第七話 「恐怖」《美咲》
『お前は死ぬんだ。チエさんみたいに、跡形もなくこの世から存在を消す』
どこからか声が聞こえてくる。
「やだやだやだやだ!」
私は叫びながら目を開けた。すると、さっきの声はぴたりと止み、静寂が訪れる。
「……朝」
昨日はいろいろ考え事をしているうちに寝てしまった。私は昨日のことをすぐに思い出してしまい、また恐怖の感覚に包まれる。
「おはようございまーっす!」
元気な声と共にピンクのナース服に身を包んだ佐藤さんが入ってくる。私は現実に引き戻された。
「おはようございます、佐藤さん」
「調子はどう?」
少し声のトーンを落として聞いてきた。昨日のことで私を心配してくれているのだ。
「……正直に言うと、不安です」
私はこの人にはなるべく本当のことを話している。この人は信用できるからだ。
「そっか、そうだよね。あ、朝ご飯持ってきましたよ~」
お盆に乗った朝食がテーブルの上に出された。ついでに体温計も差し出され、私はパジャマの第二ボタンまではずし、わきの下に挟む。
「いただきます」
私はそうやって箸を持つものの食欲がわかなかった。きっとさっきみた夢のせいだ。
「……大丈夫?」
佐藤さんが心配して訊いてくる。私は大丈夫だと言って無理に食べたが、途中で戻してしまった。
……私、死ぬんだよね……。
また夢を見た。今度は私が死んでいるという夢だった。死んだ私を上から見下ろす私。不思議な感覚だった。両親が泣いている、佐藤さんが泣いている、あのいつもクールな担当医の川本でさえ浮かない顔つきをしていた。
すっと場面が変わった。今度は葬式だ。元クラスメイトが参列していた。私は目をそらした。
また場面が変わる。今度は私の身体が焼かれていた。めらめらと炎を上げている。
「……っ!」
私は耐えきれずにその場に吐いてしまった。夢の中なのに、何か現実味がある――
「――美咲? 美咲!?」
お母さんの声で私は目を覚ました。
「大丈夫なの? 今お医者さん呼んだからね」
お母さんが心配そうにそういった。私はまだ夢見心地だった。ベッドが汚れているのにも気づかなかった。私はすっとベッドから抜け出した。もう何を考えて行動しているのかもわからない。
「行かなきゃ……」
そんなことを無意識に口にしていた。
「行くって……? どこへ行くの?」
「私はチエさんみたいになりたくない。ごめんね、お母さん」
お母さんの顔は見ずに病室を飛び出した。
「待って! 美咲っ!」
お母さんが追いかけてくるのがわかる。私は持てる力を振り絞って走った。もう一年も走っていないのだ。体力はだいぶ落ちている。
そんなときふっとめまいがした。私は誰かの声を聞いた。
――あなたのお母さんは死に神よ。逃げないと殺されるわよ。
そんな声がした。ふっと後ろを振り返るとお母さんが全速力でやってくる。
「嫌だっ! イヤイヤイヤ! 死にたくないよ!」
私はそう叫んで走り出す。
そして曲がり角を曲がろうとしたその時――
「きゃっ!」
私は誰かにぶつかってしまった。
「あぁっ、大丈夫?」
男の人の声だった。それは私をもっと恐怖へと陥れているようだった。
「――待て、美咲……!」
「ひ……」
後ろから死に神が追いついてくる! 嫌だ嫌だ!
私は必死に起き上がって走り出した。
もう嫌だっ! こんな世界!
私は屋上へ向かって走り続けた。