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ひと夏の記憶  作者: まなつか
第一章 「二人の出会い」
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第一話 「晴れた日の屋上」《一稀》

 よく晴れた日だ。――うん、屋上へ行こう。

 そんな単純な理由で僕は屋上へと向かった。病院のエレベーターのボタンを押して中に入る。

 ……そういえば、さっきの子は大丈夫だったのかな? 半狂乱だったけど。

 さっきの子、まだ若かったな。結構可愛かった。この病院で同い年くらいの女の子に出会うなんて久しぶりだった。

 屋上への道は一旦九階で降りてから階段で屋上に行く必要があった。屋上のドアは普通開いていないが、鍵を盗み出して合い鍵を作って以来入りたい放題だった。

 僕は屋上のドアを一気に開ける。

 すーっと夏の蒸し暑い空気が僕を包み込んだ。この感じ、嫌いじゃない。

 僕は手すりのあるところへと向かった。手すりはもう何年も放置されているのか、ペンキがはげている。僕はそれに手をついてそこから見える景色を一望した。

「……はぁ」

 ため息を深くついた。すると、少しだけ心が軽くなったように感じた。

 ここから見えるのは街全体の景色だ。この病院はちょっと丘になったところに建てられているので周りが見渡せる。海まで見えるくらいだ。

 僕はこの景色を見るのが好きだった。手すりから身を乗り出して街の方を見てみる。

「あれ……?」

 いつもだったら沢山人がいるはずの学校に人がいなかった。おかしいな。

「あ……夏休みか……」

 病院の中では年がら年中医者と看護師以外は休みのようなもんだ。僕は学校に行っていないのでいつしか感覚が鈍くなっていたようだ。本来だったら高校一年生か。

 いつの間にか僕はあの暑い日のことを思い出していた。


 小学校から帰ってきた僕はいつも通り手洗いうがいをしてテレビをつける。そうしているうちに両親が帰ってくるのだ。僕は好きなテレビ番組を寝転がりながら見ていた。

「暑い……」

 少しずつ日は暮れていく。両親はまだ帰ってこなかった。いつもだったらとうに帰っている時間だ。

 僕は寂しさを紛らわすようにアイスを口に突っ込んでテレビゲームをやり始めた。

 何面かをクリアしていくうちに嫌な予感が高まっていった。次第に集中できなくなり、ゲームを切った。そして窓の外を見上げた。赤い空に赤い雲が泳いでいた。僕はそれをしばらく眺め続けた。

 ――いつまでも、いつまでも。

 結局、両親は帰ってこなかった。いつまで経っても帰ってこなかった。僕はひとりぼっちになった。生活での面では問題はなかった。小さい頃から手伝いをしていたおかげで家事は満足に出来るし、うちではお金を銀行に預けず、金庫に入れていたからだ。それを計画的に切り崩していった。不思議と寂しくはなかった。

 そんな生活が一年続いた。僕は小学校を卒業して中学校に入った。両親がいないということは内緒にした。誰にもばれてはいけない。そんな感じがしたからだ。

 しかし、家庭訪問の時になって両親がいないことがばれた。僕は施設に入れられることになった。僕は何も抵抗せず、それに従った。もう何も行動を起こす気がなかったのだ。

 施設に入れられてからの僕は変わった。毎日どこにも行かなくなり、空を見上げてぼーっとしていることしか出来なくなった。そしてあるとき調理場から包丁を持ち出して躊躇無く首を切った。……その頃の僕には、首を切れば死ねると思っていたからだ。普通の人間なら普通に死ぬ。でも僕は死ななかった。それから毎日のように死ぬことだけを考えて自殺を試みた。しかし、どれも成功した試しがなかった。流石に見るに見かねて施設の人が病院に僕を入れた。――それがこの病院だ。

 検査の結果、鬱病と判定。そして医者の川本に言われた言葉――

「あなたは、死ぬことが出来ない」

 ――それが一番ショックだった。


 僕はそこまで思い出して我に帰った。そしてこれからまた飛び降りてみようかと思った。もうこれで通算百一回目の自殺未遂だ。というか僕には自殺癖がついてしまっているのかもしれない。

 僕が手すりに足をかけようとしたその時――

 バンッ!

 大きな音と共に屋上のドアが開いた。そして、すぐにバタンと閉まった。

「誰っ……?」

 僕は足を地面について振り返った。

「えっ……?!」

 さっきの女の子だった。ひどくやつれているような顔だった。黒く、短い髪が整った顔を引き立てていた。

 不覚にも、心臓がどくんと大きく脈を打った。そして、ゆっくりと深呼吸をして言葉を放った。

「あの……どうしたの?」



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