油塗れは窃盗の為に
波消パイプに覆われた場所を、一人の少年が徒歩で抜けて行く。
全身に細く裂いた布を巻き付け、その布は全て排油で濡れている。
布地の隙間から覗く肌は赤茶けた色をしていた。
油塗れの少年はパイプの上を乗り越え下を潜り抜け、流淵に新設された工場を目指して進んでいた。
工場の壁には八本の楔が互い違いに置かれた様な模様が記されている。
その模様はミナカタ公国において唯一の外資系企業である労六繊維の社章である。
油塗れの少年の歩みが止まる。
同時に、ぼろ布の隙間から除いていた翡翠色の瞳が緋色に変わった。
少年の第二網膜に様々な情報が表示されていた。
それが指し示すのは殺傷性の防衛機構。
「…これくらいなら、いけるか?」
不安気な声とは裏腹に、少年は一瞬で防衛機構を休眠させた。
「いけたね」
少年は再び進み始める。防衛機構は作動しない。
少年が進む先は工場の敷地に入っていた。
点在する監視機構から自身の記録を消し去りながら、少年は工場の内部へ侵入して行く。
この工場が何を作っている工場なのかを、少年は知らない。
知らないが、大抵の工場に存在するあるものを少年は求めている。
進み続けると波消しパイプに混じって、二回り程太いパイプが散見される様になる。
少年はその一回り太いパイプを軽く蹴りながら歩き続ける。
第二網膜に波形で表示された反響音が次々に表示され、瞬時に解析される。
中身の大半は何かの洗浄に使用された汚水だ。
「うーん、外れが多いな」
呟く少年が欲しているのは油である。
油不足は死活問題なのだ。比喩では無い。
「もうちょっと中まで行ってみるか」
少年は手近な扉を開かせる。
少年の第二網膜に表示されていた数値の一つが急速に下がった。
「おー?」
その数値がゼロに近づいた瞬間、計測値の表示が消えて代わりに文字が表示された。
湿度計測不可能。
工場内は酷く乾燥していた。
海上都市であるミナカタ公国においてそれは異様な環境であると同時に、少年にとっては砂漠のオアシスの様な環境だった。
実際にはオアシスの中に現れた砂漠の様な場所であったが。
少年は扉を閉めた。
余分な湿気が入らない様に。
湿度もそうなのだが、この工場にはもう一つ異様な点があった。
少年は工場内部に入っても未だ人に会っていない。それどころか人の反応を一度も検知していない。
「人が居ない工場。しかも乾燥している」
素晴らしい場所だと少年は思った。
「ちょっと、探索してみよう」
そう言って少年は更に奥へと足を進めた。




