俺は種族繁栄の為に
工場長から作業の進行度合いを報告して貰って、俺は一息吐く為に椅子に腰掛けた。
目頭を軽く押さえて疲れた眼球を労わって、俺は虚無感に包まれていた。
「俺は」
何者なのだと言う俺自身への問い掛けは言葉にする事が出来なかった。
きっと、ミナカタ公国の貴族への感情は、俺自身がその一員だと言う認識と、貴族と呼ばれる存在が持っている権威に起因していたのだろう。
実際には、俺は貴族にはなれない。
そして貴族も俺も適応種では無かった。
いや、グラン博士の分類方式に準ずるのならば、適応種は俺だけで大半は適応族なのか。
そして貴族は適応種でも適応族でも無い。
「俺の人生は何の為にあったのだろう」
今度の問いは言葉に出来た。でも回答は得られない。
机の上には二本の小瓶が置いてある。
茶色の小瓶は俺が作った薬剤。
極微量でエラ呼吸を阻害する薬剤。
この小瓶一本を海に投げ入れれば、周囲一帯の海洋生物は死に絶えるだろう。
元々は五本あったのだが、三本は焼却処分した。
この一本は、未練の様な物だ。
未練。復讐の未練なのか貴族への未練なのか。
五本中三本は灰になり、一本は手元に残った。
残りの一本。ログ技師が持ち出した一本は、グラン博士によって別の薬剤へと作り変えられた。
その薬剤は緑の小瓶に収められて、ここにある。
「ヒト科両生族両生種から繁殖能力を奪う薬」
グラン博士はそう言っていた。
この薬剤を居住深層に流し込めば、貴族は絶える。
居住深層は内循装置によって外界から隔絶された貴族だけが存在を許される区域。
調整された人工海水に満たされた海中都市。
「この薬剤の影響を受けたヒト科両生族両生種からは、ヒト科両生族適応種しか生まれなくなる」
グラン博士は薬剤の効果に関してそれ以上は何も言わなかった。
俺もそれ以上の説明を必要としなかった。
もう貴族に対する復讐心は無い。
奴らは異種族だ。俺とは関係無い。
俺は今、別の欲望に駆られていた。
思えば俺はずっと孤独感と生きて来た。
当たり前だ。何故なら俺と言う種族は俺しか居ないからだ。
仲間が欲しい。同胞が欲しい。同種が欲しい。
貴族に対する感情は無い。
奴らは異種族だ。俺とは関係無い。
奴らは、俺の種族の為の踏み台。




