第三話 「空っぽの励まし」《美咲》
「おばぁちゃん……きっと大丈夫だよ」
私はやすちゃんに無難な言葉を選んでぶつける。
「そうだよね……」
彼女にそれを思いこませるように。きっと大丈夫だ、そうだ。
だけど私はわかる。チエさんが亡くなったように人は簡単に逝ってしまう。それを止めるなんてとうてい無理だと。
「おばあちゃん、昨日も元気だったのに、その前も……」
それも、そうだ。急に病気が悪化してぽっくり逝くなんて日常茶飯事だろう。
「大丈夫だよ、やすちゃん。ここのお医者さんはいい腕の医者だからすぐによくなるよ」
「うん……」
彼女は目尻を拭うと立ち上がった。
「おばあちゃんの所に行ってくる」
「うん、それがいいと思う」
「あのさ……美咲ちゃん」
「うん?」
伏せていた顔を彼女に上げる。しっとりと濡れた頬が幾分か血色を取り戻していた。
「死ぬのって……怖いの?」
「…………」
今のやすちゃんになんて言ったらいいのかわからない。
「……怖いんだよね」
「怖い……かな。後ろから追ってきているような感じ。振り向けば死んじゃいそう。だから私はいつも前をみて歩いてるんだけど……。それでもやっぱり怖いかな」
「そっか」
彼女はそれだけ言い残して姿を消した。
「まったく……」
ん……、この声は……
「佐藤さん」
「あっ、美咲ちゃん」
「こんにちは……どうかしたんですか?」
「いやねぇ、うちのおじいちゃんが糖尿病なのにこんなん飲んでるのよ」
そう言って彼女は手に持っていた紙パックのジュースを見せる。
「困ったおじいさんでしょ。あ、これあげよっか」
「あ、いえ……遠慮しときます」
「あはは、さすがに嫌よね。どう? 体調の方は」
「今のところ大丈夫です」
「そう、ならよかった。じゃあ、私はこれで」
「はい」
彼女はそう言うとナースセンターへ向かっていった。
みんないろいろ大変なんだなぁ。
私はすることがないので窓際についている冷房機器に手をかざしていた。微弱な風が手から熱を奪っていく。
外を見ると太陽が山に沈もうとしていた。そういえば……一稀くんはどうしてるんだろう。さっきは追い払っちゃったけど。
「やぁ、美咲さん」
「あ……」
その聞き覚えのある声に振り返ると一稀くんが立っていた。
「あれ……顔の傷が消えてる……」
「え?」
さっき会ったときは傷だらけの顔だったのに。
「あぁ、なんかすぐ直るんだよね、僕」
「そうなんだ」
彼は私の向かい側に座った。
心臓が、小さく、とくんと動いたような気がした。