向かう先をほぼ決めていた。
制湿機室と名前が付いた部屋。
全ての配管はそこから伸びるか、そこへと延びていた。
ただ惨めに這いずるだけだった逃亡行為が、配管図を得る事で何かの探検の様に少年には感じられた。
元々目的等あって無い様な自由気ままな少年である。
ただ自分が楽しければそれはそれで良い。
そんな理由で防衛機構を不正停止させられた工場長には同情を禁じ得ないが。
少年はいつでもその場もその時も楽しんでいた。
制湿機室には制湿機があるのだろうと考えながら、或いはその形状に思いを馳せながら、少年は身体を通気管に擦り付けながら移動して行く。
しばらく進むと通気管が狭くなり、金属と金属が擦れ合う不快な音が通気管内に響き渡った。
少年は聴覚情報を制限して対応する。
その不快な音は通気管を通じて工場内に響き渡った。
そ少年はその事に気が付いていたが気にしていなかった。
実際問題、その不快音を機にしたのはロゼ博士だけだった。
そうやってギリギリと音を立てながらひたすら移動して、少年はついにその部屋へと辿り着いた。
制湿機室。
工場内で最も単価の高い機械が鎮座するその部屋へ。
工場長が知ったのならば悲痛な悲鳴が聞けそうなその場所へ、少年は辿り着いてしまった。




