第六話 「握り飯」《一稀》
部屋に戻る。自分一人に対して不相応な広さの部屋だ。ただ広く、ベッドの脇に置かれた二つの時計くらいしか目につくものがない。少し暑い気がしたのでクーラーの温度を27度まで下げる。
「はぁ……」
今日川本が言っていたことを思い出す。彼のことを思うと少しだけ同情してしまう。
「なんだかなぁ」
ベッドに腰をかけてテレビの電源を入れる。バラエティー番組がやっていたがぜんぜん頭にはいらず、消した。
川本は美咲さんを外の世界に連れ出してほしいというようなことを言っていた。
どうしろっていうんだ。外にって、病院の外か? あの真夏の日差しなんかに彼女を当ててしまったらそれこそ一時間も保たないじゃないのか。
いくら考えても答えは導き出せない。
川本に訊くしかない。
それにしても……美咲さん、元気そうなのにもうあと少しの命だなんて……。
にわかに信じられなかった。
できることなら自分の命を分けてあげたい。
必死で生きようとしている彼女の姿を見ていたら、そんな気持ちが湧いてくる。
「夏野、飯だ」
「んぁ?」
気がついたら寝ていた。半身ベッドからずり落ちていたが、なんとか体勢を元に戻し、入ってきた谷川の方向をみる。彼はお盆を持って立っていた。普通看護師が持ってくるのだが、今日に限って彼が持ってくるということはきっと何かあるのだろう。
「なぁ、夏野」
「何?」
お盆を受け取って、答える。今日の飯はハンバーグだ。谷川もポケットからコンビニで買ったと思われる握り飯を取り出した。
「食うか?」
「いや、いい。というか、何の話?」
「そうだな……単刀直入に言うと水森の話だ」
「……やっぱりな」
「話は川本から聞いた。おまえはどうするつもりだ、あの娘もそう長くはない」
「……僕は何もいえない。美咲さんの望むとおりにしたい」
「本人の意見を尊重するんだな?」
「はい」
「わかった」
彼はそれだけいうと立ち上がって、「スズメの場所、思い出したよ。ほら、窓の外を見てごらん」と言った。
窓の外を見るとたくさんのスズメが屋上に集まっていた。
「ここ、防音ガラスになっていて、鳴き声は聞こえないんだよね」
彼女を呼ぶなら明日にしな、今日はもう暗い。そう言い残して彼は部屋を去った。
海のような色の景色に黒い生物がもぞもぞと息をしていた。