第9話 相棒
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ギルドを出た後、ボリスさんの先導で、場所は商業区と工業区に境目にある武具店へと向かっている。冒険者ギルド二階にある喫茶店『猫の目』のマスターから教えてもらった店らしい。
さっきから同じ様な裏道ばかり通っているんだけど……ボリスさん、迷ってないよね?
無事辿り着けるか、少々不安だ。
「ん? あ、一つ前の角だったか」
・・・・・・訂正、凄く不安だ。
「うーむ……ここが、そうだな」
かなり裏道を奥に入った場所に、目的の店はあった。年季の入った看板には、『バロット武具店』と書かれている。
周囲に人の気配が全くなく、他人事なのだが、経営とか大丈夫なのだろうかと心配してしまう。
店の前であれこれ思案している間に、ボリスさんは店の外観に沿った古い扉を押し開けていた。店内から漂ってくる金属と油、加工前の皮や膠の独特な香りが鼻を突く。
「いらっしゃい!」
ボリスさんの後に続き、俺も急ぎ店内に入ると、10代半ばの女の子が笑顔で出迎えてくれた。
左右に揺れるポニーテールの赤毛と少し勝気なコゲ茶色の瞳が快活な雰囲気を感じさせる。
多分、この店の娘さんなんだろうな。店番を頼まれたのか?
「『猫の目』のマスターに勧められてきたんだが、こいつの剣を見繕ってもらいたい」
「ああ、マスターの紹介ね。って事は、この子、冒険者なの? ……少し若過ぎない??」
「俺は、これでも15歳―――本当は26歳なんだけど―――だ。君も店主にしては若いよね?」
現在の自分と同い年ぐらいの少女に子供扱いされた俺は、ちょっとだけムッとさせられた意趣返しに、嫌みを混ぜた言葉を彼女に返した。
……うん、大人気ないな。
自覚して、少し凹む。
「ほぁ?! 15って・・・同い年? ごめんね、10歳ぐらいだと思った。それと、私は店主じゃないよ。店主の親父が遠くの街まで仕入れに行ってるから、店番してんだ~」
10歳は、いくらなんでも言い過ぎだろ!
ってか、ボリスさんも笑わない!!
俺のジト目に気付いたボリスさんは、苦笑しながら様々な武具が飾ってある一画へ退散する。
受け答え何かを見ると年齢の割にしっかりした少女なのは認める。店内も綺麗に整頓してある点も評価できる。
だが、10代半ばの少女一人に店番なんか任して大丈夫なのか?
「あー! 今、『こんな若い娘に店番を任して大丈夫かよ』って顔した~!!」
「うっ! なかなか鋭いな…」
「んもう!!」
頬を膨らませ拗ねる様子は、年相応の、どこにでもいる10代の少女だ。
「って、まあ……言いたい事はわかるから良いんだけどね~。冒険者にとって、装備の良し悪しは命の危険に直結するからさ。でも、安心してよ! これでも、物心付く前から店を手伝ってんだ。そこいらの新人鍛冶師に負けないくらいの実力はあるし、目利きもできるから!!」
彼女は、真剣な目で俺を真っ直ぐに見据えながらそう言った。少女のものではない、自分の腕に誇り《プライド》を持った職人の顔でだ。
「それに新人なんだから、有名な鍛冶師が打った剣を買うお金もないでしょ?」
と、最後にイタズラな笑顔で付け加えながら。
うーん……、ムキになって言い返してくるかなと思ったら、自分の実力を相手に説明したうえで売り込んできたな。
話を聞く限り、自分の事をちゃんと客観視できているみたいだ。自己評価も妥当な印象を受ける。
若いのに凄いな。……うん! 信用できるか。
「悪かったな、疑って。金がないのも当たってるし、ここで買わせてもらうよ。俺の名前はユーマ・カンザキ、よろしく頼むよ」
「うん! 任せて。私はクリス・バロット。クリスでいいわ。それじゃ、さっそくリクエストを聞こうかな?」
リクエストねー……、自分に合った剣の傾向は?って事なんだろうけど・・・・・・困ったな、全然わからん。
そもそも俺はこの世界に来るまで、こういう類の物に触れた経験など皆無な一般ピープルだ。銃にしても正式な訓練を受けた訳じゃない。旅行先のレジャーの一環として経験があるだけだ。
もちろんシャルロッテさんのブートキャンプでは、渡された得物―――槍、斧、短剣、剣、テーブルナイフetc.―――を使う場面は多くあった。でも、そのいずれの場面も必死に振り回してるだけで終始完結していた。
まあ、キャンプじゃ、武器の合う合わないとか考える前に『生きるか死ぬか』が優先だったしな。そんなの気にしてたら肉塊になってたし……。
だいたい職業を剣士にしたのだって、ボリスさんが―――
「使う武器が決まってないのなら、剣が一番無難だな。剣なら俺が教えてやれるしな!」
―――と言われたからだ。この街へ来るまでの道中も、少しだけ手ほどきしてもらっただけで……。
「うーん……正直な話、わからないんだ。新人冒険者だしね」
「そうなの? まあ、新人冒険者には珍しくないから、別に気にしなくていいよ。それに、自分から正直にわからないって言ってくれるだけ助かるわ。知ったかして、見栄で使えない得物を買って行く人もいるからね。そんな人はたいてい自滅するんだけど……。んじゃー、こっちで幾つか見繕っていいかな? それと良ければ、ステータスを見せてくれない? 参考にしたいから」
「ああ、頼む。これが、俺のギルドカードだ」
クリスに自分のステータスが見える方を表にしてから、ギルドカードを差し出す。
「どれどれ・・・何?! このステータス!? 平均D- って、既に中級冒険者並みの能力があるじゃない! ふーん、期待の新人ってところかしら。んー…よし! 次は、利き腕を見せてね」
クリスはギルドカードを返すと続いて、俺の右手と右腕を調べ始める。掌、肘・・・そして、肩の順に触られていく。
観察と触診の後、満足したのか、『わかった!!』と一声を残して、店の奥へ引っ込んでしまう。説明なしに、俺は置いてけぼりだ。
クリスの去ったドアの向こうからは、何やら物を探すような音が聞こえてくる。
雰囲気からしばらくかかりそうなので、カウンターに肘をつきながら壁に飾られている高そうな剣やハルバート、槍なんかを眺めて待っている事にした。
10分後、クリスが三本のショートソードと一本のブロードソードを手に戻って来る。
「新人冒険者に好まれるショートソードの中からユーマに合いそうなのを見繕ってきたよ。値段も手頃だからね」
「へぇー、ショートソードが人気なのか?」
「そうよ。新人の内は資金もないし、討伐依頼もないから一応の護身用ってことで、人気なの」
「ふーん。少し試しても?」
「もちろん、どうぞ」
クリスの了解を得たところで、三本のショートソードを順に手に持ち軽く振ってみる。
ボリスさんも気になったようで、こっちにやって来た。
ヒュン! ヒュン!
……軽いな。
ブゥン! ブゥン!
振り回し易いけど……心許ない。
シュン! シュン!
これで身を守れと言われても……頼りないな。
「どう?」
「んー、三本とも軽過ぎるかな。ちょっと頼りない感じがする」
「ショートソードじゃ、そんなもんだろ。そっちのブロードソードも見せてくれ。見せる気があるから持って来たんだろ?」
俺の素振りをじっと眺めていたボリスさんが、ニヤリとしながら口を挟んでくる。
奥からショートソードと一緒に持って来ていたのにカウンターに出さなかったから、俺も気にはなってた。
「こ、これは……持って来といてなんだけど、売りもんじゃないの。ユーマを目利きしてショートじゃ、物足りないだろうなって・・・」
どことなく歯切れの悪い答えを返すクリスを無視して、ボリスさんがブロードソードを持ち上げ、俺に手渡してくる。
「とりあえず抜いてみろ」
クリスは『うわわ! ダメー!!』と慌てていたが、ボリスさんに片手で軽く足らわれていた。
渡された剣を鞘から抜いて、正面に掲げる。
現れたのは、美しく洗練された鋼色の片刃剣。
鍔や柄も特徴的な意匠がなされ、俺でも凝っているとわかる。
そして、何より前の三本のショートソードと違い、剣身に吸い込まれそうな感覚を覚えさせられた。
すげぇー……なんかわかんないけど、すげぇー!!
「滅茶苦茶良い剣じゃねえか!? どうして隠したんだ?」
「えーっと、ね……この剣は・・・・・・私が、打った剣なんだよ。さっきは一人前みたいな言い方してたけど……実は、まだ親父から店頭に並べる許可を貰えてない見習いなんだ。で、でも! そこいらの新人鍛冶師に負けないってのは、本当だよ!!」
どうやらクリスは舐められないよう多少の啖呵を切っていたらしい。しゅんとしながら見習いなのを告白してきた。
彼女の商売相手は荒事を従事する者が多いだろうから、これくらいで丁度いいだろうし、気持ちはわからなくもない。
だが、この剣を店頭に置かせてもらえないってのは……意味がわからん。
決して詳しくもない素人意見なのだが、クリスの親父さんが打ったと思われる壁に飾ってある剣とかよりも出来が良い気がする。使われている素材の違いを超えた魅力がある感じだ。
ベテラン剣士のボリスさんも感心しているくらいだから俺の私見も間違っていないだろう。
「うん、決めた! これを貰うよ」
「ほえ? いいの!? 私の打った剣で・・・・・・私、まだ見習いだよ?」
「ああ、大丈夫だ。これが良い。これが気に入ったんだ! あーでも、お金はあんまりないからお手柔らかに……」
「あははは! 新人冒険者が貧乏なのは知ってるよ。それに、私の初めてのお客さんだからね……特別に銀貨1枚でいいよ!」
「マジで!? ありがとう! 大事にするよ!!」
「おいおい、この剣が銀貨一枚って……普通は金貨1枚以上はする出来だぞ」
はしゃいでる俺とクリスを呆れた目で見ていたらしいボリスさんが、何やら呟いていたがスルーした。お互い満足してるんだから、水を差さないでほしい。
その後、クリスに剣をさげるベルトもサービスしてもらい武具店を出た。
店を出る時に『定期的に剣の点検に来てね!』って、お願いされたから行こうと思う。サービスの良い店は大事にしないとね。
「よし。ギルドの登録も武器の調達も済んだな。宿に向かうか?」
「そうですね。明日に備えたいですし、賛成です」
賛同するとボリスさんは、これまた宿屋も『猫の目』のマスターにオススメを聞いたらしく、またしても先導して歩き出した。
俺もすぐに後を追う。
と、武具店を訪れる前までは、なかった感触に気付いた。
足を一歩踏み出す度に、腰に吊るした剣の重みが伝わってくる。少しも煩わしさを感じない重みだ。頼もしさを覚えさせてくれる重みだった。
これからよろしくな相棒!
ポンッと腰に下げた剣を叩くと返事をするように硬い感触が掌に伝わってきた。
この時の行動を、その日の夜に思い返し、少しだけ悶えた。
お読みいただきありがとうございました。