第12話 帝都にて
プライベートでトラブルがあった為に遅れました。
ミスのフォローって大変ですね。てんてこ舞い中であります。
次話も遅れます。
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遥か忘却の彼方へと押しやっていた遠い記憶が浮上してくる。
物心さえ虚ろで世界の何もかもが途方もなく巨大に感じていた頃……ちっぽけで幼かった日々の、思い出だ。
脆弱な自分を守るように優しく包み込み、言い知れない孤独と不安に泣き叫ぶ自分を宥めてくれた。
そして、無償の安らぎと癒しを与えたてくれた。
それは、まさに母なる抱擁だ。
「ああ~、いいわー……これ、凄くいいわー」
身を任せれば任せる程にどこまでも柔らかなソファーに沈みつつ、俺はだらしない声を漏らし続けていた。味わった事のないフワッフワでモッフモフな感触を前に魂から歓喜せずにはいられなかったのだ。
無事に渡界門でアルブームに戻って来た俺達は、待ち構えていた武装集団――帝国兵士――に促されるままに遺跡から連れ出さられ、これまた待ち構えていた明らかにVIP仕様の装飾過多な馬車で帝都ディオウルに向かっている。俺を待っている人が城にいるらしい。
馬車と言ったが、引いてるのは妙にツヤツヤした鱗がある恐竜っぽい鳥で、走竜と呼ばれる家畜化に成功した亜竜の一種だ。
かなり血統の良い馬と比べても凄くお高いらしく、富裕層にとって保有している事がステータスになってるとか。
馬車の内装も、外見に負けず劣らずワインレッドを基調に金銀の装飾があしらわれた絢爛豪華なものだった。
床に敷かれた『何コレ、足首まで沈むんですけど……』的な絨毯も、天井に飾られた『ココは、馬車の中ですよ?!』的なシャンデリアも、その他の細々とした物をどれ一つ取っても恐ろしく高価なのは間違いない。
「フッフッフ……下賤な愚民共を眺めながら飲む酒は、いつにも増して格別だな」
燃やした紙幣を松明代わりにする――この世界の貨幣は硬貨のみだが――成金色なセリフが、唐突に聞こえてくる。
声のした方を見ると、フェリがワイングラスを片手に弄びつつ窓付近でどこかで見たポーズを取っていた。いつ用意したのか不明な付け髭とくるくるカールのかつら、バスローブまで装着済みである。
「おい、フェリ……何をしている?」
「何かね? 私は、勝利者としての愉悦に浸っているだけなのだがな」
イラッとしたので、無言のまま羽虫を鷲掴みにして、徐々に締め上げてあげた。
一息に力を込めないのは、握り潰した勢いで色々と飛び散らして高価な物を汚さないようにといった配慮からだ。羽虫の体液の所為で弁償とか、1ゼルたりとも御免被る。
「ちょ、ちょっと……マジ洒落になんないほど絞まってるから……」
『ギブ! ギブ!』と手をパシパシ叩いてくる感触がするが、きっと気のせいだ。もう少しで楽になるから我慢してほしい。
結局、羽虫の息の根を止める事は叶わなかった。後少しのところで、御者台から声がかかり気を逸らした隙に逃げられてしまったからだ。実に惜しい。
「漸く帝都に着いたみたいだなにゃ~」
「すみませんが黙ってくださいます? 不快ですから」
御者台からの知らせは帝都に着いたというもので、それをきっかけにトアと会話をしようとしたレヴィが見事に撃沈されている。これで十回連続トライ失敗だ。兄と妹の間に出来た溝は、かなり深いようである。
「に、にゃ~そろそろ許し―――」
「ああ゛?」
マリアナ海溝並の深さはありそうだ。本気もんの殺気を飛ばされ、レヴィは隅の方ですっかり小さくなっている。
まあ、自業自得だし……同情はしないな。
変態に慈悲は無いのだ。
「・・・ん、美味」
我関せずのエルは馬車に乗ってからずーっと用意してあった果物やら菓子やらを貪っていた。
特にドライフルーツと胡桃を生地に練り込んで焼かれたクッキーが気に入ったらしく、早々に魔法の鞄にあるだけキープしていた。ローブで隠しながらなので、本人はバレていないつもりだろうが、俺は一部始終を見ている。バレバレである。
「にゃ~でも、ユーマがお偉いさんの関係者とは思わなかったぜい」
……もう復活したのか、相変わらずだな。
「えっ?! そうなの?」
「じゃなかったら、こんなすげぇーお迎えされないにゃ~。この馬車だって、本来なら他国の権力者とかを歓待する特別なヤツだしにゃ~」
「ふむふむ、つまり変態さんの意見を参考にすると……ユーマも権力者、もとい大金持ちである可能性が高いって事?」
「にゃ~」
レヴィとフェリの会話してるってのも新鮮な光景だ。フェリと行動を共にするようになった頃、レヴィは檻に入っていたから当たり前の話なのだが……ってか、フェリのレヴィに対する呼び名は『変態さん』でいいのか? 否定はできないだろうけどさ。
あ……。
レヴィがトアから『何、勝手に口開いてんの?』という因縁と制裁を受けた。あの肘鉄と裏拳のコンボならしばらくは動けないだろう。ゴブリン程度なら頭丸ごと爆散する威力はあった。
「へっへっへ、旦那も人が悪いですぜ。金持ちなら金持ちだと教えてくださいよ、水臭いな~。……お小遣いはいつでも歓迎しますぜ」
目の前の惨状を他所にゲスな笑みと揉み手で羽虫が鬱陶しく擦り寄って来たので、希望通り小遣いに瞬速の平手叩きをプレゼントしたのだが……ちぃっ! 紙一重で躱されてしまった。
「ちょっと、いきなり何するのさーっ! 人が下手に出て、煽ててやってるのにーっ!!」
俺の攻撃有効範囲から逃れたフェリが両手を振り上げて抗議をしてくるが、生憎と羽虫に傾ける耳など持ち合わせてはいない。
それよりも初動を限りなく抑えたのに攻撃を避けられた事の方が問題だ。羽虫の分際で、妙な感を働かせている気がする。
……っく、癪だが対策が必要のようだな。
羽虫相手に貴重な時間を1分でも費やすのには抵抗があるが、止む負えない。放置して舐められる方がよっぽど腹に据えるとわかっている。
「それより、ホラ」
ん? 何だ、その手は?
「だから、ホラって! ……本当にわかんないの?」
「手を千切ってほしいのか?」
「ぉうぇい! あっぶなー!」
差し出されたから丁寧に引っこ抜いてあげようとしたら、また逃げられた。やはり綿密な対策を講じるべきだ。
「ないわーマジ有り得ないわー」
「おいおい、逃げたら千切れないだろ? 大人しくしてろよ」
俺の親切を素直に受け取らないとは、失礼なヤツだ。
「そんな怖い事、誰も求めてないし!!」
「じゃ、何だよ?」
「手のひら見せてんだから察してよね! 慰謝料だよ、示談金だよ!! 今までの私に対する暴力行為をお金でチャラにしてあげるって言ってんの。そうねー……一千万ゼルで許してあげる~」
……ふぅー、どうやら今日は絶好の殺虫日和みたいだ。
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外から聞こえてくる音から馬車が走ってる街の様子が変わった事に気付く。
先ほどまでは活気に溢れた感じで、人々の話声や生活の雑多な音に溢れていたのだが、今はもう静かな落ち着いた空気になっていた。
中の様子を見られないようにする配慮か、プライベートをしっかりと確保された馬車――VIP専用車らしいし――の窓から外の様子を窺える範囲は凄く限られていた。顔を横にしながら屈んで覗き込み、建物の一階部分がやっと見えるというくらいなのだ。
「旧市街に入ったみたいだね」
「旧?」
「そうだよー。帝都は大きく言って、新市街と旧市街に分かれてるんだ」
「にゃ~新しっゲボッ?! ゴフッ!? ブホッ!!」
トアの後を継いで説明を始めようとした男の断末魔の叫びを聞いた気がするが、気にしない。だって、鳩尾に一撃からのフック、アッパーと続いた高速右ブローがとても怖かったから……。
説明によると、帝都ディオウルの街は帝国平定戦争以前からある古い街壁を境に二つの街が合わさったような構造になっているらしい。人口が増えるにつれ町の規模を拡大した結果なのだろう。
街壁より内の王城がある側が旧市街で主に富裕層が住んでいて、街壁より外の本当の意味で外界と街を隔てている壁がある側がその他大勢の一般人が住む新市街だそうだ。
ちなみに、トアも旧市街に来るのは初めてだとか。
なるほどねー、静かなのも納得だな。
元の世界でもお金持ちが住んでる町もこんな感じだったと思いだした。やはり異世界であっても、人間はお金に余裕があると生活態度が落ち着くっぽい。……まあ、俺の持論だけど。
「本当にユーマは、その……」
「何だ、トア?」
「お金持ちなんだなーって」
「違うぞ」
「え?」
「いや、普通に考えてさ、トアが想像しているような立場だったら冒険者みたいな危険な職業に就いてないだろ? ……あーでも、騎士とかだったらスキル目当てでギルド登録するんだったな」
「ほぇ? あれ、ならどうし―――」
「貴様、謀ったなーっ!!」
俺とトアの会話を横から少々草臥れたフェリが遮った。ワンパターンなドロップキックの襲撃だったので、ひょいっと避ける。
十数分ぐらい前に舐めた発言をしてくれたお礼で、ソフトボールの如く簀巻きにして馬車の外に逆さ吊りにして置いたのだが、もう脱出して来たようだ。本当にGが顔負けする逞しさである。
「お前が勝手に勘違いしてただけだろ。……多分だが、帝国の偉い人に知り合いがいるから、その人経由でこんな状況になってるんだと思うな」
「へぇ~権力者の知り合いがいるんだー……これは、またビッグマネーのチャンス?!」
「その人が金持ちかは知らないぞ」
「チッチッチッ、甘いなー。権力者なんて人種は、一人の例外もなく賄賂とか貰ってるんだよ? 毎日、黒いお金でウハウハなんだよ? そんな常識も知らないの~子供でも知ってるのに~」
うん、そんな羽虫的常識なんか知らない。
得意気な顔で極めて偏った主張を語っていたフェリだが、俺が言葉の節々に混ぜられた意趣返しの挑発を受けて立とうかなと一念発起したところで、『ハッ!』と何かを思い出したように頭からピーッと沸騰したヤカンの如く煙を出し始めた。……一体どういう仕組みなのか、真剣に気になる。
「無知な愚か者に親切丁寧に常識を教授してやっている場合じゃなかった! ってか、まずは謝れーっ! 何度も地面に頭が着きそうだったんだからね!! 車輪にも巻き込まれそうだったんだよ!!」
「あ~ごめんごめん」
「むきーっ! もっと真剣に謝罪しろーっ!!」
「ふぅー……五月蠅いぞ、羽虫」
「うわーん、真正面から羽虫って言われたーっ!!」
フェリがトアの胸に泣きついてしまった。俺の完全勝利だ。
さすがにいくら羽虫でも今回はかなり堪えたよう―――
「ぐすんぐすん……お胸が硬いよー……」
―――盛大に地雷を踏み抜いた羽虫が、俺の目では捉えられないスピードでホールドされた。獲物に跳びかかる肉食獣もビックリな早業だ。
『グゥェーッ』と蛙の潰されたような声が上がる度に、トアは笑顔を深めていく。だが、その目はどこまでも冷たく笑っていない……とても恐ろしい。
バッ?!
突然、エルが座席から腰を半ば浮かせ、キョロキョロと周囲を見回し始める。
その顔は普段と変わらず無表情だったが、長い時間を共に過ごした者にだけ読み取れる深刻さと切羽詰まった緊張を孕んでいた。
「どうした?」
「・・・・・・」
俺の問いかけに目が合ったものの、沈黙するのみで答えない。
「おい、エル!」
「・・・どこ……」
「良く聞こえない」
「・・・私の山盛りコロッケ、どこ?」
寝惚けていただけだった。
・・・涎、垂れてるぞ。
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漸く馬車が止まり、外から両開きの扉がゆっくりと開かれる。
目の前に聳え立つ気高く荘厳な白亜の城。その洗練された佇まいは、相対する人々を等しく魅了し呆けさせるほど美しい。
「おう、良く来たな」
声をかけられ初めて、目の前に自分達を出迎えてくれている存在がいた事に気付いた。
その男は、馬車から続く左右一点の歪みもなく整列した騎士達で成された道の中央に、悠然と立っていた。俺達と違い気負う素振りもなく、歓迎の笑みを浮かべている。
紅い短髪に厳つい顔立ち。
大柄な身体には、裏打ちされた強者の覇気。
そう、剣帝ボリス・ドラグノートだ。
帝国が誇る大剣使いにして、俺の剣の師匠……そして、同じ悲しみと苦しみを知る唯一の人物であった。
「お久しぶりです、ボリスさん」
「半年ぶりくらいか? ……ふむ、随分逞しくなったみたいだな」
「言われた通りの日課をサボってませんから」
「素振りと型か? それだけじゃないだろ」
バシバシと俺の肩を叩きながら――少し……普通に痛い――笑うボリスさんは、ボルドラで一緒に過ごした時と変わらない態度だった。
立派な騎士の鎧とマントでビシッと決めていたし、周囲には同じく整然とした騎士の人達がいるから、公式での礼儀とか気にしてたんだけど要らぬ懸念だったようだ。
「それにしても……この歓迎は、ちょっと大袈裟過ぎませんか?」
「やはりユーマもそう思うか」
「やはり? も?」
「ん、あー……いや、これはなー……」
なんだ? すげぇー苦虫を潰したような顔して。
「すまんな、誰の指示かは秘密で言えないんだ。……燃やされるし」
「・・・・・・」
ボリスさんの呟きで誰が元凶か、全てを理解した。
時偶、齎される冷や汗もんの情報や物騒な発言から薄々予想していたが、帝国は彼女の手に堕ちているらしい。
「まあ、察してる通りだ」
「……来てるんですか?」
「ああ、一ヶ月も前からな……」
ボリスさんの顔に差した影の濃さから、この一ヶ月間の苦労が滲み出ている。
さらに何故だか――……いや、おそらく理由は同じだろう――、この話題になった途端に整列中の騎士さん達から怯えた気配を感じた。
「じゃあ、行くか。」
「そうですね」
「あまり待たすと……また誰かが八つ当たりされるしな」
「そう、なんですか?」
「そうだ」
『八つ当たり』の言葉に勇猛だろう騎士さんの数人が反応してガタガタと震え出した。脂汗に冷汗、涙、泡を吹き出す人までいる。完全にPTSDを患っていらっしゃるようだ。
一体、何が……。
と、視界の端でまだ無事な騎士さんに対して、バッキンガム宮殿の衛兵に悪戯するバカな観光客の如く、ちょっかいを出している羽虫を発見したので、とりあえず叩き落としておいた。
◎帝都王城某所
「まだかしらね~」
一人の上機嫌な声とは裏腹に、その他の者達はこの上なく張り詰めた空気を放っていた。
と、そこに一人の兵士が走り込んで来る。
一斉に期待する視線が集まった結果、その兵士は一瞬だけ及び腰になってしまうが、すぐに自分の役目を思い出し気力を振り絞って任務を遂行する。
「報告します!」
「うむ」
「御迎えした一行が城門前に到着したとのこと」
「了解した。下がってよいぞ」
「ハッ!」
己の仕事を全うした兵士が部屋から厳かに退出していく。
扉が閉まった後、廊下で何かが……いや、人が倒れたような音が響いたが、それに構っていられる余裕のある者はこの部屋に『一人を除いて』いない。
部屋に張り詰めた空気は、わずか数分で一人の兵士を失神させるほど精神に負荷のかかるものなのだから。
「そう、到着したの……」
嬉しい知らせであるはずであるのに、顎へ人差し指を添え何やら考え込む様子を見せる彼女。
「如何なさいましたか?」
「折角だから、一つインパクトのある出迎えをしましょう!」
「「「ゴクリッ」」」
提案した者以外、その部屋にいる全員がその言葉に息を呑んだ。




