第八話 「二日目の朝」《一稀》
あーたらしいあーさがきたーきーぼーのあーさーだ♪
風に乗って聞こえてくる懐かしいメロディー。もう夏休みなのだ。夏休みといったらラジオ体操。僕も昔は――小学校の頃は参加して毎日ハンコをもらっていたものだ。
「朝はまだ涼しいんだけどな」
隣で川本がタバコをふかしている。ここは屋上なので一応セーフだ。僕が早くに起きていつものようにこっそりここで侵入して町を眺めていたら川本がやってきて僕の隣で何事もなかったかのようにしている。
「そうですね」
「お前って時々敬語使うよな」
「そうですね。不思議です」
ふぅーと白い煙を吐いて「お前そういや小学校の頃からまともな人付き合いしたことなかったっけな」
「そうですけど」
「ふっ、だからあんなこと言ったのか」
「あんなことって……?」
「ほら、昨日美咲と初対面だったはずなのに下の名前で呼んでたろ。普通は名字で呼ぶ。初対面かつ、異性だったらな」
「そうなんですか」
「いやぁ……何も知らないってのもいいもんだな」
そしてまた沈黙が訪れる。
川本が二本目のタバコを取り出して火をつける。
「川本は仕事いいのか?」
「あぁ、夜勤明けだからな。休憩してるんだ。そろそろ仮眠でも取ることにするよ」
医者はつくづく大変な職業だ。
「あ、お前みかんは好きか?」
「え、うん。そこそこは」
「今度みかんジュースでもごちそうしてやるよ」
「え……」
「結構旨いんだよな、あれ。俺みかん嫌いなのに飲んじまったしな」
「どこのですか?」
「どこのって……メーカーは谷川の祖父母のとこだってよ。今日さっき電話で問い合わせたら送ってくれるとさ」
「へぇー」
「さて、俺はもう戻る。ちゃんと鍵締めてバレないようにしろよ」
「はいはい」
そういうと川本は出て行った。
また一人になる。
今日は何しようか。
桜田でも呼んで遊びに行こうかな。あ、美咲さんも呼んで一緒に遊ぶか。
「……遊ぶ?」
美咲さんってがんでここに入院しているはずだ。普通何かしら身体に異変が起こっているはずなのだが昨日見た限り何も見えない。まぁ、体内の中だからわかんないけど。
「遊べるのかなぁ」
「どうしたの? 一稀くん」
「うわっ!?」
隣を見ると昨日と違ってちゃんとした私服を着た美咲さんが立っていた。
「おはよう」
にこりと笑いながら立っていた。
「お、おはよう……」
「あのさ、今日外出許可が出てるからさ、どっか遊びに行かない?」
ラッキーチャンス。
「うん、僕もいい天気だから誘おうと思っていたんだよね」
「やった! あのさ、私の友達で高林久美子ちゃんってのがいるんだけど、一緒にいいかな?」
「うん、あのさ、こっちも桜田ってのがいるんだけどいいかな」
「いいよいいよ、みんなで行こう!」
「ところで――」
さっき疑問に思ったことを口にしてみた。
「……うん。特に痛みとかないよ。ちゃんとお薬飲んでるからかもしれないし。だけど、あともう少しだと思うと気分が悪くなったりしちゃうんだよね」
「そっか……」
もうあと少しでこの子の命は尽きてしまう。その事実だけは確かにここに突きつけられている。
「んで、どこに行くの?」
僕が訊くと彼女はもう決めていたようで「海!」と言った。
「いいねえ。僕も最近行ってなかったし。行こっか!」
「うん!」
彼女は笑って「支度してくる」と行ってしまった。
結構可愛い。
「もしもし、桜田?」
『あ、夏野かい』
「そうそう、今日さ海行くんだけど一緒に行かない?」
『ほかに誰かいるの?』
「同い年の美咲さんとその友達の高林さん」
『女の子?』
「そう」
『今すぐ行く。どこに集合?』
「矢土総合病院前」
『持ち物は?』
あー、そういや聞いてないな。
「わからん。適当に」
『わかった』
そういって電話を終えた。桜田のやつも暇なのかな。
外から微かに聞こえてくる蝉の声が暑さを現しているようで若干外に出る気が失せた。
だけどもう約束してしまったので後に引けない。それに彼女の為だ。
「僕も準備するかな」
僕の部屋へと足を進めていった。
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