重金属種は探索の為に
遠ざかる足音を聞きながら、少年は通気口の中で安堵した。
保守用の侵入口が機械制御されていたのが幸いした。もし手動だったら隠れる前に見つかっていた。
今後生体反応がある場所に近付く時にはもっと注意しなければと、少年は自身の迂闊さを反省した。
生体反応が遠ざかった事を確認して、少年は通気口から這い出る。
その姿は工場に侵入した時とは全く違っていた。
排油塗れのぼろ布は剥ぎ取られ、薄らと錆びて赤茶けていた外殻は研磨され、薄く緑色を帯びた金属光沢を放っている。
重金属種系復刻者である少年に取って、外殻を外気に晒せられる環境は生まれて初めてだった。
流石に計測不能なまでに湿度が低いのは最初の部屋だけだったが、それ以外の場所でも平均十パーセント前後に湿度は調整されている。
自身と小型清掃機を用いて周囲の部屋を探索していた少年は、工場の管理系に別の意識が介入して来た事を感じた。
「やっぱり、最終的な権限を持つのは人間か」
自身の存在を知られない様に情報改竄を十重二十重に繰り広げながら、それでも少年は表情に余裕すら見せながら工場内を闊歩する。
幾つ目かの部屋に侵入した所で、少年は当初の探していた物を見つけた。
油である。
高さ五メートルはある円柱状の硝子容器に、澄んだ飴色の液体が並々と貯められていた。
硝子容器は六つ並んでいて、それぞれに番号が振られていた。
19、20120、58564、59663、60200、61855、
少年は室内の機械に侵入し、文章情報を漁った。
第二網膜に幾つもの実験試料が表示される中、一つの単語が少年を惹きつける。
「巡洋船舶用塗料?」
研究企画書と命題されたその文章は、労六繊維社の造船業部門立ち上げに関する提言書の付帯文章として幾つかの推進機構の計画書と並んで存在していた。
「不純物を含む海水に対する高い防水効果…」
少年は、やはりここは素晴らしい場所だと思った。
自分が本当に求めていた物が手に入るかも知れない。
「これは僕が錆びない為の油だ」
更に情報を漁ろうとして、管理者の意識がこちらに向いたのを察知して、踏み止まる。
同時に生体反応がこちらに向かって来る事も感知していた。
「タンクから油を抜いている暇は無いか…」
少年は慌ただしく辺りを見回して、数本の小瓶を見つけると、それを一本無造作に掴み取り、部屋を後にした。




