第3話 頬笑み
12月7日 改稿
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ガクッとなって目を覚ます。
見慣れた天井。見慣れた壁、そしてドア。
そこは、自分の部屋のトイレだった。
ああ、やっぱり夢だったのか。
何とか帰宅したものの憔悴しきっていた所為で、そのままトイレで寝てしまったらしい。
「不思議な夢だったな。いくら整理してた資料に神隠しとかのぶっ飛んだ民話が多かったからって、異世界トリップものの夢を見るとか……かなり追いつめられていたんだな、俺。最後の方なんかハゲ・デブ・眼鏡教授の殺害計画を本気で検討してたもんな~」
苦笑しながらも心の底からホッとしている自分がいた。
しばらくの間、夢だったという安心感にそのまま身を委ねていたが、ここがトイレだったことに気付くとこのままこうしているわけにもいかないと思い直しドアノブに手をかけた。
ドアが開く。
「っ!?」
視界に飛び込んできた光景に呆然とする。
トイレのドア…その先に広がる夢のままの森。
ふと気配を感じて、反射的に後ろを振り返る。
醜悪な豚の頭部を持った二足歩行の化物。
見上げるような高さから見下ろす濁った眼。
…オークだ。
あ、あのオークが、今にも斧を振り下ろそうと迫ってきていた。
「えっ、なんで!? 夢のはずじゃ… うああああああああ!!」
叫びながら逃げようとするが足が上手く動かない。
見なくとも感じる死の感触が首筋に…
ガバッという音が聞こえそうな勢いでベットから上半身を持ち上げて、俺は目を覚ました。
「ここは・・・」
周りを見回すといつかテレビで見た高級ホテルのスイートよりも豪華な部屋だった。そんな部屋の天蓋付きキングサイズベットに、俺は寝かされていたらしい。
見覚えのある天井に、ここが彼女の屋敷の部屋の一つだとわかる。
「ああ、夢じゃなかったんだな・・・」
突き付けられる厳しい現実に落ち込んでいると扉を叩くノック音がして意識をそちらに向ける。
とりあえず、すぐに返事をして来訪者に部屋の中へ入るよう促した。
「目が覚めたみたいね。よかったわ~さすがに私も、ダメかと諦めかけていたのよ」
来訪者は、おそらくこの屋敷の主人であるシャルロッテさんだった。
彼女は、部屋の扉をセバスさんに開けてもらいながら優雅に近付いてくる。
「あの、俺はどうしてベットに?」
「あらあら~覚えてないの? 私が貴方にこれから起きるであろうことを丁寧かつ解り易く説明しようとしたのに…貴方ったら吐血しながら失神したのよ。どう?思い出したかしら~」
確か、テラスでお茶を飲みながら『元の世界に帰れないこと』と『数時間後には死んでしまうこと』を・・・そうだ!それで、血が垂れてきて…死の宣告を受けていたんだった!!
「あ゛っ!!!」
「その様子だと話の内容は思い出したみたいね~よかったわ。もう一度、説明するのは面倒ですもの」
「お、俺は本当に死ぬんですか? さ、さっきは血とか出てましたけど…もう大丈夫みたいですし……そ、それに身体も何ともありませんよ。ほらっ」
少しテンション高めに声を張り上げて、元気アピールに腕をグルングルン回す。
ブチッ ボトッ
「えっ!?」
振り回していた左腕が床に落ちた。腕を失った肩から少量のどす黒い血が流れ出す。
腕がもげてしまったのに痛みもなにも感じず、俺は自分の身に起こっていることであると認識できないまま床に転がっている左腕を茫然と見つめる。
「あ~~~ダメよ!無理に動かしたら~。もうとっくに貴方の死亡予定時間を過ぎているのよ。身体の内臓機能はおろか、細胞一つ一つが崩壊を始めて、全体的に脆くなっているんだから安静にしてなきゃダメでしょ!!」
も~っとシャルロッテさんが顔を顰めた。
でも、ちょっと待ってほしい! 腕が、腕がとれたんですよ!! ポロって……え? 内臓もダメなの?? さらに身体中の細胞も現在進行中でダメになっているって??? ・・・ハハ…ハハハハッアハハハハッ! アヒャヒャヒャ!! オレ、オワター!!!
壊れた笑い声を上げている俺だったが、彼女の追撃の言葉は止まる事を知らない。
「本来ならもっと早い段階で、痛みによるショック死しているはずなのよ。そこをなんとか私の特別調合したゾンビ薬…じゃなかった、え~っと治療薬?で、痛覚遮断と状態異常耐性とか色々付与して症状の進行を抑えているの。まぁ~後二時間は死なないと保障するわ」
なんか不吉な薬により俺は生かされているらしい。
そっかーゾンビ関係の薬?〇ウィルス的なものを使っているのかな。だから、血があまりでなかったのか~だって死んでるんですもの!出る血も真っ黒いしね~だってゾンビですもの!!
もう俺は完全に現実逃避を開始していた。
残りの人生は約二時間。異世界に全裸で飛ばされたりと波乱万丈だったな…俺の人生。もう思い残すことは・・・・・・多すぎるんじゃいボケぇぇぇ!いやだぁああ死にたくねぇぇぇ!!DTのまま死ぬのは嫌ぁああああああ!!!
「ん~っと本来ならどうして貴方がそんな状態になったのか、ゆっくりと親切丁寧に説明してあげたいところなんだけど…時間もないしね~」
心の底から止むなしといった態度でシャルロッテさんが言葉を切る。
それから、虚ろな目の俺に向き直り彼女は微笑を浮かべてから囁き始めた。
「一つだけ…貴方が助かる方法があるのよ。私だけが実行可能な方法がね。貴方が望むなら応えてあげる。どうする? 助かりたい? 死にたくない? 生きていたい? さあ、貴方の答えを聞かせてちょうだい」
ゾクっとするほど甘く官能的で、魅惑的な言葉だった。
だからこそ、平常時だったら言葉の裏に隠された思惑を感じ疑っただろう。
でもこの時の俺は、―――――――
え? あるんですか死ななくていい方法が! 早くいってくださいよ~もう、頭の中で人生の終わりBGM(俺選曲“ガ〇ダーラ”)が流れていたじゃないですか~夢の世界を探しに行くところだったよ~。
――――――ってな具合ですぐに飛びついた。
俺の目には既に光が戻っている。
そして、なぜかシャルロッテさんの瞳もキラッキラしていた。
「お願いします! 助けてください!! ま、まだ死にたくないです。生きていたいです」
「そう、わかったわ。あなたの望みを叶えてあ・げ・る」
ニッコリと微笑む彼女は女神に見えた。
「じゃあ~意識を切るを注射するわね。次に目を覚ましたら新しい身体になっているわ。安心しなさい、ちょっと人間を辞める程度に済ませるから~」
「え゛!? ちちょっと、今、サラッと重要なこと言いませんでしたか!?」
俺の言葉が聞こえてないのか……あ!今、こっちをチラ見した。絶対聞こえているよな? なんで無視するの?? どうして目を逸らすの??? 嫌な予感がするんだけど。正しいインフォームドコンセントをして下さい。
注射しようとする彼女に抵抗しようと身を起こすが―――――――
ガシッ
――――背後から伸びてきた腕により抑えられた。
セバスさん!? いつの間に!
「プスッと。は~い、お注射終わりましたよ~おやすみなさ~い」
し、しまった!シャルロッテさんの口元が吊り上がりニヤリッとしている。
ほあ~?視界がぼやけてきた。ああ~気持ち良くなって…眠く……もうどうでもいいや~。アヘアヘアへへへ…
「おぉ~!この麻酔薬いいわね、もう効いてきたみたい。ギルドの連中もなかなかがんばってるじゃない」
「お嬢様、そちらの薬剤は即効性の猛毒薬です」
「え? そうだっけ。まあいいわ~セバス、彼を地下の研究室に運んどいてね。うふふっ、異世界産の実験素体なんて腕がなるわ~!!」
途切れる意識の中、最後に見た彼女の笑顔(もう、二ッコニッコ!)は悪魔そのものの微笑みだった… orz