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ひと夏の記憶  作者: まなつか
第三章 「変わらぬ日々」
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第七話 「目覚めの一杯」《美咲》



 朝起きて部屋に備え付けられている洗面器で顔を洗う。少しぬるい水が心地いい。まだ同室の人は起きていない。私だけの朝だ。

「ん~っ!」

 大きく伸びをする。そして今日はちゃんと着替えることにする。今日こそスズメを見つけるんだから。適当な服とジーンズを穿くと外に出た。

 今日の病院の朝は静かである。時折外から鳥の鳴く声がする。

「おはよう、美咲ちゃん」

「おはようございます、佐藤さん」

「どう? 調子は」

「はい、大丈夫です」

 そう、と笑ってぐいと顔を私に寄せる。思わずドキッとして引いてしまう。

「カレとはどうなのよ? あれから」

「か……かれ……?」

「そうそう、一稀くんよ」

「なっ、違いますよ。そういうのじゃありません。ただの……」

「……ただの?」

「た、ただの友達ですよ!」

 私はムキになって叫んだ。しっ、と佐藤さんはその柔らかそうな唇に人差し指を立てた。

「わかったから……ね」

「もう」

「オンナ同士の秘密よね。あ、あと蒼井さんと川本先生と谷川先生に報告しなきゃ」

「…………」

 口が軽いオンナですね。

「じょ、冗談よ。あ、私今少し時間あるからさお茶でも飲まない?」

「いいですよ」

 休憩所についてソファに座る。時計を見ると5時だった。こんな時間にも働いているなんて大変だな、と思う。

「何がいい? 飲み物」

 佐藤さんが自販機から何か取り出しながら訊いてきた。

「ココア、お願いします」

「丁度品切れ」

「じゃあ、コーヒーで。加糖の」

「このフロアのには存在してないみたい」

「……じゃあ、オレンジジュースで」

「このメーカーのやつ、美味しくないわよ」

「なんでもいいです」

「じゃあ、このタコス味で」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私が選びます!」

 向かうとにっこり笑みを浮かべてココアを持った佐藤さんがいた。

「ひ、ひどい……」

「面白いね、美咲ちゃんは」

「もう!」

 一見ぽっちゃりしてて優しそうな外見なのに、結構意地悪だったりする。

 ソファに向かい合って座ると彼女は緑茶を選んだことに気づく。

「私ね、今ダイエット中なのよ」

「そうなんですか」

「大学生の時に付き合ってたカレが浮気しちゃってねえ。一週間前に別れてやったわ」

「そうなんですか」

「そうそう。だけど私にも非があるのよね。恋人がいる安心感からなのか、カレに甘えていたのか、付き合う前から10キロも増えてたわ」

「なっ……」

 それはすごい。ということは私がこの病院に来る前には結構痩せていたってことか。そういえば入院し始めのときはまだ少し……

「何、その目」

「い、いえ……」

「あのさ、どう? 一稀くんは」

「どうって言われても……」

「意外とあの子、流されにくいのよ。だからあなたもしっかりとしないとね」

「……はぁ」

「おっと、誰か呼んでる。じゃ、またね美咲ちゃん」

「はい、ごちそうさまでした」

 あっという間に仕事の顔に戻ってナースセンターの方へと走っていってしまった。

 あんなこと言われたら嫌でも意識しちゃうじゃない。……もう、高校生なんだし……。


 だけどそれとは対照的にもうあと少ししか生きれないという暗い考えが心の片隅に居座り続けていた。

 どこか行ってほしい。

 だけど石像のようにそれは動かず、真っ直ぐ私を見続けていた。



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