第12話 依頼②
翌日、昨日と同じく日の出前に起きた。
こっちの世界に来てからというもの早寝早起きの生活が当たり前になっている。
さっそく、身支度を整えて冒険者ギルドへ向かうことにする。もちろん、依頼のためだ。
「…これが本当の朝飯前ってね」
俺の独り言は朝の爽やかな空気にとけていった。少しだけ気温が下がった気がするが、俺はめげないぞ!
冒険者ギルドに入ると既に多くの冒険者が掲示板の前で依頼書を吟味していた。
早朝にも関わらずギルドは変わらず盛況のようだ。
この世界の人々の朝は基本的に早い。
理由はそれぞれだが、なんといっても夜更かししないのが一番の理由だろう。
灯り自体は安い値段の魔道具があるので夜更かしをしようと思えばできるのだが、如何せんこの世界には娯楽が少ない。あっても、飲酒ぐらいなもので、その予定がない者は早々に寝てしまうしかやることがないわけだ。ホント、元の世界では考えられないほど健康的な生活だよ。
んじゃ、俺も依頼書を吟味を吟味しますかね。あと一つでランクアップできるらしいし。
気合を入れて自分のランク色の掲示板に向かおうとしたところで、俺を呼ぶ声に引きとめられた。
「あ~ユーマ君、待って!掲示板に行く前に、こっちに一度来てくれるかしら?」
呼んでいたのはカリナさんだった。
言われた通り、彼女のカウンター前まで足を運ぶ。
「おはよう、ユーマ君。さっそくで悪いんだけど、指名依頼が来ているのよ。だから、確認してほしいの」
「おはようございます、カリナさん。指名依頼ですか…それってなんです?」
「普通なら指名依頼は凄腕の冒険者にされるものだから教えてなかったわね。簡単に言うと、仕事の内容・報酬などを依頼主と冒険者間だけで取り決める個人契約依頼のことよ。個人契約だからもちろんギルドが間に入らない分、報酬が高いわよ。ただし、何が起きても全て自己責任だし、ギルドの支援も望めないわ」
「個人契約ですか…俺は指名されるほどの実績ないと思うんですけど。依頼だって実質三つしか受けていませんし」
「普通は指名依頼なんか来ないと思うわよね~でも、実際に来てるし来ている以上、ギルドには紹介する義務があるの。受けるか受けないかは、自由だからそんなに気負わないでいいわよ~ホラッ!とにかく確認してみなさい」
笑顔でカリナさんは持っていた依頼書を俺に差し出してきた。
にしても、一体、誰だよ?俺を指名するなんて。
少し訝しげな思いで、俺は受け取った依頼書に目を落とす。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【指名依頼】
依頼者:クマさん食堂
内容:手伝い(要相談)
報酬:銅貨60枚以上 賄い付き(要相談)
参考:お前には才能がある!
注意点:娘に手を出したら絶対に殺す!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
なるほど、食堂の親父さんからだったのか。スカウトするぐらい俺を気に入ってたみたいだし…まぁ、これなら有り得るかな。
しかし、この注意点の項目から…文字から凄まじい本気を感じるな!気をつけよう。
「ふふふ、随分気に入られたみたいね。雑用系の指名ってのは珍しいわね~で、どうする?」
珍しいのか…まあ、そうだろうな。冒険者に雑用指名って・・・親父さん。
「う~ん、とにかく詳しい話を聞いてきます。それからですね」
「そうね。それが良いと思うわ。じゃあ、これでギルドの義務は終わりよ。後は自己責任だからちゃんとするのよ」
「はい。わかりました」
せっかく指名してもらったんだから朝食の後に行ってみるかな。
ついでに普通の依頼も一つ受注した。ギルド登録した日から残っていて、少し気になっていた依頼だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【引越しの手伝い】
依頼者:魔技師トーマス
内容:荷物整理
報酬:銀貨2枚
参考:魔道具の扱いに心得があること
注意点:魔道具制作の道具など扱いに細心の注意を!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
依頼者の職業である魔技師ってのは、魔道具製作を専門に仕事をしている人のことだ。
俺は魔法を使えないから、冒険者をやっていくうえで魔道具のお世話になる場面が多いと思う。魔技師の依頼人と知己を結べれば、何かと便利なはずという少しの打算もあってこの依頼を受けることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宿に戻ってくると、ボリスさんからの置手紙が残されていた。
手紙には、シャルロッテさんに会ってくる・三日後に帰ると書かれてあった。多分、昨日の事だろうけど…彼女のコトで気にしたらダメだと思う、ボリスさんも早く気付けばいいのに。
俺は朝食を一人で済ませ、さっそく指名依頼の件でクマさん食堂へ向かう。普通の依頼は昼からなので、その後に向かっても十分に余裕がある。
食堂には、まだ一日しか空いていないのですんなりと着けた。まだ開店はしていないみたいだが、扉は開いていたので暖簾をくぐり中に入る。
「おはようございます。ユーマです。依頼の件で来ました」
俺の声に反応して厨房の奥から熊が…じゃなかった、親父さんが出てきた。
「おう!待ってたぞ。茶を用意するからそこの席に座って待ってな」
親父さんはもう一度厨房の奥に引っ込み、二人分のお茶を持って戻ってくる。
俺は親父さんが席に着くのを待って、依頼の事を尋ねた。
「まあ、そう焦るな…坊主は宿住いだったろ?新人冒険者にとって宿代もバカにならないんじゃねえのか?」
「たしかにそうですが・・・」
ん?急に何の話だ??依頼の話じゃなかったのか??
俺の困惑を他所に親父さんは二カッと笑う。
「ここで相談なんだが、家の裏庭には使ってない離れがある。6年前まで、帝都の行っちまった息子が住んでいたんだがそこに下宿しねえか?街にいる時に朝の仕込みをちょっと手伝ってくれりゃータダいいぞ!さらに、坊主が暇な時に手伝ってくれれば、その度に銅貨60枚賄い付きでどうだ?」
え!?下宿の誘い?しかも結構好条件だな。
たしかに親父さんの言う通りで、宿代だってバカにならないのは本当だ。
冒険者の仕事は命懸けの分、稼ぎの良い仕事だ。しかし、安全マージンをとろうと思えば、下準備にもかなりの出費があり、結局のところどっこいどっこいに終わることも多い仕事でもある。…特に駆け出しの間は。
さらに、荷物の問題もある。一般的に冒険者は泊まっていなくとも宿泊代を払って自分の荷物を置く場所を確保している。その出費額は、年間で約金貨2枚…日本円で200万円、芋虫に換算すると1000匹分だ!・・・うん、キショい。
5分後、俺と親父さんはがっしりと握手をしていた。
「「明日からよろしくな(お願いします)!」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は笑顔で親父さんと別れた後、もう一つの依頼をこなすべく、魔技師トーマスの下を訪ねた。
彼の家は市街区の裏道にあった。
ドアをノックしてしばらく待っているとドアの向こうから足音が近づいてくるのがわかる。
「どちらさまで?」
ドアを開けて出てきたのは、40代の痩型で神経質そうな男だった。
「依頼を受けてきました。これ、依頼書です」
「ほう、君が依頼を・・・大丈夫かね?」
俺をじろじろと品定めするかのように見てくる。しかも少し疑わしげな言い方だし。また、子供とか思われてるのかもしれない。
「あの~これでもギルド規定年齢に達してますよ。確認しますか?」
俺は少しだけウンザリしながらギルドカードを取り出そうとするが、男はそれを手で制してきた。
「ああ、そうじゃない。君の年齢を疑ったんじゃない。依頼書にも書いてあった通り、引越しの荷物の中には魔道具制作の道具や素材があるから扱いの心得があるのかってことだ」
ぉおう、街に来てから散々子供扱いされることがあったから自意識過剰になってたぜ。
…にしてもなんかこの人、さっきから態度が高圧的なんだよな。
「それなら安心してください。実家でも同じような道具を扱ってましたから。それに俺自身、多少の心得もあります。ですから、道具の扱いには細心の注意を払いますよ」
「ほう…。こっちだ、来てくれ」
一応は納得したのか、家の中に入ることができた。
実家というのはもちろんシャルロッテさんの家で、多少の心得って言うのはもちろん彼女の常識講座・魔道具編で仕込まれた。結構熱心に魔道具制作を指導されたのだが、初級くらいしか身に付かなかった。・・・もちろんそのせいでお仕置きを受けました orz
ってか、魔道具制作なんて常識で覚えるモノじゃないでしょうよ!!
最初の内、トーマスさんは俺の作業を監視していたが、しばらくして安心したらしく自分の作業に集中していた。
そんな感じで黙々と作業は進んでいった。
「ふう~、ありがとう。君が来てくれて、本当に助かったよ」
「いえいえ、満足して頂いたみたいで良かったです」
作業が終わる頃にはすっかりとトーマスさんの態度は一変していた。
彼にも最初のような態度をとった理由があった。
聞いた話だと俺の前に何人か依頼を受けて冒険者が来たのだが、その全員とも道具の扱いを知らず乱暴に扱うので追い返したんだそうだ。その度に、ギルドへ文句を言うのだが改善されず、一向に進まない作業のストレスでまいっていたところに俺が訪ねて来て、ついあのような態度をとってしまったらしい。
最後には「すまなかった」と謝られたから、普段は良い人なのかもしれない。ついでに、魔道具が必要な時はいつでも相談に乗ってくれると約束してくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ギルドで依頼完了の報告と報酬を終える。
手続きをしてくれたのはやっぱりカリナさんだった。
「おめでとう!これで、ユーマ君は昇格試験を受けれるわよ。さっそく、試験の説明を始めるけどいいかしら?」
「ありがとうございます。それとお願いします」
俺の返答を聞いて、カリナさんは一度座り直しキリッと真剣な顔になって話し始めた。
「試験は毎月末に行われ、何度でも挑戦可能です。ただし、一度試験に落ちてしまうと一ヶ月の期間を置かなければ、再受験は認められませんのでご注意ください。今回は青色ランクから銅色ランクへの昇格試験ですので、一次試験と二次試験を突破した者が昇格となります。試験の内容ですが、一次試験は試験官との模擬戦、二次試験は簡単な討伐依頼を受けてもらいます。試験をお受けになる場合は12時…お昼の鐘までにギルドへお越し下さい。以上が昇格試験の概要ですがご質問はございませんか?」
あの~なぜ、いつもと口調その他が違うのか気になるんですけど…気にしたらダメなのか?
「いいえ、大丈夫です」
「それではご健闘をお祈りいたしております」
カリナさんは完璧なお辞儀をして、顔を上げる。
「ユーマ君、そんなにキョトンとされると困るんだけど。えっとね、ギルド就労規則に昇格試験の説明をする場合はマニュアル通りにって決まってるのよ。守らなかったら給料カットされちゃうんだから~」
ああ、規則だからだったのか…変な物食べてオカシクなったのかと思ったよお。そんなこと言ったら怒られそうだけど。
「そうなんですか。急だったのでビックリしました」
「ふふふ、お姉さんの違う一面が見れてドキドキしちゃった?」
俺はからかおうとするカリナさんを軽く受け流して「それじゃ、帰ります」とギルドを後にする。背中越しに「もう、ウブねえ~」とか言っていたけど知らない。
宿屋へ帰宅途中で、これからの予定を色々思案してみる。
一次試験は模擬戦か・・・三日後にボリスさんが帰ってくるから剣の稽古を頼んでみよう。本格的に戦闘技術を身に付ける良い機会だろうし。それまでに…う~ん、いいかげん装備も整えなきゃなってか、剣すらまだ一度も使ってないしな。……あ、そうだ。明日は引っ越しもあるんだった。生活用品も買い揃えなきゃ………そのついでにクリスの所で防具も買うか…………お金足りるかな?
宿に着く頃にはだいたいの予定が決まっていた。
そして、俺は宿屋での最後の夜を過ごすために二日間お世話になった扉を押した。
お読みいただきありがとうございます。
よろしかったら主のヤル気向上のため、評価・お気に入り登録をお願いします。