特任博士は造船の為に
工場内で最も広い研究個室には、開発途中の船舶が丸々収められていた。
「グラン博士」
背後からの声にグラン博士は頭だけを真後ろに向けた。
「…相変わらず気持ち悪い振り返り方だな」
ロゼ博士が見上げるグラン博士の身体は極度な重金属種のそれであった。
ミナカタ公国の様な海洋上では通常両生種に適応するため、金属系種に適応する事は無い。
そもそも陸上であったとしても、重金属系種まで適応する人間は稀だ。
「相変わらず失礼な物言いだな、ロゼ博士」
声は首の両側にある発生器から発せられていた。
口があるべき場所には総合感覚器があり、眼は二ヶ所の主眼他に八ヶ所の補助眼が存在している。
一方でロゼ博士は工場に配属が決まってから金属種への適応を開始したため、中性種と軽金属種の狭間と言う判然としない種である。
中性種であるその見た目もまた、ミナカタ公国では珍しい。
「挨拶はさておき、新しい推進機の設計図が完成しましたので」
ロゼ博士から渡された記録媒体を、グラン博士は首の穴に差し込む。
「…作成にかかれ。仮想試験は済ませておいた」
グラン博士は記録媒体を抜き取り、それをロゼ博士に返す。
「ロゼ博士、先程から工場内が騒がしいが、何かあったのか?」
ロゼ博士は、私は特に知りませんがと言って記録媒体を受け取り、首を傾げる。
「騒がしい、ですか?」
機械の駆動音はそこかしこでするが、それは日常的な物である。
「そう言えば、まだ中性種寄りだったな」
「グラン博士程極端な重金属種よりは普通ですがね」
皮肉に皮肉が返される。
だが、そこから険悪な雰囲気を醸し出す事も無く、ロゼ博士は自分の研究個室へと戻って行く。
ロゼ博士が退室する様子をじっと見ていたグラン博士は、ロゼ博士の背中を扉が隠すのと同時に頭部を時計回りに七回転半させて正面に戻す。
「行き過ぎた」
呟いて四分の一回転反時計回りに回す。
その視線の先には通気口があった。
「そこの通気口、数百度の熱風が通る予定だが」
グラン博士の言葉に、通気口が開く。
身の丈がグラン博士の四分の一程しかない少年が這い出て来て、落ちた。
「熱風が通るのは嘘だ」
少年はがたがたと起き上がると、グラン博士を見上げる。
グラン博士の身の丈は標準の倍。少年の身の丈は標準の半分。
「重金属系種…にこの国で適応する訳がないから、お前は復刻者か?」
少年は周囲の作業機械を使ってグラン博士を攻撃しようと試みるが、少年の干渉はグラン博士によって全て阻止される。結果として数体の作業機械が動きを止めただけだ。
「復刻者だったら、どうするの?」
実力差を悟った少年は、自身の防衛にのみ注力し、グラン博士を見据える。
感情をぶつける訳でも無く、ただグラン博士に注目する。
「僕の研究個室は、僕の物だ」
労六繊維社の物でもミナカタ公国の物でもない、と言ってグラン博士は一時的に停止していた数体の作業機械を元通り稼働させる。
「それ以外は、どうでもいい」
その情報改竄は目障りだと付け加えて、グラン博士は少年から視線を外す。
「そりゃ、どうも」
少年はそれだけ言うと、別の通気口の入口を開けてその中に消えて行った。
グラン博士は何事も無かったかの様に作業に戻った。
少年が消えた通気口の蓋が閉じた後に、小瓶が一つだけ残された。




